稽古をつけることに
騎士であったことが知れた翌日から、ユエルは修練場に通うようになった。
騎士と知られた以上(リベルには怒られたが)我慢する必要もなくなった。思う存分剣を振るって過ごすことが出来る。
コッソリ持ってきていた神殿騎士の訓練服に袖を通した。
腰には愛剣を下げ、髪をキッチリと一つにまとめる。
神殿にいた時と同じ出で立ちだ。
毎日ユエルを可憐な少女に変身させていたカイネは、今のユエルの姿に着飾ることができず残念がっていたが、ユエルとしてはいつもの自分に戻れたようで、こちらの方が安心した。
準備を整えたユエルは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、嬉々として今日も修練場へ足を運んだ。
「ユエル殿、ようこそお越しくださいました」
修練場に到着すると、バルトが一番にユエルに気付き出迎えた。
「今日も混ぜてもらって良いだろうか」
「もちろんです」
ニコニコとユエルは嬉しさを隠すことなく、騎士が集まる中央へと向かった。
その横にはバルトがついて歩き、ユエルを誘導した。
「実はユエル殿に折り入ってお願いがありまして」
「何ですか?」
「うちの若造共に稽古を付けてやって欲しいんです」
「私では役者不足ではないでしょうか?」
「神殿騎士団の一番隊副隊長が何を言いますか。血反吐が出るほど扱いてやって下さい」
「そこまで仰るなら」
バルトの申し出にユエルは新人神殿騎士に恐れられる事となった訓練内容を思い出していた。
「随分と愉しそうに話すのだな」
不意に横から声をかけられ、ユエルとバルトはそちらを向いた。
そこにいたのは剣を携えたレオで、後ろには同じく剣を携えたヨハンが控えていた。
「おや。珍しいですね、陛下が修練場にいらっしゃるなんて」
バルトが目を丸めた。
レオは首の後ろを掻きながら澄ました顔をして言った。
「先日の事で運動の大切さを知ったからな」
「嘘ですよ。腰痛の相談をしたら医師から運動を勧められたからですよ」
間髪入れずに笑顔でヨハンの訂正が入る。
ゆっくりとレオの視線が泳いで修練場の中心を見た。
そこにあるのは騎士たちの群れ。
「さて、運動運動」
騎士たちの群れへ向かってレオは歩いて行った。
「まったく」
「まあ、運動が苦手な陛下が少しはしようと思われたその気持ちを尊重しようじゃないか」
レオの行動に苦笑をこぼしたヨハンをバルトが快活に笑いながら宥めた。
「陛下にも苦手なものがあるのですね」
「はい。謀など後間は回るのですが、体を動かすことが不得手でいらっしゃいます。剣なんて数分も握っていられませんよ」
邪気無い顔でヨハンは毒を吐き出し、バルトはうんうん、と深く頷いていた。
「幼い陛下の剣術の講義から逃げようとする執念は凄まじかったですからね。毎回見事な悪知恵を駆使していましたから」
「バルト様は剣術の講義の度に駆り出されていましたよね」
「陛下の策略に耐えられ、乗り越えられる騎士が当時いなかったからな」
「ああ、確かに陛下のは悪戯と言うには差し支える難度の試練でしたからね」
バルトとヨハンは昔を懐かしむと言うには苦い顔をして、遠い目をしながら思いに耽っていた。
ユエルは返す言葉もなく、「はあ」と思い出に浸る二人に曖昧な相槌を打った。
そこへバルトの背後から咳払いが小さく聞こえた。
「何をしているかと思えば、人の悪口か」
「とんでもありません陛下。ただ陛下の素晴らしい頭脳は昔から健在であったと、語っているだけです」
不機嫌なレオにヨハンは邪気の無い笑顔で宣った。
「どうだか。それよりバルト、訓練に付き合え。誰もまともに相手をしてくれん」
「かしこまりました。皆、陛下の存在に畏縮しているのでしょう」
「そんなものか」とレオは溜め息を吐き、バルトはレオの命令に剣を握り直した。
すると、思い出したかのようにヨハンが提案した。
「ユエル様、宜しければ陛下にご指導頂けませんか?」




