おっさんA、商売をする02
翌朝。
さっそく森に出かける。
あぜ道を通り、林道を抜けるとすぐ深い森が姿を現した。
「いかにもだね」
「私も、もうすでにどこがどこだかわからなくなってます」
「ははは。はぐれるなよ。なんなら手でもつないでおくか?」
「あはは! それじゃまるでお子様扱いじゃん」
「もう。アレンさんったら……」
「すまん、すまん。軽い冗談だ」
そんな話をしながら進んでいると、午後になって森の中央付近に到着する。
「さて。ここからは痕跡探しだな。とりあえず尾根筋に出てみよう」
そう言って手近な斜面を登り始める。
やがて見晴らしのいい高台に出ると、私は改めて周囲を観察してみた。
(なるほど。あの谷に通じる辺りが怪しいな。竹がけっこう密生している。今の時期ならタケノコが食えるだろうからあの辺をうろついていてもおかしくないだろう。あの辺を重点的に探してみるか)
そう判断してみんなに伝える。
みんな私の判断に任せるといってくれたので、さっさと移動を開始した。
目的地付近に到着したところで夕暮れが迫ってくる。
その日はそこで野営することにし、適当に作ったシチューで軽く腹を満たした。
あくる日。
さっそく探索に移る。
竹藪の中をしばらく歩いていると、いかにもそれらしい獣道を発見した。
「大当たりっぽいね」
「ああ。慎重に追っていこう。少し藪が深いから気を付けてくれよ」
そう話してさっそく痕跡を追い始める。
私は若干リズの足を心配したが、さすが体力自慢のドワーフということもあり、難なく私たちの後をついてきていた。
むしろ、
「こういう冒険って何年ぶりかな? ちょっとワクワクするよ」
と言い、ウキウキとしている。
私は軽く苦笑いしつつ、無理のない範囲で足を速めた。
やがて、大きな痕跡を見つける。
村長のいっていた通りの水たまりがあり、そこにイノシシが泥浴びをした跡がはっきりと残っていた。
「あとは足跡を追っていくだけだな。今の時間ならイノシシはのんびり休んでいてそうそう動かないはずだ」
「了解」
そう言ってそこからはサーニャに先頭を任せる。
すると、ちょっとした森の切れ目にある草原地帯に出た。
「おい。ちょっと待ってくれ」
何気なく進んで行こうとするサーニャを、軽く呼び止める。
「どうしたの?」
サーニャが不思議そうな顔で聞いてくるのに、私は、
「独特の爽やかな香りがしてるだろ? これ、薬草だぞ。一般にはあまり知られてないが、乾燥したあと煮詰めた液体を放置しておくと勝手に発酵してくれるんだ。その発酵した液体が結構な防虫効果を持っててな。夏場の冒険には重宝するんだ。これはひょっとしたらひょっとするぞ?」
と言い、さっとリズの方に目を向けた。
何かを感じ取ったリズが、
「ひょっとするっていうと?」
と興味津々な感じで聞いてくる。
私はリズに軽くうなずくと、
「防虫効果のある絹織物。売れる気がしないか?」
とややドヤ顔でそう告げた。
リズの目が見開かれる。
私はついでのように、
「しかもほぼ無色透明だから、他の染料と混ぜても邪魔をしない。どうだ?」
と言った。
「それだよ! まさしくこの村ならではの特産になるじゃん! それなら高値で売れるし、消費者にも喜ばれる。なんなら村に糸の加工っていう新しい産業が生まれるから、まさしく三方良しじゃん!」
「とりあえず、一抱え摘んでいこう。それで試作品を作ってもらうんだ。作り方は簡単だから誰でもできる。私たちが南の町に行っている間にそれなりのものができるはずだ」
そう言ってみんなで軽く採取を始める。
取り方は簡単で根を残し、茎の先の方にある若い枝を摘むだけで良かった。
一通りの作業を終え、ややホクホク顔でイノシシ狩りに戻る。
サーニャを先頭にしばらく進んでいると、ついにイノシシのねぐらを発見した。
予想通り昼寝をしていたイノシシにそっと近づく。
「矢で射ますか?」
「どうせなら綺麗に倒したい。頭を一発で射抜けるか?」
「うーん。私魔力量が多い分たくさんだしたり、大きな一発を放つのは得意なんですけど、精度はイマイチなんですよね……」
「なるほど。じゃあ、リズ。すまんが働いてくれ」
「うん。なにをすればいい?」
