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私は知っている

作者: アオイ
掲載日:2026/04/25

「ああ、神はなんて無慈悲なことをなさるのか」

 大衆演劇の下手な役者のように嘆くのは、わが父。これでもシュトラウス候爵家の現当主だ。

「ああ、愛しいジュリアに王命による縁談が来てしまったわ。まだまだ手放したくないのに」

 父に追随するように、母も大袈裟に嘆く。

「泣かないでお父様、お母様。候爵家のためという私の決意が揺らいでしまいます」

「我が家のために……なんて健気な」

 三人はひしと抱き合い、悲劇のヒロインとその家族という自分達に酔っている。

 この寸劇、いつ終わるのかしら。

 ジュリアと私は一歳しか変わらない。私を産んですぐにまた妊娠出産した母は、私を顧みなかった。父もそうだ。

 新しい、より小さい命を守り育てるために一生懸命で、私は先代候爵がつけてくれた乳母に育てられた。

 この辺りの生い立ちから、既に寸劇の登場人物になりすらしない。まあ、なりたくもないが。

 演劇に興味は無い。私の一番の娯楽は先代とのチェスだった。


 我が国では国内のパワーバランスを取るために特に高位貴族は王家による調整が入る。

 そのため王命による縁談になるか、王家の承認を得た上で縁談を纏めるかのどちらかになる。

 今回は同じ爵位のランバルディ候爵家嫡男との縁談が、()()()()()()()()()にきたのだ。


「サーフィス=ランバルディ様、姿絵と釣書を拝見する限り金髪碧眼、細身の高身長。美男子好きの……もとい可愛いジュリアには良いお相手では?」

 さっさと話を進めるべく、目の前の茶番劇をぶった切る。

「オイ、我が家の一大事だぞ。全くお前はいつも冷静過ぎて可愛げのない。少しは…」

「見習おうにも、ジュリアの可愛いらしさはジュリアなればこそ」

 いつものお小言は聞き飽きたので、ジュリアを讃えるように聞こえる言葉で黙らせる。

「たっ、確かにお前がジュリアの真似などしても到底及ばんがな」 

 本当に実父かと疑いたくなるこの扱いの差よ。

 まあ何より貴族令嬢としての必要最低限だけを学んで、後は全て人任せの妹の天真爛漫な可愛らしさなど要らない。

 嫡子として可愛らしさより実務能力を追求せざるを得なかった私にとって、そんなものは二の次だ。


「そんな、サーフィス様がそこまで美男子なら、もっと社交界で有名な筈だわ!私、どこのお茶会やパーティでもお名前すらお聞きしたことがないのよ」

 またジュリアの劇場の幕が開いた。

 こうなっては誰も話を聞かない。

 何故彼が知られていないのか、ランバルディ候爵家及び候爵領で何が起こっていたのか。

 それから、この王命による縁談の真意も。


 この場では、私だけが知っている。


 これ以上の進展は見込めないため、今日はもう自室に下がった。

 私が退室したことすら、あと小一時間は気づくまい。




 数日後、件のランバルディ候爵夫妻とサーフィス様が顔合わせのために我が家を訪れた。

 ジュリアは急な体調不良で姿を現さず、両親と私のみで対応することになった。

 これではまるで縁談の相手は私のようじゃないかという嫌な予感は的中した。

 我が家の下手な脚本家達は、シュトラウス候爵家にきた縁談がジュリアを指名したものではないということには気付き、当主教育の半分以上を終えている私を差し出すことに決めたのだ。本人の同意なく勝手に。

 後先考えず、安易に楽な方に流れる家族には呆れてしまう。


 両家で会話を重ねていくと、ランバルディ候爵夫妻は至極真っ当な遣り手で、この縁談の真意を汲み取っていることが分かってきた。

 その上での我が家の両親の能天気さよ。

 サーフィス様は姿絵以上の美男子かつお声までも素敵で、もしここにジュリアがいたなら二つ返事でこの縁談は纏まったのではないだろうか。

 しかし今更どうしようもない。


 

