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騎士の嫁入り  作者: 純太
第2章

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もう一人の婚約者2

朝の祈りを終え、自室に戻るユエルの間に現れたベリエナの小言に付き合わされたユエルの体力は修練場に行くときには半分まで減っていた。


「まだ午前中だというのにユエル様は随分お疲れのようで」


騎士達が走り込みを行う様子を眺めながらバルトは横で疲れの色を滲ませるユエルに話しかけた。

ユエルはチラリとバルトを見ると深くため息をついた。


「女性とは以外と面倒な生き物だったのですね」

「どうしたんですか?いきなり」


心配気に聞いてくるバルトにベリエナとあったことを掻い摘んで話した。


「ほう。また見事にベリエナ様に攻撃されていますね」

「騎士団には女性もいましたが、基本、男社会でしたからこういうことには疎くて」

「そうでしたか。なら、こういう女の色恋沙汰には縁がなかったんでしょう」

「色恋沙汰?」


ユエルは首を傾げる。

バルトはその様を見て苦笑した。


「ベリエナ様が陛下へ好意を抱いていることは有名な話ですし、貴女がいらっしゃるまではベリエナ様が将来の皇帝妃だと言われていたんです」


そこまで言ってバルトはしまった、と口を押さえた。


「私がいなければ彼女が皇帝妃だったわけだ」


ユエルはそれだけを口にすると黙って遠くを見つめた。

いらない種を蒔いてしまったような気がしてならないバルトは、その様子を眺めながら一人で冷や汗を流した。






訓練後、汗を流し令嬢仕様のドレスに身を包んだユエルは、暖かな陽の入る東屋で本を読みながら午後のお茶の時間を過ごしていた。

手元には今まで踏み込んだことのない種類の本、所謂“恋愛小説”が保持されていた。

色恋沙汰に詳しくないユエルは、カイネに「色恋沙汰のなんたるや」を質問してみた。そして差し出されたのが、今ユエルが読んでいる恋愛小説であった。

物語の中では男と女が好きだの嫌いだの言いながら過ごしているさまが描かれており、好敵手や乗り越えなくてはならない壁などに立ち向かい愛を二人で育んでいた。

ユエルは本に胸を熱くさせることもなく、淡々と読み進めていた。しかし、頻繁に読む手を止めて遠くを眺めたりしながらなので序盤から物語は中々進まない。

茶をすすり、ユエルは静かにカップをソーサーに置いた。


面白さが全然分からない。


幼少期より男社会に生きていたユエルにとって、多くの少女達が胸を焦がす物語も頭に入ってこないようで歴史小説の方がよっぽど面白いように感じた。

色恋沙汰とはこんなにも詰らないものであるとユエルは一つ学んだ。

しかし、そもそも“恋”とは何なのだろうとユエルは頭を捻った。

自分はレオの婚約者としてこのジャミースタに来た訳だが、物語の主人公の様に婚約者とキャッキャッウフフ、といった雰囲気はレオとの間には全くない。

物語の中では婚約する前にお互いを好きあっていたようだが、これもユエルとレオの間には当てはまらない。

主人公は婚約者に恋をしていた。そしてベリエナもレオに恋をしている。

では自分は?

レオのことを好きか嫌いかといえば、好き、だと思う。

一国を治める皇帝として、その重責を背負い、誇り高く勤めている姿は尊敬に値する。

自分には真似がきっと出来ないであろう。

素晴らしい人であると思う。

だがそれは物語で描かれていた好きとは違うように感じる。

では、好き、とは何だろうか?

何度目かの休憩を挟んだユエルは視界の端にレオを捉えた。

レオは回廊を歩いており、神殿へ向かっているようだった。今日も建国祭の打ち合わせだろうか。

時刻はちょうどそろそろ夕方のお祈りをする時間。読書に飽きたユエルはレオと一緒に自分も神殿に行こうと東屋を後にしようと立ち上がろうとした。

しかし、ユエルよりも先にレオに声をかける人物がいた。

ベリエナだった。

可愛らしい少女はレオの横に並び、花が綻ぶ様に笑みを見せる。

それに応えるようにレオも微笑む。

男性らしい風貌に理知的な顔を持つレオの隣に、華の様な少女のベリエナ。その様子はとても絵になった。剣を振るうことしか取り柄のない雄々しい自分ではベリエナの様にレオの隣りに立っても絵にはならないだろう。

自分さえ現れなければ、今頃ベリエナとレオは婚約を経て結婚していたことだろう。

自分が邪魔なのだ。

ユエルはそっと自分の胸に手を当てた。





夕刻の王宮神殿。ユエルは悶々とした気持ちを抱えながらお祈りを完了させ、美しいステンドグラスを見ていた。

静かで清められたこの空間は胸に渦巻くモヤモヤとした嫌なものが洗い流されるようで、少しだけ気持ちがすっきりとしてきた。

そこに人の気配を感じ振り返る。いたのは先日と同じでレオだった。


「今日もお祈りか?」

「レオ様・・・・・・」


先日は会えたことが嬉しかったが、今日はその姿でユエルの顔を曇らせた。

ユエルの頭にチラつくのは先刻のベリエナと笑い合うレオの姿だった。


「何だ?今日はえらくしおらしいな。具合でも悪いのか?」


いつもと違うユエルの様子にレオは怪訝に思いユエルの顔を覗き込んだ。

その動きに少し驚いたユエルは距離を半歩分とった。

それに気付いたレオはユエルに批難の視線を向けるも、ユエルは困ったような表情を返すだけだった。


「いたって、いつも通りの体調です」

「ふーん」


ユエルの言にレオは体を起こす。

心なしかレオの雰囲気が不機嫌なものになった気がするユエルは、気不味い空気を払拭するため、話題を必死に探した。


「そ、そういえば、今日、カイネに面白い本を紹介してもらいました」

「本を?」

「はい。『茨の姫君と天空の騎士』という本です」

「わお」

「ご存知ですか?」


意味ありげに顔を引きつらせるレオを見てユエルはレオを見上げて首を傾げた。


「読んだことはない。だが、巷の女という性別の者に多大な支持と人気を得ている小説だとは聞いている。そして内容は砂を吐きたくなる甘さだとも聞いている」

「はあ」

「ユエルもそういうものを読むんだな。意外だ」

「そうですか?」

「ああ。世の女性達が好む本ではなく、俺の印象では兵法や歴史書を読んでいそうだ」


常の自分の行動を振り返り、ユエルは確かにレオが言っている本ばかり読んでいたように感じる。

レオの言う通りである。


「まあ、確かに私はレオ様が仰るような類の本を好んで読んでいましたが」

「だろ?」


自分の予測が当たったレオは少年のように笑ってみせた。


「俺には恋愛小説の良さは全く理解できないがな」


それにはユエルも納得なので心の中で深く頷いた。


「で、どんな内容なんだ」


面白かったら俺も読んでみようかな。

そう言ってレオは期待に満ちた目でユエルを見つめる。

ユエルは少し考える素振りを見せると苦笑して答えた。


「それが、私にも恋愛小説の良さが全く分からず、読むのを数ページで止めたので内容が分かりません」

「なんだ、ユエルも恋愛小説は苦手か」

「はい」

「俺と同じだな」

「はい」


二人で暫し笑いあった。

自分だけが詰まらないと感じているのではなく、レオも同じだと知りユエルは嬉しくなった。

ユエルはまた、胸にそっと手を当てた。


お久しぶりなので、2話連続で投稿してみました。

今年もよろしくお願いします。

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