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騎士の嫁入り  作者: 純太
序章
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隣国へも報告

「結婚相手が決まりましたよ!陛下!」

「は?」


執務室の扉を開けて開口一番。側近は満面の笑みを浮かべ近寄ってくる。

その様子を不審に思ったのか、気持ち悪く思ったのか、レオは心持ち椅子を後ろに引いた。


「先ほどアルジナのセルシオール教会から婚姻の申し入れの返事がきまして、見事了承を貰えました!」


 鼻息荒くまくしたてる側近の頭に、レオは丸めた書類で必殺の一撃を与えた。


「痛っ。ああ!大切な書類を丸めて!大切に扱って下さい!」

「煩い。お前はさっきから何ふざけたことを言っているんだ」


 レオから書類を奪い取ると、側近は皺を伸ばし叩かれた頭を自分で撫でた。実用的で質素ではあるが、一国の王の部屋に相応しく、職人の技術が詰まったこの部屋には今はレオと側近の二人しかいない。側近の頭を撫でてくれるような存在はいないため、自分で自分を慰めていた。


「だって陛下言ったじゃないですか」

「何をだ」

「初恋の相手となら結婚する、って」

「はあ?」


 レオは盛大に顔を顰めた。

 ジャミースタ帝国皇帝レオノア=ジェイス・コルネイシス・ジャミースタは皇帝位に就いてもなかなか結婚せず、それどころか結婚する気をチラリとも見せず、臣下達をヤキモキさせていた。

皇帝は結婚して子を作ることもお役目の一つ。それ以外の政務はしっかりとこなすのに、実に勿体無いことであった。

そこで臣下達はあの手この手でレオに結婚させようと、お見合い話を持ってきたり良さそうな娘を紹介したりと手を尽くしてきたが、全てが破談、拒否、願い下げ。結婚に達することはできなかった。

出す手が無くなってしまった臣下一同は、「一体誰となら結婚をするのだ」と必死になってレオに|訊いた(詰め寄った)。

するとレオは嫌そうな顔をして、一瞬目を逸らしたかと思うと溜め息を吐き、面倒そうに口を開いた。


「俺の初恋の相手でも連れてきたら結婚してやるよ」


 その言葉を聞いた臣下は奮いたち、レオの初恋の相手の情報を根掘り葉掘りと聞き出し、さっそく初恋の相手探しと婚姻の申し入れにと奔走した。

 そして今日、その相手が見つかり、婚姻を了承したという返事が来たということだった。


「お前ら正気か」


レオは掌で顔を覆った。


「アルジナに、しかも教会総本山に文を送るだなんて、他国が黙ってないぞ。大体、暗黙の了解はどうした」

「それなら大丈夫です!」

「何?」


 自信満々に言いきる側近にレオは片眉を上げた。

 側近はフフンと得意げに鼻を擦ると両手を腰にあて、みなぎる自身のままに言葉を放った。


「他国には宰相様がこちらの事情を説明した上で、理解いただけるよう、文を出しておきました」

「やる気の使い方違うくないか?」

「どの国からも良い返事が貰えましたよ」


 ニッコリ無邪気に笑って側近が言った。

 レオは溜め息を吐き、いつの間にか立ち上がっていた自身を再び椅子へと戻した。執務机に肘を立てると、その上に顎を乗せた。

 あんなのはその場凌ぎで適当に言っただけであったのに。

 レオにとって初恋の相手にされている少女は、確かに印象的で、今でも記憶に鮮明に残っている存在ではあったが、少女に恋していたわけではないと感じている。

 それに、レオの記憶が間違っていなければ、少女はおいそれと結婚できるような存在ではなかったはずだ。そもそも教会が了承するとは思えない。

 だから、まだ結婚する気のないレオは、少女のことを初恋の相手だと言ったのだ。

 まあ、「初恋の相手」といって少女しか思い浮かばなかったのも事実ではあるが。


「まさか教会から了承がおりるとはな」


 予想外の事態にレオは溜め息しか出てこなかった。


「よかったですね!初恋が叶って。嬉しいのではないですか?陛下」


 ニコニコ笑って己のことのように側近は喜んだ。


「・・・・・・」


 レオはもう言葉も出なかった。

 目を閉じれば今でも思い出せる。少女の、力強い輝きを放つ蒼い瞳を。その力にレオは暗く深い沼から引き抜いてもらった。

 たったひと時としか言えない邂逅かいこうであったが、レオの心にしっかりと刻まれた時間であった。

 忘れることなどできない。


「騎士になりたいと言っていたな」


 レオはほとんど口を動かさずに呟いた。思い出したのは少女の高い志。

やってくる女はおそらく偽物であろう。本物の彼女やってくるとはとてもじゃないが思えない。

少女はアルジナの地を離れることは決してしないはずだ。

教会が差し出した“初恋の相手”。一体どんな女を用意したことやら。

こちら側が申し込みをしておいて何だが、追い返すことになるだろう。だが、少し興味もある。会ってみるのもいいかもしれない。

それに本当に少女がやって来るのなら、


「もう一度会ってはみたいな」


 少女には一度お礼が言いたかった。

 レオは少女の高い志に強く憧れた。自分もそうありたいと。強く。そして、今の自分がある。

今の自分を見て少女はどう思うだろうか。


「会ってみるか」


 一縷の希望を込めて。

 レオは顔を上げ、今回の結婚相手との面会を前向きに考えることにした。あくまで、会うだけの事についてのみだが。


「ひとまず、今回の件については理解した。だが、結婚はまだしない。しばらく婚約状態にしておけ。結婚するかどうかは後で決める」


 “婚約”のほうが破談になった時の体裁もいいしな。

 レオの心の声など露知らず、側近は嬉しそうな笑顔で了解した。

 そして、早速他の臣下達にもこの件について連絡をするために書類を書き始めた。

 出だしは「皇帝陛下の婚姻の件について」。レオは溜め息しか出てこなかった。

 レオもペンを取り、仕事の続きを始めようとした。しかし、ふと疑問が頭をよぎった。


「そういえば、宰相はどのような文を各国に送って説得したんだ?」


 レオの疑問に側近は顔を上げ、また例の無邪気な笑顔を浮かべた。


「宰相様が出した他国への文には、陛下の初恋甘酸っぱメモリアルストーリーが宰相様の手により名作小説となって綴られていましたよ」

「は」

「私も内容を拝見させていただきましたが、あの文章は秀逸としか言えませんでしたね。ちなみに、どのお返事にも、幼い陛下の恋心に胸打たれ、この恋の成就を応援したい、みたいなことが書かれていましたよ。」


 勘弁してくれ!

 邪気の無い側近の笑顔に殺意が芽生えた瞬間だった。


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