もう一人の婚約者3
「その格好はどうしたんだ?」
毎日のようにユエルは剣を振るいに修練場に来ていたが、今日はまだ姿を顕さず、やっと来たかと思えば令嬢然とした装いで侍女を伴い陰から訓練の様子を眺めているだけ。それを見たレオが怪訝そうに言った。
「今日はこれからベリエナ様とお茶会なんです」
お茶会の誘いがあったその日、カイネの気合は異常だった。
戦場へ向かう騎士の様に目をぎらつかせ、朝から昼の茶会へ向けてユエルを飾り始めた。
準備に疲れ果てたユエルは椅子にグッタリと腰掛けるだけで、生気が感じられなかった。
お茶会の準備もそうだが、ベリエナとの茶会にもあまり乗り気でなかった(寧ろ顔を嫌そうに歪めた)のだ。今のユエルの表所は曇っていた。
それを見てカイネは元気が出るようにとお茶会前の散歩と称し、気晴らしに修練場へユエルを誘ったのだった。
「だからそんなに浮かない顔なのか」
一通り稽古を済ませたレオは柵を背凭れに体を休めていた。木陰から出たユエルは修練場へ入り、レオの隣に並んだ。
「どうもこういったことには慣れなくて」
「随分と嫌われたものだな、ベリエナは」
「別にそう言う訳では」
ムスッと答えるユエルにレオは小さく笑い肩を揺らした。
「レオ様とお茶を飲むのは楽しいのに、何故か、こう、心から楽しみと思えなくて。お茶会が楽しくないこともあるのだということを知りました」
物憂げに告げるユエルにレオは少し頬を掻くと、整えられた髪を崩さないように気を付けながらユエルの頭を撫でた。
「まあ、なんだ。茶と菓子を飲んで食べに来ただけだと、肩ひじ張らずに過ごせばいい。多少の嫌味は鼻で笑ってやれ」
レオの励ましの言葉に、温かい掌にユエルは目を細めた。
「それにしても、レオ様がお一人で剣の稽古に勤しんでいらっしゃるなんて珍しいな」
「俺だって、たまには剣を握ってみようかな、と思う時があるんだよ」
「思うに、腰痛の容体が思わしくなくなってきたんでしょう」
「む」
「最近、修練場に来ていらっしゃいませんでしたし」
ユエルの頭から手を離したレオは後ろ手で頭を掻き、ユエルもその顔を見てクスリと笑った。
「お前には腰痛の苦しみも、剣が苦でないお前にとって苦手な運動を強いられる辛さも分からんだろうな」
顔を顰めたレオにユエルは「そうですね」と適当に流しクスクスと笑い続けた。
剣の稽古を皇帝陛下がしていると聞いたベリエナはその姿を一目でも拝見しようと、差し入れを持って修練場へとやって来ていた。
剣を振るう陛下の勇士を見学し、あわよくば少し会話が出来ればとベリエナは期待していた。
しかし、実際にその目に飛び込んできたのは、修練場で楽しそうに会話する皇帝陛下と聖域からやって来たという令嬢だった。
ベリエナは唇を噛むと修練場に向かう足を止め、自室へと踵を返した。
臣下達の間や巷では皇帝陛下のロマンス話が好意的に広められているようだが、幼い日の感情がずっと今でも継続しているとはベリエナは思わなかった。
心を込めて尽くせば、美しく着飾れば、皇帝陛下はいつか振り向いてくれると信じていた。
それが真実であるようにベリエナが微笑めば殆どの男がベリエナに蕩けていった。
自分は誰もが認める皇帝の妃有力候補だ。この地位は揺るぎようがない。
物語は所詮物語。一過性の熱に皆浮かれているだけだ。冷静になって降って湧いてきたような少女に自分が負けるわけがない。
ベリエナは合わせた手を強く握った。




