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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

関西夫夫

えぷろん

作者: 篠義

 貰ったってくれへんか? と、差し出された袋に、俺は首を傾げた。差し出しているのは、職場の同僚 御堂筋だ。

「なんや? どっか行った土産か? 」

「なんで、おまえに土産なんか買うてこなあかんねんな。俺とこの彼女から、おまえのとこの嫁にプレゼントやそうや。」

「はあ? 」

 うちの嫁と、御堂筋の彼女に接点はない。顔を合わせたこともなければ、声も聞かせたことはないだろう。それなのに、なぜ、そこでプレゼントなんてものが存在するのか、理解に苦しむところだ。そして、もっと問題なのは、俺の嫁が、れっきとした男であって、それを、この御堂筋が、自分の彼女に事実を、そのまんま告げているのか? ということだ。

「うちの祭りのことを話したら、なんか、やけに盛り上がってたんよ。最近、彼女らの仲間内で流行ってるらしい。」

「ああ、やおいってやつやろ? 」

 それは知っている。なんせ、昔、そのマンガを古本屋で買ってきて、教科書代わりにしたことがあるからだ。マンガを参考にした嫁の感想は、「俺は軽業師やないわい。」だった。ついでに言うと、あれは、かなりの脚色があって実際とは、かなりかけ離れていることも体験させて貰った。

「おまえも古いなあー、今は、BLっていうんや。なかなか、ようできてるで、あれ。」

「ふーん・・・ん?・・・・読んだんか? 御堂筋。」

「読んだ。男女でもいけるってやつが多いからな。あれ、一種の擬似恋愛ってやつちゃうかなあ。あはははは。」

 こいつは、最初から俺と嫁のことを話しても動じなかった男だ。それぐらいは軽いもんなのだろう。

「それはわかったけど、なんで、うちの嫁にプレゼントなんや? 」

「ああ、新婚さんのお約束アイテムらしいで。彼女のほうは、純粋に友達になりたいって意図らしい。まあ、それは、適当に誤魔化しとくわ。どこで、どこへ繋がるかわからへんさかいな。」

「おおきに。」

 俺も俺の嫁も、あまり世間様に公言したいわけではないので、できるだけ、そういうことを知っている人間は作りたくない。騒ぎにされたら、俺は確実にクビだ。


 そんなわけで、俺の前には袋がある。リアルゲイ夫夫というものに該当しているだろうが、うちには、新婚らしさなんてない。そろそろ十年だ。最初から、新婚らしさはなかった。だいたい、俺の嫁は最初から、壊れていたから、そういう初々しいものなど、元から持っていない。「寂しい」 と、泣いたのだって酒が入って、感情が余計に壊れていたからだ。

「・・・しかし、まあ、貰ったからには使ったほうがいいわなあ。」

 壊れている嫁のリアクションに興味があったので、とりあえず試してみることにはした。ただし、するのは、俺だけどな。

 やってみて、もし、嫁が、その気になったら、やってもらえるかもしれないけど、それは望み薄だろう。だって、俺も、別に、それで萌えたりするとは思えない。

・・・・なんていうか、もう、居るのが当たり前? という感じやからなあ・・・・

 やることはやっているものの、それだって、ふたりでいることの確認作業みたいなものだ。新しいことをしたいとは思わないし、体温が感じられるだけでいい。いや、まあ、気持ちいいというのもあるけどさ。だいたい、裸でエプロンなんかしたら、ものすごい寒い光景のはずだ。可愛い女の子というなら、わかるが、俺がやるのだから、想像しただけでも笑える。




 いつものように、食事の支度をして、それから着替えた。なんていうか、何も着ていないというのは、心許ないなあーと思ったので、腰にタオルだけ巻きつけた。扉が開いたら、それを剥ぎ取ればいいだろう。お互いに、ピンポンなんてしないので、玄関の開閉の音だけだ。「おかえりのちゅー」とか「ただいまのちゅー」 とか、たまにやってみるが、それだって毎回ではない。

