おっさんA、勇者と出会う02
メイドが淹れてくれたお茶をいただき、聖女エリス様とサーニャがなにやら楽しそうに話しているのを聞く。
どうやら、近況を報告し合っているらしい。
「あの後、どうしていたの?」
「ん? 普通に冒険してたよ」
「サーニャのことだから、飲み過ぎたり食べ過ぎたりしてたんでしょうね」
「あはは。そうだね、でもアレンと会ってからはそうでもないよ。ちゃんといくらまでなら飲んでいいかっていうのを毎回決めてもらってるの」
「あら。それはいいことだわ。昔みたいに居酒屋のお酒を全部買い占めちゃうなんてことはしてないのね」
「うん。だってアレンに呆れられちゃうもん」
「うふふ。本当に仲良しになれたのね」
「うん!」
そんな話の流れでエリス様がこちらに視線を向けてきた。
「アレンさんといいましたね。サーニャがお世話になっております」
「いえ。とんでもございません。むしろ私がお世話になっておりますので」
「あら。それはどういうことかしら?」
「はい。主に戦闘でかなり助けられています。なにしろ私はB級がいいところのしがない冒険者ですから」
「そうなんですね。この子、ちゃんと働けてますか?」
「はい。ただ、時々無茶をしそうになる時があるので、それだけが心配です」
と冗談のつもりで言ったのだが、そこでエリス様の表情が少し変わる。
エリス様は少し悲しそうな顔をすると、サーニャに向かって、
「もう、戦いは終わったのよ。これからは自分の人生を楽しみなさいね」
と言葉を掛け、軽くサーニャを抱きしめた。
「むぅ。大丈夫だよ、エリス。私、今、ちゃんと楽しいからね」
「そう? もう昔みたいに無理してない?」
「うん。アレンやマイ、リズといるといつも新しい楽しいを見つけてくれるの。だから毎日ウキウキで旅してるよ」
「そう。それならよかったわ。ごめんね。私たちはあなたに戦場を生き抜く強さしか教えてあげられなかったから……」
「『ごめん』は違うよ、エリス。アタシがこうして生きていられるのはジャックやエリス、フィオーネたちが戦うことを教えてくれてラバンドがあの剣をくれたからなんだよ? だから謝らないで?」
「ありがとう。サーニャ。本当にいい人たちに出会えたのね」
「うん! 今、アタシとっても楽しいよ!」
そんな二人を見て、なんだか温かい気持ちになる。
私が微笑みながらお茶を飲んでいると、リズが、
「あの。こちらでは賢者ラバンド様がお作りになった魔道具がたくさんあるとうかがったんですが、どんなものか見せていただくことは可能ですか?」
と少し商売人らしい話題を振った。
「あら。もしかしてサーニャが教えたの?」
「うん!」
「あらまぁ。本当は内緒なのよ? でも、いいわ。みなさんにはサーニャがお世話になっているから特別にお見せしますわね」
と言ってエリス様が立ち上がる。
「ラバンドの作品は収蔵庫に収めてありますの。一部は複製して実際に家で使ったりしておりますのよ」
そう言うエリス様に続いて席を立つと、私たちはエリス様の案内でその収蔵庫とやらに向かっていった。
「一応、整理はしてますが、物置小屋みたいな場所ですから、少し雑多な感じなのはご容赦くださいね」
というエリス様の案内で、たしかに先ほどよりもやや質素な扉をくぐる。
次の瞬間、私は、
(ずいぶん豪華な物置小屋だことで)
と少し皮肉っぽいような感想を抱いた。
一度しか泊まったことがない高級宿のリビングを思わせるような内装の部屋に棚が設置され、いろんな道具が整然と並べられている。
「うわぁ……」
とリズが思わず声を上げ、キラキラとした目で私の方を見てきた。
「ははは。今後のいい参考になるといいな」
と言うと、エリス様が、
「ああ見えてジャックはいろんなことを思いつく天才なんですのよ。ここにある魔道具の原案はほとんどジャックが思いついたものなんです。それをラバンドが形にしたという感じですわね。どうぞ、近くでご覧になって」
と意外な事実を教えてくれた。
さっそくリズが目の前にあった四角い大人の男性が一抱えで持てるか持てないかという大きさで、箱型の魔道具らしきものを指さし、
「これはなんですか?」
と聞く。
それにエリス様はニコッと笑い、
「それは『洗濯機』ですわね」
と答えた。
「げほっ!」
思わずむせる。
「ん? どうしたの?」
とサーニャに心配されるが、
「ああ、いや。大丈夫だ。急にむせてしまってすまん」
と言うが、
(おいおい。この世界に洗濯機が実在したのか? え? だとしたらなんで世に出てないんだ?)
