隣国人の生活
「ユエル様には貴族の生活というのは窮屈なようですね」
「は?」
執務室に入って来たかと思えば側近はそんなことを笑顔で言った。
レオは片眉を上げた。
このやり取りを以前もやったように感じる。
「普通の貴族女性と同じように扱ってはいけないようです」
「はあ」
だからなんだと言うのだろう。レオの顔はありありとそう語っていた。
側近はニコリと笑いレオの疑問に答えた。
「ユエル様に会われたとき、少しでも彼女の趣味嗜好を知っていた方がいいと思って」
「それは必要か?」
どうでもいいと思いながら、レオはカップに手を付け茶を口に含んだ。
完全に聞き流す姿勢に入っていた。時間も良い頃合いだし、話を聞き(流し)がてらレオは休憩を少しは取ることにした。
「必要です。困るのは陛下ですよ。初恋の相手に嫌われたらどうするんですか。」
レオは茶を飲みこむ事が出来なかった。
「あれほどに思っていらっしゃる初恋の相手に悪い印象を与えては大変です!しっかり今のうちから把握していなくてはなりませんよ」
それのネタはまだ続いていたのか。
レオはやっとの思いで茶を飲みこみ一つ咳払いをした。
少し気管に茶が入ったようだ。
「正気か」
あんな戯言を本気にしているのだろうかこの側近は。
「正気ですよ。あたりまえじゃないですか。大臣達も乗り気で歓迎の準備を進めてますよ」
それはさすがに正気の沙汰じゃない。そんな乗り気な大臣達も本気でいるだなんて、この国の将来が本気で不安になってきた瞬間だった。
レオ自身としてはくだらない幻想話だと思っているし、彼の国の少女とも会う気が執務の忙しさにすっかり萎えてしまっていた。
偽物と分かっている相手に執務の合間を縫って会うだなんて時間の無駄だし面倒くさいと正直レオは思っていた。
その気持ちが態度に出ていたのか、側近は溜め息を吐き書類を差し出した。
「少しは他人にも興味というものを持ってください」
側近が差し出したのは簡単な報告書。その内容は「ユエル・マクスウェル」のここ最近の状況についてのことであった。
「聖域よりお預かりした大切な人なんですよ。それなりの対応はしてください」
レオは そっぽを向き側近の言葉を取り合わない姿勢をとった。
その様子に側近は溜め息をついた。
「今はまだ良いですが、来週には逃れられませんからね。面会」
「分かってるよ」
レオはやる気なく報告書を手に取りそれを見ながら側近を片手で追いやった。
側近は少し不満そうな顔をしたものの、一礼して退室した。
一人になった執務室でレオは椅子に背を預け報告書をめくった。
「ユエル・マクスウェル、か」
歳は十九歳で黒髪の可憐な少女。
資料を見る限り、確かに彼女に容姿はとても似ているように思えた。
しかし、決定的に違うところが彼女にはあった。
「翠の瞳か」
初恋の相手にされてしまった彼女の瞳は蒼かった。
これほどまでに明確な違いがあるというのに会う必要があるのだろうか。
「しかし多少は親善の意思を見せないと、だよな・・・・・・」
国交って面倒臭いなー、と一人ごちながらレオはスケジュールの調整をもう一度側近を呼んで命じるのだった。