 のんびりと、本を読んでいたら、玄関の開く音がした。

「おかえりー」 と、いそいそと立ち上がる。玄関から居間まで数歩しかないから、出迎えは居間だ。

「・・ただ・・・え・・・」

「おかえりー、ごはんにする? お風呂にする? ・・それとも、あ・た・し・? うふっ」

 シナまで作って出迎えたら、たっぷり数十秒、些か壊れている嫁はフリーズした。そして、へなへなと床へ座り込み、そのまんま倒れ臥した。

「おい、それ、どういうリアクションやねん? 」

「・・・・くくくくくく・・・・あはははははは・・・・・あほがおる・・・・あほが・・くくくくくくく・・・・苦しい・・・笑い死ぬ・・・・・」

 肩が盛大に揺れて、ごろりと仰向けに、嫁は転がった。腹を抱えて笑っている。本気でおかしいのか、涙まで流している。

「なんじゃ? それは」

「それは、俺が言うことじゃっっ。何しとんねんっっ、おまえはっっ。」

「いや、新しいお出迎えっちゅーやつや。」

「きしょいっちゅーんじゃっっ。どあほっっ。」

「いや、ほら、ムラムラっとかせーへん? ほらほら、可愛い尻やでぇ。」

 くるりと一回転してやったが、やはり笑っているし、「どこが可愛いケツなんじゃっっ。汚いもん晒すなあっっ。」 と、怒鳴っている。

・・・なるほど、こういう反応なんか・・・

 確かに、俺が、嫁に、この格好で出迎えられても、同じような反応になるような気がする。しかし、せっかくやったのに、あまりにもバカバカしい反応だったので、「ほなら、おまえもやってみろっっ。」 と、その場で嫁のワイシャツとズボンを脱がせて、エプロンをつけてみた。別に、嫁も抵抗はない。というか、脱力していたが正解かもしれない。すんなりと、裸体にエプロンをつけたら、ものすごかった。

「・・・うわ・・寒っっ・・・鶏がらにエプロン?・・・」

 アバラの浮き出ている裸体に、エプロンは非常に笑える代物だった。ついでに、日焼けしていない白い肌っていうのも、どうも不健康だ。

「着せといて、それかい?」

「おまえ、ちょっとは、日焼けしたほうがええな。今度、ピクニックでもしょーか? 」

「ていうか、なんで、いきなり、こんな格好させとるんじゃっっ。」

「いや、貰ろたもんは使おうかと思ったんよ。御堂筋の彼女からのプレゼントやねん。なんか、こう、ゲイな夫婦ってやつに、幻想を抱いてはるみたいでなあ。」

「はあ? 」

「こういう格好で出迎えて、いちゃいちゃしてると予想しとるらしい。」

「ありえへんっっ。」

「うん、ありえへんねんけどな。昨今のやおいは、こんなことになっとるらしいで。」

「やりたかったら、コスプレプレイの店へでも行け。俺かて、カワイ子ちゃんがやってたら、喜んでチップはずんだるわっっ。」

「あー俺も、そう思うわ。身長160cm以下の女子やったら、ええわ。」

 感想も似たようなものだ。こういうのは、やはり、小柄の女性にお願いしたい。170cm越えている男のすることではないらしい。嫁の、その姿を見ても、別に、何の感情もない。どっちかというと、「きっついなあ」 と、思う。

「ほんで? 」

「いや、もうええわ。とりあえず、風呂入って来い。それからメシでええやろ? 」

「せやな。脱いでもうたから、風呂入るわ。おまえも一緒に入ったら、どや? 」

「せやな。ついでやし、一緒にはいろか? 」

 空腹であると、それ以外のことは、どうでもええということになる。さっさと風呂に入り、飯を食った。冷やしブタしゃぶを、ごまだれで食いつつ、本日のエプロンについて説明したら、嫁は呆れていた。

「なんていうか、理想と現実のギャップっていうのが、ものすごいあるらしいな。」

「あるんちゃうか? 」

「よう考えたら、それやるんやったら、俺がやるんやろ? おまえ、見たいか? 」

「いや、もうええわ。それやったら、今のほうがええ。」

 Tシャツに短パンという格好で、首にタオルをかけている嫁の姿のほうが、何倍かそそられる。

「たまには、縛ってみるとかしたいんか? 」

「え? 」

「したかったら、付き合うけどな。」

「・・・ごめん・・・たぶん、面倒やから、ええわ・・・」

 縛ったりすると、動かすのが厄介だ。同意の上なのだから、できれば、スムーズに、お互いで動いたほうが楽である。いくら鶏がらな嫁でも、大の男となれば、体重は結構ある。持ち上げたりするのは、勘弁して貰いたい。

