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騎士の嫁入り  作者: 純太
第3章

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ユエル・マクスウェルという少女2

また過去話です。

「ノエル様、何をされるおつもりですか?」

「弱いけれども、ユエルは鼓動を繰り返し、小さくとも息をしています。ユエルに私の力を分け、延命を図ります」


マータ使いに対しフェルでの治療はできないが、神子騎士達は自身が仕える主より祝福を賜ることで、主である神子と主より祝福を受けた者からのフェルによる治療を受ける事が可能であった。

虫の息にも等しいユエルに、主である最高位神子本人が今回は治療を施すとノエルは述べた。効果は絶大であろう。

しかし、それに難色を示したのはその場に控えていた神官達であった。


「力が安定したばかり。ノエル様、力を使われるのは危険です」

「大丈夫よ。私には分かるの」


止める言葉にノエルは緩く首を振ると、ベッドの箸に腰かけ、胸の中心に手を当てて自分の中にあるフェルを感じた。


「力はこれまでにない程安定している。大丈夫。少し、私から流れ出るフェルをユエルに分けるだけ」


私だって、家族を失いたくないのよ。


ノエルは胸に当てた手にフェルを集めると、それをユエルの胸元へと持っていった。

そこから淡い光がユエルを包み、フェルの風に煽られユエルの髪を揺らした。

光はやがて部屋中に広がりその場を輝かせる。

ノエルの瞳にも似た光は、やがて輝きを伴いながらユエルへと集まり吸い込まれるようにして消えた。


「ふー・・・・・・」


ノエルは詰めていた息を吐くと、ユエルの頭を撫でた。

ユエルの血色は元に戻り、呼吸も規則的なものとなっていた。

ノエルの術が成功したのを見ると、傍に控えていた医師はユエルに近づき容態を確認した。


「脈拍正常。フェルの流動も正常。本当に成功したようです」


医師の言葉にノエルは美しく笑い、奇跡を目の当たりにした神官達は麗しい神子に祈りを捧げた。

それから暫くの間、ユエルは昏々と眠り続けた。

医師曰く、ユエルは今、体を廻るフェルを安定化させている状態であり、体の疲労を眠ることでとっているような状態ということだった。

定期的にノエルの力を与え、廻りを整えることで早期回復につながるということで、ノエルは毎日ユエルの見舞いに通った。

日頃は隔離され、家族すら面会が困難である神子や神子騎士であるが、この時ばかりは兄弟も日参して末の妹の容体を伺った。

その日も、ノエルはユエルのもとを訪れてフェルを与えていた。

眠るユエルの手を握り、力を少しずつ流し、廻らせていく。

しかし、その日はいつもと違うことが起きた。

いつもであれば力のない手を掴むだけであるにも拘らず、その日はユエルがノエルの手を掴み返してきたのだ。


「!」


存外に強い力にノエルは反射的に体を反らせたが、すぐに先ほどよりも近付き、眠るユエルの顔を覗き込んだ。


「ユエル?」


恐る恐るというような呼びかけに、ユエルの瞼が動き、僅かに反応を見せた。


「ユエル!ユエル!」


ノエルはより一層、繋ぐ手に力を込め、ユエルに呼びかけ続けた。

ユエルが眉間に少し皺を寄せると、眩しいと言わんばかりにゆっくりと瞼を上げていった。

目覚めてすぐに目に飛び込んできたのは麗しい姉の顔で、今にも泣きだしそうな色が浮かんでいた。

目を丸くしたユエルは暫し姉を見つめて固まるものの、温かい姉のぬくもりに気づくと力なく笑った。

細められたその瞳は、鮮やかな翠色になっていた。






目覚めたユエルはみるみる回復していった。

暫く床の住人となるかと思われていたが、目覚めた翌々日には早朝から剣を振るっていた。

その様を見た医師曰く、眠っている間に本当に疲れをとられ、寧ろ今の方が清々しいくらい絶好調であるようだ、とのこと。

今日も今日とて朝から剣を振るっていたユエルの下に、教皇を伴ったノエルがやって来た。

いつもと違った雰囲気に、ユエルは素振りを止めた。


「ユエル、大事な話があるの」


そう言ってノエルに連れてこられた部屋で、ユエルはノエルと教皇とテーブルを挟み対峙する形となった。

「さて」と口火を切ったのは教皇だった。


「ユエルも気付いているかと思うが、お前はもう、マータを使うことに体が耐えられなくなった」


ユエルはそっと視線を下げた。

何となく、そうであろうな、ということはユエルにも分かっていた。


「無理を強いて使用したマータによってユエルの体は一時蝕まれ、その自分自身を拒絶しかけた。今後、マータによって傷だらけになったユエルの体をマータは拒絶し、体に多大な負担をかけ、今までのようにマータを使うことはできないだろう」