「私が囮になってちょっかいをかけるから怒って突進してきたイノシシを止めて欲しいんだ。で、イノシシが昏倒したところでサーニャが一気に首を狩る、ってのでどうだ? マイはいざと言う時のために後衛で援護の準備をしていてくれ。危なくなったら穴だらけにしてもらってかまわんからな」
「「「了解」」」
簡単に作戦を決めたところで、私は堂々とイノシシの前に歩み出た。
適当に拾った小石を思いっきり投げつける。
するとイノシシが目を覚まし、私の方を睨みつけてきた。
体長三メートルはありそうな巨体をゆっくり持ち上げ、前脚で地面を掻く。
いかにもこれから突っ込んでくるという姿勢で頭を下げてくるイノシシを見て、ほんの少し恐怖を感じつつも、またさらに石を投げた。
「ブモオォッ!」
怒り狂ったイノシシが突進してくる。
「今だ!」
私がそう言った瞬間、私の後に控えていたリズが、猛然と突っ込んできた。
「どっせい!」
気合の掛け声とともにリズの盾がイノシシを止める。
どうやらリズはまだまだ余裕らしい。
(すごい硬さだな……)
とかなり感心してみていると、イノシシの横にそれこそ目にもとまらぬ速さで突っ込んできたサーニャが一撃で首を落とした。
「っしゃぁ! お肉だ!」
そう言って大剣を高く掲げるサーニャの嬉しそうな顔を見て、なんとなく笑みをこぼす。
「今晩はイノシシパーティーだな。なんにする?」
と聞くとサーニャは迷わず、
「焼肉とご飯!」
と満面の笑みで答えてきた。
みんなにも少し手伝ってもらいながらテキパキ解体を進める。
あらかた肉を切り出し終えると、豚トロ、ロース、バラを食べる分だけ残し、あとはサーニャの魔法鞄にしまってもらった。
「さて、焼くか」
「待ってました!」
そんな声で焼肉パーティーが始まる。
じゅわっとしみ出す豚トロの甘い脂やロースのしっかりしたうま味を堪能し、米をかき込む。
ネギ塩タレで少し濃いめの味付けにしたバラもどんどん米を進ませ、気が付けば私たちは満腹で腹をさすっていた。
マイが食後のお茶を淹れてくれたので一服する。
「私、なまじ魔力が多いせいでこういう狩りとか苦手なんですよねぇ……」
と少し申し訳なさそうな顔でいうマイに、私は少し苦笑いしながら、
「人それぞれさ。私なんて今日は囮役になっただけだ。マイの魔法は集団戦や大物戦になったらきっと役に立つはずだ。だから、出来ないことを悲しむんじゃなくできることを誇ろう。よくわからんが、そうやって自分の役割をきっちり果たして助け合うのがパーティーってやつだと思うぞ」
と正直な感想を伝えた。
マイの表情が明るさを取り戻す。
そこにサーニャが、
「マイの聖魔法ってすごいんだからね。この間もお風呂で肩こり直してもらったんだから」
となぜかドヤ顔で言ってきた。
「ほう。サーニャでも肩がこるのか?」
冗談交じりにそう言うと、サーニャはややふくれっ面で、
「私だって肩くらいこるよ。人のことなんだと思ってるのさ」
とわざとらしく不満を述べてくる。
私が笑いながら、
「はっはっは! すまん、すまん」
と謝ると、リズもマイも笑って、その場に明るい空気が流れた。
翌朝。
さっそく帰路に就き、夕方には村に到着する。
さっそく村長宅を訪ね、薬草のことを教えると村長はかなり驚いたような顔をしていた。
「作り方は簡単だ。束にして天日で三日も乾かせば十分に乾燥する。それを釜で一日煮詰めて濃い煮汁を作るんだ。それを四、五日放置しておけば勝手に発酵してくれる。あとは何回か布で越して不純物をとったら薬液の完成だ。おそらくこの一束で丼一杯分くらいの薬液が作れるだろう。それに糸を十分に浸して乾燥させてから織物にしてみてくれ。ほんの少し草の香りがするかもしれないが、かなり防虫効果の高い布ができ上がるぞ」
「それはそれは……。なんともいいことを教えていただきました。ありがとうございます」
「なに。防虫効果の高い布ができれば冒険者は喜ぶだろうからお互い様ってやつさ」
そう言って、宿に戻る。
私たちはなんとも言えない満足感を感じ、宿に少しとってきたイノシシの肉を分けると、その日はイノシシ鍋をつつき、明るい気持ちで一日を終えた。