「おまえを縛ったら・・・あ・・・そうか・・・それも面倒やなあー・・・」

「せやろ? 普通でええわ。それぐらいやったら、おまえにいろいろと囁いてもらうほうがクるもんがあるて。」

 そう言ったら、嫁は、また肩を震わせて、「乙女やな? 」 と、笑った。釣られて、俺も笑う。別に、難しいことをやっているわけではない。ただ、お互いの言葉と体温が感じられたら、それでいいんだろうと思う。十数年も、こうやって暮らしているのだから、そんなものだ。

「俺、たぶん、もう女とやることはないやろうけどな。・・・・女とも、そんなことはしたいと思わへんで。」

 しみじみと、嫁がそう言って苦笑した。若い頃なら、いざ知らず、確かに、そんなことはしたいと思わない。

「理想と現実の違いということにしとこか? 」

「おまえは、外でやってきてくれ。」

「はあ? 」

「たまに、とんでもないことするやないか。ああいうことは、外でやってくれ。」

「いや、もしもし、水都さん? それ、浮気推奨なん? 」

「浮気はかまへんで。本気やないんやからな。」

「おまえこそ、そんな乙女チックなこと言うし・・・なんで、わざわざ外でしてこなあかんねんっっ。ここに、嫁がおるっちゅーねんっっ。板間で襲うぞ、俺の嫁っっ。」

「あーそれ、堪忍やっっ。膝と踵が痛ぁーてかなわん。尾てい骨に痣ついて、かなんよ、あれ。」

 露骨なご意見を吐いてから、俺の嫁は、ニヤニヤと笑って、「ベッドやったらええよ? 」 と、のたまった。

・・・・そんな誘い方せんでくれ。後片付けしたぁーなくなるやんけっっ・・・・

 自覚のない誘いが、一番萌えるかもしれない。エプロンは、どうも性に合わないことが判明した。いや、御堂筋に報告したりはせぇーへんけどさ。

「そういや、昔な。堀内のおっさんが、猫耳と首輪をくれたことがあったけど、あのおっさん、あれで欲情するんやろうかなあ。」

 ぽつりと、そんなことを、俺の嫁が口から漏らした。まあ、あのおっさんは、かなりおかしいから、それでそそられるもんがあるのかもしれない。しかし、鶏がら嫁に猫耳と首輪って・・・・。

「・・・あかん・・俺にはわからん。」

「心配せんでも、俺にもわからん。あん時は、金をくれるっていうから、つけたっただけや。」

「え? つけたったぁー? 」

「うん、三万ほどくれたで。おっさんは金持ちやからな。」

「怪しいバイトしてたんやな? 」

「そうか? 膝に座って、『にゃー』って言うだけで三万やで? 普通、するやろ?」

「・・・せぇーへんと思う・・・」

 昔から壊れていたので、価値観とか倫理観がかなりおかしいことは知っていたが、やはり、こいつは、かなりおかしい。そして、こいつの元上司も、かなり変態なんだと知っていたつもりだったが、それほどとは知らなかった。

「さすがに、俺が三十路越えたら、そんなん言わへんなったわ。」

「当たり前じゃっっ。」

 やれやれと立ち上がって、食器をシンクへ運んだら、背後から、嫁がやってきて、「にゃあ」 と鳴いて、となりに並んだ。

「俺は猫飼うつもりはないで。」

「俺は飼ってもええで。にゃあにゃあ鳴いて帰りを出迎えてくれるんやったら、おまえが猫でもええ。」

「飼われるなんてイヤじゃっっ。・・・ああ、年金貰える年になったら、ふたりで猫みたいに暮らしてもええかな。」

 猫みたいに縁側で昼寝して、だらだらしているのは楽しいかもしれない。たぶん、その頃には、もっと俺の嫁は壊れていて、何にもわかんなくなっているかもしれない。「にゃあ」 しか言わなくて、言葉すら話さなくなっていたら、世話するのも楽しいだろう。

「『にゃあ』ぐらいは言うてくれな。」

「はあ? 」

「何にもしゃべらへんのは寂しいやんか。」

「・・・しゃべるがな・・・たぶん・・・」

「わからへんで、おまえは、ものぐさやからな。全てを、『にゃあ』で済ませるで。」

「あーそれはあるかもしれへんなあ。でも、ええやんか。花月は、それでも意味がわかるやろうからな。」

「そうなってるように努力するわ。」

 片づけをやりつつ、こんな会話をしていること事態が、すでに、裸エプロンとは違う世界にいるんじゃなかろうかと、俺は思った。

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