ユエル・マクスウェルという少女1
所謂、過去話です。
ユエルの生家であるマクスウェル家は代々神子や優秀なフェル使いであるである神官を輩出する家柄であるが、それと同時に優秀なマータ使いである神子騎士を輩出する家系でもあった。
ユエルは父なるマータの力を存分にその身に宿し、生を受けた。
深い蒼を愛くるしい瞳に宿したユエルは、生まれたときから溢れんばかりのその力は他者を圧倒し、多くのマータ使いがそうであるように、ユエルは生まれると同じくして神殿へ引き取られ神子騎士としての教育を受けることとなった。
ユエルは神子騎士としての才能を遺憾無く発揮し、同世代の子ども達から頭いくつも飛び出ていた。その力は既に神子騎士であった者達でも簡単には勝つことが出来ない程であった。
そのため他の候補者たちを差し置き、ユエルは幼くして神子騎士の座に就いたのだった。
その時10を数えるばかりであった。
初めて神子騎士として任命されたのは、当時まだ最高位神子候補であった、姉であり神子であったノエルの下であった。
当時から最高位神子候補として、有力とされていたノエルの騎士に任命されたユエルへの期待は計り知れないものであったと言えた。
「今日からノエル様の神子騎士を任命されました、ユエル・マクスウェルです。これからよろしくお願いいたします」
緊張した様子で騎士の礼を取るユエルが微笑ましく、ノエルは顔に笑みを浮かべ、顔を上げるようユエルに伝えた。
「貴女が神子騎士として私の下へやって来ることを、待っていました」
神々しささえ感じる美しいノエルの笑みに、ユエルは自然とその頭を再び下げた。
そんな様子のユエルにノエルはそっと近づくと、同じ目線まで身を屈めてユエルの頭を優しく撫でた。
その行為に驚いたユエルは弾かれるように顔を上げ、思いの外近かった顔に目を丸くした。
「ユエル、騎士としてやって来る貴女を待っていたけれど、それ以上に妹である貴女と過ごせることを私は楽しみにしていたのよ。ユエル、会えて嬉しいわ。これから宜しくね」
どこまでも優しい笑みにユエルは肩の力を抜き、コクリと頷いた。
ノエルは生まれた時よりその瞳に神から祝福された証しである金を宿し、すぐに神殿へ引き取られた。それからは十二人の神子として、神殿の奥深くで暮らしていた。
家族との面会は年に数度、短時間のみ。それ故に、家族という存在に焦がれていた。
ユエルも同様、ノエルよりも家族に会える頻度は高いと言えども、幼い時より神殿に引き取られたため、家族会いたさに泣いた時もあった。
頷くユエルを見てノエルも頷くと、優しい笑みから一変。
悪戯っ子のような笑みを浮かべ、周りには聞こえない位の小さな声で
「それと、二人の時は私のことを“姉上”と呼ぶこと」
始めはキョトンとした表情をしていたユエルであったが、次第にノエルの笑みにつられるようにして、ユエルも楽しげな笑みを浮かべた。
それからユエルとノエルの関係は、騎士と神子としても姉妹としても良好に続いた。
ユエルは騎士として活躍し、その地位を不動のものとし、ノエルも神子としての地位を確立していった。
「姉上、私は姉上の神子騎士として仕える事が出来て本当に幸せです」
「どうしたの急に?」
「お辛いこともあるはずなのに、姉上は民のことを想い、いかなる時も慈愛を絶やさない。そんな姉上から言葉を賜った民達は、皆、一様に幸福をその顔に浮かべております。人を幸せにできる姉上に仕える事が出来て、私は幸せです」
ユエルは不意にノエルに抱きしめられた。
その腕の温かさに包まれ、ユエルも嬉しげに笑みを浮かべながらノエルの背に腕を回した。
「ありがとう、ユエル。大好きよ」
そう言うとノエルはさらに腕に力を込めた。
ユエルはさらに笑みを深めると、ノエルの肩口に顔を埋めてノエルに応えた。
「私も姉上が大好きです!」
それから暫くして、ノエルは様々な葛藤の末、神の寵愛を賜り最高位神子となった。
最高位神子となったノエルは忙しく、ノエルに仕えるユエルも最高位神子騎士として忙しく日々を過ごした。
