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騎士の嫁入り  作者: 純太
第1章
6/38

いざ、彼の大国へ

 とうとうユエルの嫁ぐ日がやって来た。帝国への馬車に乗り込んだユエルは窓から外の景色を眺めていた。

 聖域の外に出るのはあの戦争以来だ。


「お疲れですか?」


 不意に正面からかけられた声に、ユエルはそちらを向いた。


「いや。リベルこそ疲れていないか?」


 そこに居るのは聖域アルジナの神殿で最高位神子より祝福を受けた神官リベル・クエレラ司祭。彼女はジャミースタ帝国へユエルが嫁ぐのに伴い、王宮にある世界宗教であるセルシオールの神殿に新たにアルジナより派遣された。

 ユエルとリベルは、ユエルは騎士団、リベルは司祭として神殿での任命式で出会い、年の頃も近いということで意気投合し、それ以来の仲で、二人は俗に言うところの友人関係にあった。


「いいえ。私は全く。聖地の外に出るのは初めてなので何もかもが珍しいです」

「そうか。リベルは生まれも育ちも聖地だったな」

「はい。外泊なんて初めてです」


 リベルは窓に身を乗り出した。亜麻色の髪を風に揺らし、黄色の瞳を細めた。口元は僅かに上がっているように見えた。


「でも」

「ん?」

「強いて言うなら」

「うん」

「少し、気持ちが悪いです」

「リベル、それは酔ってるって言うんだよ」

「ああ、これが噂の」


 聖地から出るのが初めてのリベルは馬車に乗るのも初めてだった。


「一度休憩を入れます!」


 馬車の外から兵士が慌てて輿入れの一団を止める声がした。




--------------



 リベルが乗り物に弱いことが発覚するなど道すがら様々なことが起こったが、ユエル達はジャミースタ帝都に無事に到着し、皇帝のおわす城の門まで到着することができた。


「お城というものは立派なものなのですね」


 リベルは首を倒し、城を見上げて感嘆。

 その後ろでユエルは溜め息を一つ。


「一つ訊いてもいいだろうか」

「はい何でしょう」


 リベルは城に向けていた首を回してユエルへと向けた。


「何故私は騎士のローブではなく神官のローブなのだろうか?」


 神殿に仕える者には役職に応じてローブが与えられる。司祭や司教などの神官には神官のローブが、神殿騎士団には神殿騎士団のローブがそれぞれにある。

 正式な場では神子より祝福を受けた神殿に仕える者はローブを纏い、結婚式などでもそれは同様であった。

 しかし、ユエルが今着ているローブは、騎士団のローブではなく神官のものであった。


「ユエルだって騎士と言っても、聖地アルジナの神殿に仕える『神殿騎士』という名の神官に変わりないじゃないですか」

「それはそうだけれど……」

「最高位神子様は仰ってました。神殿騎士のローブだと変な勘繰りをされるかもしれないから、こっちの方が無難だと。そしてそのローブを私に託されたのです」


 今は友好状況にあるとはいえ、他国から来た花嫁が騎士などであれば、間者であるのではないのか、君主の首を取ろうと企てているのではないか、などと勘違いされる可能性も確かにある。


「嘘も方便ってやつか」


 こちらに害意は全くないのだ。変に緊張感を与えるよりは、確かにこの方が円満に済みそうだ。

 ユエル個人としては、騎士の意志を貫いていることの象徴として神殿騎士のローブを纏いたかったが、ここは妥協するしかないだろう。

 それに、麗しの姉がわざわざ用意してくれたものだ。花嫁衣装用にローブのデザインも少々華やかになっている。嬉しい気持ちも多少はある。

 ユエルはそっとローブを撫で、聖地に居る姉を思った。


「まあ、神殿に関係の無い一般の人が見てもローブの違いなど瑣末なもので、気付かないと思いますけれどね」

「……」


 ユエル的には、リベルの台詞の語尾に付いた星が一番苛つかせた。


「念には念を、ということにしといてやろう」

「そうしていただけると嬉しいです。ああ、それとユエル」

「何?」

「言葉使い。いつものじゃなくて、もっと女らしいものにしなさい、と最高位神子様が仰ってましたよ」

「えー」


 項垂れたユエルの頭をポンポンとリベルは撫でた。


「貴女の気取らない話し方はとても素敵だけれども、貴族社会ではとても生きにくいものになるでしょう。そのことをおもんぱかっておられるのですよ。最高位神子様は」


 ユエルの様に武人風の話し方をする貴族令嬢は確かに居ないであろう。皇帝の花嫁になると言っても、結局は平民の出であるユエルに変なやっかみがかかったりしないとも限らない。それに野蛮だと浮いた存在になるのは間違いないだろう。

 これも処世術の一つなのだろう。


「努力するよ」

「ユエル?」

「努力するわ」

「まあ、よろしいでしょう」


 ユエルは腰に手を当て深呼吸を一回すると城を見上げた。

 ここがこれからユエルが暮らす城。

 間違いなく息苦しいものになるだろう。

 皇帝はこうして花嫁候補の婚約者になろうとする女性を何度も入城させているらしいが、どの女性も実家に帰されているらしい。

 ベタベタして気持ち悪い、顔が好みじゃない、なんか嫌、などなど理由は様々であるが、未だ皇帝のお眼鏡に適い結婚に至った女性はいない。

 ユエルも今回は輿入れということになっているが、現段階は婚約者という扱いで、皇帝が気に入れば結婚、というシステムになっている。

 自分が皇帝の好みじゃなければいいな、と思いながらユエルは城を睨んだ。

 入城の許可のために止まっていた馬車が動き出した。


「そう言えば、うふふ、と笑うユエルを想像するだけで何となく楽しい、とも最高位神子様は仰ってましたよ。生で見られる私が羨ましいとも仰ってました」


 道にちょうど凸凹があったようで、ユエルの身体は馬車の大きな揺れに傾いた。


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