静かに教皇は語り、ノエルはその隣りで影を落とすように俯いた。


「マータで傷ついた体を癒すため、今、ユエルの体にはノエル様のフェルで満ちている。それは、いつかユエルの血となり己のものになる事だろう」


それは、目覚めた時から体に感じていた異変だった。

いつもであれば満ちているマータが、ユエルの体奥にのみ存在し、体中には今まで感じたことの無い力が廻っていると感じた。

それは幾度となく目にしたフェルの力であるということは、感覚的に分かった。


「医師が言うには、体を廻るフェルが安定すると、術師や神官ほどではないがフェルを使う事が出来るようになるとのことであった」


そこで教皇は言葉を切ると、用意されていたお茶を一口飲み、小さく深呼吸をすると次の言葉を紡いだ。


「ユエル。お前に言わなくてはならないことがある」


教皇の言葉にユエルは下げていた視線を上げ、教皇を見つめた。


「神子騎士にマータの力は必須。マータを今後使うことはユエルの体を考えると良くない。とても残念だが、ユエル、本日をもって最高位神子騎士を解任する」


ユエルはそっと自分の胸に手を当てた。

僅かにしか感じることのできないマータ。体はフェルが支配していると言っても過言ではない。

覚悟は、鏡に映った自分の瞳を見た時からとうに出来ていた。

両膝に乗せた拳を握りしめると、ユエルは小さく口を動かし、微かな声で答えた。


「はい」


それからユエルは優れた剣の腕を持って神殿騎士団へと入団した。

入団してすぐは皆、養成所で訓練を積み、騎士登用に合格して初めて正規の神殿騎士になる事が出来る。

元々、神子騎士をして現場に出ていたユエルは、才能を再び発揮し、あっという間に同期を抜き去り登用試験に合格した。

神殿騎士達は、最高位騎士神子として神殿奥にいたユエルのことを知らない者がほとんどで、誰もがユエルを新人の騎士として扱った。

訓練の日々の中、ユエルは仲間たちに揉まれ、その中で過ごすことに慣れると安心すら覚えるようになっていた。

フェルも、始めこそ使えなかったが、練習を積むことで簡単なものであれば使えるようになった。

そうして、今までとは違う日々にユエルは馴染んでいった。

その様子に周囲は安堵した。

騎士として実績と成果を積み上げるユエルは、最年少で神殿騎士団の精鋭で集う一番隊に所属し、『死神ユエル』の二つ名を戴き、気付いた時には副隊長まで出世していた。

騎士としての実力が十分であったことは既知の事実であったが、あまりの早い出世に周りは驚いたのも記憶に新しい話である。


「いやー、これがホントの出世頭って言うんだろうな」


そう言ったのはユエルの同期で最も年が近い少年の言葉だった。

少年は先日、登用試験に合格し5番隊に配属された。

その時は既に1番隊の副隊長であったユエルは昼食を食べながら首を傾げた。


「なに、急に」

「なんかさ、ユエルの怒涛の勢いでの出世に、俺ら同期は正直ついていけてないわけよ。養成所時代から鬼のように強かったけどさ、ここまでとは正直思わなかったよ」


肉を頬張りながらも騎士の少年はうんうんと頷いた。


「まあ、私はズルしているようなものだから」

「前からそれ言ってたけど、よく分からないんだよな。誰が見たってコネとかで1番隊には入ってないし」


ユエルは苦笑するだけに留めてパンに手を伸ばした。


「まあ、神殿騎士にズルしてなれるものなら、夢破れて田舎に帰る奴もいないだろうよ」


投げやりな物言いに、ユエルは思い出すように遠くを見やった。


「私も、一度夢破れているんだよ」

「はー?お前が?」

「うん。守りたいものがあったんだ。だから私は騎士になったんだ」

「ふーん。ユエルがねー」


少年もパンに手を伸ばし、そこで、あ、と声を漏らした。


「もしかして、ユエルがなりたかったものって、お嫁さんとか?」

「は?」

「うわー、さすがに諦めろ。お前の剣の腕じゃあ、旦那も裸足で逃げ出すぞ」


ユエルは手刀を少年の脳天に振り下ろした。

図らずしも、少年の描いたユエルの夢は現実のものになろうとしているのだが。


シリアスで真面目な話が続いてます。

どこかに笑いを入れられないか模索する自分がいます。

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