何事も順調に進んでいるように思われたその時、事件は起こった。
「最高位神子様が臥せられた」
教皇から発せられたその言葉に、その場は騒然となった。
医師の診断によると、ノエルはその身に宿る強大なフェルの力が溢れる出ることを制御しきれず、暴走することをその身を削って抑え込んでいるとのことだった。
神から祝福を受けた神子は、その身に常人よりも多くのフェルの力を授かる。
それは人の身にはとても大きく、ノエルのように制御が聞かなくなる事が稀にあった。
神より寵愛を賜ったノエルのその力の大きさは計り知れず、暴走した際には甚大な被害は想像に容易いものであった。
過去に最高位神子が力を抑えきれず、暴走させたことがあった。その際は、世界の5分の1を滅ぼしたと言われている。
このままではノエルの命ばかりか、多くの民の命すら奪ってしまう。
「ユエル、分かっているな?」
「・・・・・・・」
ユエルは無言で頷くと、唇を固く結び、手が白くなるまで強く拳を握った。
神子騎士には役目が2つあった。
一つは、その身を敵を貫く剣とし、脅威から退ける盾となって神子を護る事。
もう一つは、マータを使い神子の力から民を護る事。
後者は滅多に駆使されることがないが、その役目をユエルは忘れたことがなかった。
マータの力をもって神子の力を鎮め、安定化させることに勤めるが、神子の力に打ち勝つことが出来ない場合、民を護るため、神子騎士は主である神子にその刃を立てなくてはならなかった。
つまり、己の剣で神子を眠りにつかせるのである。
ユエルはノエルの寝所へと案内され、姉と対面を果たした。
「姉上・・・・・・」
苦しむノエルの姿にユエルは眉を下げた。
「必ず私が助けて見せます」
ユエルはノエルの手を両手で握ると、マータを使いフェルの鎮静を始めた。
目を閉じ、集中してユエルは術を施し続けた。
しかし、一向にノエルのフェルは鎮まることをしない。
ユエルの額に汗が滲んだ。
鎮まる気配のないノエルの力に立ち会いのためその場に同席した教皇をはじめとする医師や神官達に焦りが生まれた。
当代随一と言われたマータの力を持ったユエルであったが、それでもノエルの力を鎮める事が出来ない。
このままでは、確実にノエルの力は暴走してしまう。
「ユエル、もう無理だ」
教皇のこの言葉に、ユエルは首を振り、頑として頷くことはなかった。
「まだです。まだやれます。私は最高位神子様の力を鎮めます。私は姉上を必ず助けるんです!」
その言葉に周りは息を飲んだ。そして、誰もが悲しげに顔を歪めた。
「だがユエル、このままではお前の体の方が持たない」
「私は大丈夫です!姉上はこの世界に必要なお方。この身に変えてもお守りします!そのために私は騎士になったのです!」
ユエルは力の限り、それこそ言葉通りその身に宿るマータを使いノエルの力を抑え込むために力を注いだ。
より一層力を、気持ちを注いだとき、一瞬強くノエルが光を放った。
これは力の暴走かと、部屋に集った面々を固唾を飲んだが、そこに残ったのは穏やかに呼吸をするノエルと、ノエルの手を握り呆然とするユエルだけであった。
ノエルの様子を眺めていると、睫毛を震わせ、美しい金の瞳を覗かせ、
「・・・・・・・まあ。私は随分と心配をかけた様ね」
そう言って慈愛に満ちた美しい笑みを浮かべたのであった。
部屋に集った者達は詰めていた息をホッと解放し、肩の力を抜いた。
間近で見ていたユエルも忘れていた呼吸を取戻し表情を緩めると、そのまま意識を失った。
「ユエル!」
驚いたノエルは病み上がりの体を勢いよく起こし、ユエルを抱き起した。
その体は冷たく、顔に血の気はなかった。
ノエルは自身の体から血が引いて行くのが分かった。
ユエルはノエルを助けるために発した言葉通り、その身に変えてノエルの力を抑え、ノエルと民達を護ったのであった。
ノエルはユエルを抱く手に力を込めると、意を決したようにユエルを自身の寝台へと寝かせた。
文字の偏りが多いので分けます。