 その後、私とサーフィス様の交流が徐々に始まった。

 月に数度の手紙のやり取りや、お互いの家を行き来してお茶会の場を設け、互いを知ろうとしたがどうも違和感があった。

 サーフィス様はいつも爽やかな笑顔で、この縁談を嫌がる素振りは無いがとにかく会話が噛み合わない。

 これから共に支えるランバルディ候爵領について、彼に直接質問をしても今一要領を得ない。

 しかしその場で納得出来なかった部分は、後日の手紙に記されている。

 最初は後できちんと調べてから正確な返事をなさる律儀な方と思ったものだが、何度も会う内に目の前の彼と手紙の彼の印象が剥離していることが気の所為ではないと確信した。

 どう考えても別人だ。


 そして手紙の彼も、この縁談の真意に気づいている。



「お姉様、先日初めてお会いしたけれど、サーフィス様ってとても素敵な方ね。どうして社交界の噂にならないのかしら。不思議だわ」

 家族が揃った晩餐の時、突然ジュリアが言い出した。

 夢見るように語るジュリアの愛らしさに、両親は微笑ましく見つめている。

「一昨年の長雨で、ランバルディ候爵領を流れる大きな川が氾濫したのよ。それによって流された橋の再建や削れた道の補修、他にも被害にあった村や農地の復興で社交どころでは無かったのよ」

 これは真っ当な貴族には周知の事実。だから茶会等でわざわざ口にしない。皆が知っていることだからだ。

「ええ〜、大変だったのね。でももう大丈夫になったから我が家に縁談がきたのよね?」

「たった2年ほどじゃ完全にでは無いでしょうね。ただある程度目処がたったから、社交を再開するというところかしら」

「ふうん。そんな大変な中でも、いつも素敵な笑顔をたたえているサーフィス様って優秀な方なのね」


 この時を皮切りに、ジュリアはサーフィス様へ熱を上げていく。事実を確かめも知りもしないで。

 この変化は出ていく私に代わり始まった、当主教育からの逃げも後押ししていると私は知っている。

 そしてサーフィス様が我が家を訪問する度ジュリアも同席したり、わざと私に少し遅い時間を告げサーフィス様と二人の時間を作るようになった。

 私は毎回これらのことをサーフィス様宛の手紙に書き綴った。

 更に手紙の結びには()()()共通の趣味であるチェスの一手を添え、互いに盤面を作り上げていく。



 次のお茶会はランバルディ候爵家で行われた。

 しかしそこに居たのは、ランバルディ候爵夫妻と一人の青年。サーフィス様は急用で出掛けているとのこと。

「お初にお目にかかります、ランバルディ候爵家次男クレバリーと申します」

 釣書の家族構成でお名前は知っていた。

「ご丁寧にありがとう存じます。私は…」

「知ってるよ。ティティ」

 その必要は無いとばかりに、呼ばれた私の愛称。私をそう呼ぶのは、手紙の彼だけだ。

 対峙したサーフィス様は決して呼ばないそれが、最初の違和感だった。

 私達のやり取りを笑顔で見守るランバルディ候爵夫妻。


 ここにいる皆、知っているのだ。

 今までのことも、これからのことも。

 目の前には駒を配置したチェスボード。

 今日は確定した未来に向けて、最初で最後の打ち合わせ。


 王命の真意。おそらく我が家は負けたのだ。



 先日ジュリアに説明した通りランバルディ候爵家は災害による損害が大きく、現在あらゆる策を講じて人も財も投入して何とか復旧の目処をつけたばかりだ。

 そのため候爵家の資産が目減りし、家の力が弱まってしまった。

 しかし当主や側近をはじめ、領の運営陣が優秀だったからこそ、このくらいで済んでいる。

 並の家なら既に爵位を返上していてもおかしくはない。


 それに対し我がシュトラウス候爵家についてだが。

 領地は広大で肥沃な農地を有し、気候は穏やかで災害とは無縁。凡庸な現当主と違って優秀な先代が適材適所に優秀で忠実な代官を配置したため、自動的に税収が入り適切に運用される見事な安定力を持つ。

 ちなみに私は当主教育をはじめ物事の考え方等、全てこの優秀な先代とその先代が厳選した教師から学んだ。特に近年、先代とのチェスはお互いに白熱した接戦を繰り広げている。