と疑問に思う。
すると、まるでそんな私の心情を察したかのようにエリス様が、
「その魔道具、自動でお洗濯をしてくれるものなんですけどね。ものすごく魔力を食うんですの。なんでも、中にある回転する機構を動かすのにとっても多くの魔力を必要とするらしくって。一回動かすのに、ミノタウロス級の魔石が必要になっちゃうんですのよ」
と、この洗濯機が世に広まっていない理由を説明してくれた。
それからも、写真の魔道具や冷蔵庫、オーブントースターの原型のようなパン焼きの魔道具などを見せてもらう。
どれもネックになっているのは魔力をものすごく食うということで、それが元で世に広められていないのだそうだ。
(なるほど。要は省エネ技術の開発が課題ってことか。ってことはそのうち誰かがブレイクスルーを起こしても不思議じゃないな。そうなると、いよいよこの世界に革命が起きることになる。ということは、これまで以上に流通網を整備しておく重要性が増したってことだよな。……さて、俺になにができるか)
そんなことを思っている私の横でエリス様が、
「時々ラバンドのお弟子さんたちが来て研究しているんですけど、どうにも上手くいかないみたいなの。でも、きっとそのうちこういう道具がたくさん出回るようになると思っておりますのよ」
と楽しそうに語るの見て、私はひとりワクワクしながら、
(おいおい。ってことは、この世界の夜明けが近いってことじゃないか?)
と思って一人胸を熱くしていた。
やがて、昼の時間になり、食堂に招かれる。
そこで出てきたのはなんと、「お子様ランチ」だった。
ご丁寧に日本の国旗まで立ててある。
それを見た私はなかばぞっとしながらジャック軍務卿に視線を送った。
ニヤリと笑われる。
(どうしてバレた?)
と思うがそこはあえてなにも言わず、
「美味しそうな料理ですね」
と言うだけにとどめておいた。
「この旗になにか意味があるのですか?」
と興味津々で聞くリズにエリス様が、
「それがよくわかりませんの。でもジャックがこうする方がいいっていうからそうしているんですのよ。うちの子達も好きだから、よく出しているものなんですのよ」
とにこやかに答える。
私は内心ヒヤヒヤしながら、なんとなくエビフライに手を付けた。
(美味っ! こりゃ普段食ってるのとはまるでものが違う。エビがぷりっぷりだ。きっと海から直送してるに違いない。さすがは国の中枢を動かす貴族様だ)
と思っていると、
「うちの『タルタルソース』の味はどうだ?」
とジャック軍務卿が聞いてきた。
「大変美味しゅうございます。特にこのピクルスの酸味が程よく効いているのが素晴らしいと思います」
とにこやかに答えてしまう。
次の瞬間、私は、
(あっ!)
と思ったが時すでに遅しということだった。
「そうか。やはりか」
ジャック軍務卿がそう言ってニヤリと笑い、ハンバーグを頬張る。
私はどうしたものかと思いつつも仕方ないので、
「どこで?」
と短く聞いた。
「自分の得物を思い出してみるといい」
そう言われて、
(ああ、日本刀か……)
と気付く。
そんな私にジャック軍務卿は、
「その話は後にしよう」
と言い、さっさと食事を進め始めた。
その会話にきょとんとした様子のみんなに、
「このエビフライ、美味いな」
とどうでもいい話題を振り、私も食事を進める。
その場で唯一サーニャだけが、なにも気にしない様子で、
「お代わり!」
と言っていた。
やがて食後のお茶の時間。
ジャック軍務卿が、
「アレン。仕事の話がある。少し時間をいいか?」
と声を掛けてくる。
私は苦笑いでそれに応じると、さっそく二人して食堂を出て行った。
「私の執務室だ。防音の術式がかけられている。遠慮はいらんぞ」
部屋に入るなりそう言ってくる、ジャック軍務卿に、
「お気遣いありがとうございます。この世界にはまだタルタルソースもピクルスも広まっていないことをすっかり忘れておりました」
と言うと、ジャック軍務卿はやや砕けた感じでニヤッと笑う。
そして唐突に、
「アレンはどこまでの記憶を持っているんだ?」
と聞いてきた。




