家族に報告
神殿騎士の制服をきちんと着こなし、長い黒髪をまとめ上げた少女の後ろ姿は見つけるのが容易かった。
何しろ男が多いこの空間では、男達とまったく同じ格好をしているといっても可憐な少女はとても浮いた存在だったのだ。
「マクスウェル1番隊副隊長」
呼ばれたユエルはゆっくりと振り返り相手を確認した。 ユエルを呼んだ相手は隊の部下ではなかったため、ユエルは首を傾げた。
通常、他隊の騎士とはあまり交流はない。
官職に就けばそれは更なりで、ユエルもあまり他隊の騎士から話し掛けられることがなかった。
「なんだ」
可憐な容姿からは想像もつかないような武人的な話し方は、初めて会った相手をいつも驚かせる。
しかし話し方や表情は柔らかく、それ故か意外にも彼女に合っていた。
声を掛けた騎士はぎこちなく一度礼をとった。
「あ、あの」
緊張している様で、声が少し震えていた。
見たことがない顔、年齢的にも彼は新人なのだろう。ならば緊張しても仕様がないとユエルは思った。
ユエル・マクスウェルは神殿騎士16隊の中でも最強と謳われる1番隊の副隊長の地位に腰を据え、『死神』という物騒な異名を持った神殿騎士最強の女だった。
数年前、アルジナは他国に攻め入られた事があった。
アルジナはどこの国にも属さず、セルシオールの自治で土地を治めてきた。
世界宗教の中心地である聖地アルジナは、巡礼の地として旅人が多く訪れ、それと同時に商人なども多く訪れていたため、信仰だけではなく交易の中心地としても栄えていた。また、その性質柄、他国との交流も盛んに行われ、様々な国と親交を深めていた。
世界で信仰される宗教の本拠地は、世界にとっても重要な土地であった。
そんなアルジナを我が物にし、世界宗教であるセルシオールを取り込んでしまおうと考えた敵国が攻め入ってきた。
セルシオールを手に入れるということは、世界を手に入れているようなものだった。
勿論、セルシオールは黙っていることはできず、世界の平和のために、戦争へと発展した。
神子の名のもと神殿騎士達は戦い、圧倒的勝利を修めた。
その戦いの時に『死神』という異名がユエルについたのだ。
その姿を見たら最後。細身の剣は大きな鎌となり、その姿を捉えた人間を鎌を振り上げ圧倒的強さで狩る。
その様はまさに『死神』。
と、ユエルの戦う様を見た者が言ったのが彼女の異名の所以だ。
それ以来、ユエルは騎士達に恐れられる存在となった。
さらに先日、ユエルは新人の訓練指導にあたった。
その際、女であるがために侮られ、舐めた態度を取る者がいたため、さすがのユエルも頭にきてしまい、自分の名前と役職そして異名を名乗った上で容赦なく、それこそ血反吐が出るほど扱き鍛えてやったので、新人に恐れられるどころか、恐怖の権化のように思われているのは明白だった。
新人である彼もそれに洩れず、ユエルを恐れているようだった。
その証拠にユエルの翠眼に見つめられ、青い顔で冷や汗を流していた。
さすがにちょっと気の毒に思えた。
騎士は拳を握り、言葉を続けた。
「さ、3番隊隊長がお呼びです」
「3番隊の?」
何だろうと思いつつもユエルが頷き礼を述べると、騎士は逃げるように去っていった。
ユエルはポリポリと頬を掻くと、3番隊の隊舎へと足を向けた。
3番隊隊長クラウ・マクスウェルはユエルの2番目の兄だった。
先程も述べたように、他隊との交流は少ない。3番隊の兄がいったい1番隊の自分に何の用なのだろうかと首を傾げつつ、ユエルは3番隊隊長室へと訪れてみた。
しかしそこには部屋の主であるクラウだけではなく、予想外の人物が二人いた。
「ようユエル。お前結婚するんだって」
開口一番。入室してすぐ、クラウの笑顔の一言に、何故二人がこの部屋にいるのかユエルはすぐに解った。
「おめでとう!」
そう言って目頭を押さえたのは、上の兄であるシリス・マクスウェル司教であった。
マクスウェル家は代々高位神官を排出し、過去には優れた最高位神子をも出している名門神官の家系であった。
中にはユエルやクラウのように騎士になる例外も多々あるものの、マクスウェル家の多くの者が神官になり、一様に優秀で優れた偉業を残していた。
例に漏れず、現マクスウェル家当主であるシリスも神官になり、立派に役目を果たしており、今では若くして司教にまで上り詰めた実力派出世頭であった。
「行き遅れそうになっていて心配したが、これでやっと安心したよ」
シリスは満面の笑みを浮かべ、ユエルの肩をポンポン叩いた。感極まっているのでその力はなかなか強い。
騎士と謂えども可憐な少女であるユエルは、少し体を傾かせた。
その様子を見て、涼やかな笑い声が響いた。
「姉上」
麗しの姉を窘める声と共にユエルは溜め息を吐き出した。
「いいじゃない家族には言ったって。ユエルのことだから、ギリギリまで私以外には秘密にしておくつもりだったんでしょう」
ずばり図星であった。
周りに告げないことで、ユエルは現実逃避をはかった。結婚の話題が出なければ、冗談で済まされるような気がしたからだ。実際、現実はそれを許してくれなかったが。
「なんだユエル、嬉しくないのか?隣国の皇帝となんて良縁だぞ?」
クラウの言葉にユエルはそっぽを向いた。
「私は騎士でありたかったんだ」
シリスはそっとユエルの頭を撫でた。
クラウは眉を下げ、頬を掻いた。
「貴女の求める『騎士』は、職業の『騎士』じゃないはずよ」
姉は金の瞳を細めユエルを見つめる。
「どこに居ても『騎士』であり続けることはできるはずよ。私がずっとユエルの姉であるようにね」
ユエルはそっと俯いた。