 閑話休題、ではこの縁談の真意、王家の思惑とは。


 あくまで王家は国内のバランスを重視している。

 そのため一つの家が力をつけ過ぎても良くないし、有能な家をみすみす没落させたくもない。

 つまり、有能なランバルディ候爵家は消えてほしくないし、裕福なシュトラウス候爵家がこれ以上力を強めるのは避けたいというところだろう。


 そこでこの個人を指定しない家同士の縁談。

 普通に考えれば、嫡男サーフィスがジュリアを娶ることでシュトラウス候爵家からの出資を引き出すことが順当である。

 おそらく国内情勢を知っている嫡子の私と、現在隠居中だがまだまだ健勝の先代で何とかすると大方の予想をつけたはず。

 しかしイレギュラーが発生した場合も、よく練られているとしか言いようが無い。


 それは各候爵家の家風に端を発する。

 時に冷酷とも思えるほどの英断を下し家を守り存続させてきたランバルディ候爵家と、身内の不出来を何とか周囲が補い協力して存続させてきたシュトラウス候爵家の性質をうまく利用するのだろう。



 それから一ヶ月後、事態は動き出した。

 その日は我が家でのお茶会だった。

 何故か私の両親とジュリアも同席している中、いつも必要最低限すら話さないサーフィス様が真剣な表情で語りだした。


「私はこの婚約を見直したい。君が私に嫁ぐのでは無く、私がジュリア嬢に婿入りするということでこの王命を果たそうと考えている」

 やはり思った通りだ。筋書きは見えているが、形式的に避けられない質問を返す。

「ではまず、ランバルディ候爵家の次期当主のことはどうされるので?」

「ああ君は会ったことは無いだろうが、スペアの弟がいてね。彼に譲ろうと思う。なかなか優秀な男なんだ」

 あなたと違ってねという言葉を慌てて飲み込むと、私が反論すると思ったのか更に彼は言葉を重ねてきた。

「勿論私の両親にも既にこの意向は伝えてある。反対はされていない」

 それは今の段階では承認まではされていないということ。


 未だ黙ったままの私に焦り出したのか、更に彼は続けた。

「シュトラウス候爵ご夫妻も賛成してくれていてね」

 援護射撃を求めるように、私の両親へ視線をやる。

「そうなんだよ。ランバルディ候爵家で当主教育を受けてきたサーフィス殿なら我が家の当主も立派に務められる筈だ」

 それは言外に、我が家がランバルディ候爵家に劣っていると認めているようなもの。

「そうですか」

「だから君は安心してこちらに残っ……」

「先日お手紙でご提案頂いた通り、シュトラウス候爵家に嫁ぎますね」

 サーフィス様の言葉を遮って告げる。

 ジュリアとサーフィス様の補佐なんてしないし、最近では手紙はサーフィス様を素通りしてクレバリー様に届いていることも確認済み。

「えっ?いや、は?手紙って……」

 サーフィス様はそんなことは知らないとは言えない。それでは代筆を認めてしまう。だから浮気だなんだとも騒げず黙るしかない。

「何のことですの?」

 自分がこの舞台の主役でないことが不満なのか、ジュリアが口を挟んでくる。両親もエキストラよろしく怪訝な表情を作っている。


「王命で頂いた縁談は、ランバルディ候爵家の()()にシュトラウス候爵家の息女が嫁ぐものでしたでしょう?ですので、これから嫡男となられる弟様に私が嫁ぎますね」

 にこりと余裕の笑顔で返すと、サーフィス様は唖然としてすぐには言葉が出ないようだった。

「フン、まっまあサーフィス殿がいれば我が家が安泰なことに変わりはない。頼みましたぞ、サーフィス殿」

 当てが外れた父は動揺しつつも、サーフィス様に縋り精一杯の虚勢を張る。

「私はこれからランバルディ候爵領の復興にも携わらせて頂くことになりましたので、シュトラウス候爵領につきましてはこちらに残るジュリアにお聞き下さいませね」

 私に頼ることの無いよう、申し送りを行う。

 サーフィス様は地味で時間の係る努力が好きではない。それに実は自身と弟との能力の差にも実は気付いている節がある。まあ、それを認め己を省みるところまでは至らないが。


 自身の将来の翳りを察してか少し顔色が優れないサーフィス様と、一抹の不安に気付かない振りをする父を尻目に、全てを手に入れたヒロイン気分のジュリアとそれを讃える母、王命による縁談に纏わる寸劇第一章の終幕である。

