隠し事は難しい
大きな荷物(誘拐犯)も増えたので、デートはお開きとなった。
昼時ともあり、レオとユエルは城の中庭で昼食をとっていた。ちなみにバルトは誘拐犯を縛り上げているのでここにはいない。
「帰りが早いと思えば、その様なことがあったのですか。それは災難でしたね」
レオに食後のお茶を渡しながらヨハンが納得というような顔で数回頷いた。
「まったくとんだ災難だったよ」
レオはふてくされた顔でお茶を受け取った。
「しかし、ユエル様が陛下を助けて下さって助かりました」
「いえ・・・・・・」
「ご謙遜を。見事な体捌きだったとバルト様から聞いております」
「それで思い出した!」
レオのこの言葉に、ユエルは飲んでいたお茶を飲む振りをしつつ、カップを握る手を強くした。
「とても昔少しやっていた程度にはなかったとバルトが言っていた。あれ程までに体を自在に動かし、フェルを取り入れた戦術を使う様子から、毎日、訓練を積んでいる熟練の騎士の動きだったと」
ユエルは唾を飲み込んだ。
「さすがに、しらばっくれるのは、もう無理じゃないか?」
ユエルはぐっとお茶を飲み干すと、カップをソーサーに置き、息を一つ吐いてからレオに向き直った。
「いかにも。私は神殿騎士団一番隊副隊長でした」
「へー。かの有名な神殿騎士の」
「一騎当千と謂われるほどの先鋭ばかりが集まっていると聞いたことがあります。しかもその一隊の副隊長ですか」
「通りで誘拐犯にも臆することなく挑めるわけだ」
納得したようにレオは頷き、ヨハンは笑顔を驚きに変えていた。
正体を明かしたユエルは遠い目をし、この後リベルにどうやって説明するかを考えた。
そこへ一仕事終えたバルトが加わってきた。
「陛下終わりました。いやしかし、ユエル殿の熟練の騎士のような体捌きには驚かされました。まるで神殿騎士みたいでしたな」
開口一番、爽やかな笑顔で言うバルトに、レオとヨハンは笑い、ユエルはうなだれた。
「本当に神殿騎士だったとは。見事な構えといい、通りで板についているわけだ」
「しかも、一般騎士団員じゃなく、一番の隊副隊長だったそうだ」
「一番隊の?」
「ああ」
レオの言葉にバルトは再度驚いた。
「ユエル殿はあの一番隊副隊長なのですか?」
「“あの”とは?」
「陛下もご存知ありませんでしたか?騎士の間では有名な話しなのですが、神殿騎士団一番隊副隊長ユエル・マクスウェル殿といえば“死神ユエル”の異名で近隣の騎士で知らぬ者はおりません」
「ほう」
レオは興味深そうにニヤリと笑ってユエルを見た。
ユエルはそっぽを向いた。
「その名は好きではありません」
「何故だ?光栄なことじゃないか」
キョトンとユエルを見やるレオに、ユエルは内心毒づいた。
だって、死神って縁起が悪いじゃないか。
そもそも、うら若き乙女に物騒すぎる異名を付けるのもどうかと思う。
レオはキョトンとした表情のまま、心の中で文句を連ねているユエル言った。
「自分がやり遂げた事に対して、人の記憶に残るような印象を与えられ、人の記憶に残るように異名を与えられ、形はどうあれユエル殿が人々に認められた結果じゃないか。君は世界的な騎士になったんだ」
「世界的な騎士に?」
「そうだ」
鷹揚に頷くレオを見て、ユエルは目から鱗を落としていた。
自分の戦場での評価として、また、敵を切り倒す姿を見ての、それこそ悪意のある異名だと思っていたが、その様な考え方もあるんだな。
思いつきもしなかった。
ユエルは心の底から感心した。
「貴方は考えが広くていらっしゃる。やはり、皇帝になるべくしてなられたんだな」
ユエルの素直な感嘆に、レオは頬を少し染めた。
「なんだ、いきなり!」
恥ずかしさを隠すように吠えるレオの背後には、誇らしげに笑う家臣の姿があった。