 私はそれに背を向け退室した。



 翌日ランバルディ候爵家とシュトラウス候爵家、両家の署名が入った2通の婚約証書が王宮に提出され即時受理された。

 この辺りは抜け目のないクレバリー様の見事な手腕だ。

 これ以上突拍子もない寸劇に巻き込まれる前に形にしておくに限る。


「さて、これで第1ラウンドはチェックメイトだね」

 クレバリー様の明るい声がランバルディ候爵家の執務室に響く。

 私はランバルディ候爵領の復興状況把握のため本日からランバルディ候爵家に滞在し、翌日から領地内を視察することになっていた。

「それにしてもよろしかったのですか?サーフィス様は一応当主教育を受けられ、復興作業にも携わられていたのでは」

 クレバリー様が飛び抜けて優秀なだけで、別にサーフィス様が愚鈍な訳ではないのだ。


「ああ、旗印の役目は終わったからね。これからは隅々まで実態を把握して、関係各所との細かい調整のために実務能力が必要とされる段階に入る。見目の良い次期候爵候補自らが、領民と共に文字通り汗を流して瓦礫を片付けるパフォーマンスは終わりだ。これまでの働きで十分、候爵家の求心力は向上したしね」

 なるほど、サーフィス様は都合の良い駒として、クレバリー様の描く盤上で踊らされていたようだ。

 さすが、ランバルディ候爵家の家風を色濃く受け継いだお方。今回の王命が無くとも、何れかのタイミングで嫡子交代に至ったのだろう。


(ポーン)(クイーン)を手に入れることが出来るなんて御の字だよ」

「まあ、ポーンだなんて」

「ん?相手の陣地で行く行くは領主(キング)になるんだ。言い得て妙だろ」

「まあ、そうですね」

 しかしいくら凡人に優しい領地でも、世代交代に伴う適切な人選や取り決めなど重要な転機は避けられない。

「大丈夫。この先必要な()()はこちらから手配しよう。勿論、君と一緒にね」

 クレバリー様はどこまで先の未来を見通しているのかしら。その先見の明は計り知れない。

「優秀な代官(ビショップ)実動部隊(ナイト)を送り込むのですね」

「出来れば我が子(ルーク)を送り込んでキングを獲りたいけどね」

「まあ、それでは……」

「君の血をひいているなら、乗っ取りにはならないだろ。それに、ね」

 おそらく今回の王命にはそうなることもやむ無しとの意向が含まれていると、私達は知っている。

 だから私は一つ頷くだけで、彼に恭順の意を示した。


「ああ、ごめん。私はランバルディの性質を濃く受け継ぎ過ぎていて」

 クレバリー様が珍しく前髪をクシャリと掴み、呆れた顔をする。

「?」

 何か見落としでもあったかと、私は首を傾げた。

「つい家の繁栄を最優先にし過ぎて、私達の子供まで駒呼ばわりしてしまってすまない。君のシュトラウスの血が混ざることで、もう少し人を思いやれる子供になると良いのだが。ん?急に俯いてどうした?」

 まだ婚姻もしていないのに、まだ見ぬ子供の話に私は顔が上気して仕方なかった。

「そんなっ、子供、子供と連呼されては、何だか照れてしまいますわ」

「ああ、またやってしまったな。全く人の心というものは難しい。だがただ賢いだけでなく心の機微にも聡い君とは、王命というだけではない良好な関係……違うな、うまく言えないが信頼の上に親愛の情を育てていきたいと思っている。まだまだ復興で忙しい日々になるだろうが、末永くよろしく頼む」

 クレバリー様が爽やかに笑いかけてくれた。

「こちらこそですわ」

 私達は固い握手を交わした。

 いつかこの距離が縮まって、抱擁に変わるのもきっとそんなに遠くないだろうことを、私は知っている。



お読み頂きありがとうございました。

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