おっさんA、王都に向かう
ヒースさんの家から戻り宿で旅の支度を始める。
おそらく結果はすぐに届くだろうと思い、急いで町に買い出しに出掛けた。
翌日の昼前。
さっそくヒースさんから連絡が来る。
綺麗な封筒に入れられた、いかにも重要そうな書状と今回の依頼書、そして金貨二十枚という手付金を受け取ると、私たちはさっそく旅路に就いた。
北に向かう街道を進むこと十日。
通常の三分の二ほどの日数で王都に入る。
「ずいぶん急いできたから疲れたろう。今日、商業ギルドのギルドマスターに連絡をつけたらゆっくり休もう」
そう言ってまずは宿をとると、さっそく商業ギルドの受付に行き、ヒースさんからの書状を渡した。
「すまんが、どうやら人の命に関わるような事態らしいんだ。無理を承知で言うが大至急通してくれ。どうしても急いで返事が欲しいんだ。商店街の一本裏にある『小春亭』という所に宿を取ったから連絡はそこにして欲しい」
と頼み、宿に戻る。
私は、
(受付の男性はしっかりうなずいてくれたから、大丈夫だろうと思うが……)
と心配しつつ翌日を迎えた。
そわそわとした時間を過ごし、昼過ぎ。
昼食を食べて宿に戻ってくると、受付に商業ギルドの制服を着た男性がいるのが目に入ってきた。
「すまん。冒険者のアレンだ。もしかして商業ギルドのギルマスからの返事か?」
「ええ。急いで連れて来いと言われてきました。すみませんが、いいですか?」
「もちろんだ。すぐに行こう」
そう言ってさっそく宿を後にする。
そして、商業ギルドに入ると、すぐに応接室に通された。
職員が淹れてくれたお茶を飲みつつ少し待つ。
すると、静かに扉が叩かれ、ひとりの老紳士が入ってきた。
「お待たせしましたな。ギルドマスターをしているハインリッヒと申します。さっそくですが、お話を聞かせてください」
そう申し出てくれたハインリッヒさんと自己紹介がてら握手を交わし、さっそく事情の説明を始める。
あらかたの内容は手紙に書かれていたので、大まかな説明にとどめたが、私は最後に、
「最悪の場合、町が一つ、いや、下手をすれば海に面する町全体が死ぬことになる。急いで国のしかるべきところに連絡を取って欲しい」
と要請し頭を下げた。
しかし、ハインリッヒさんは、
「なるほど。ヒース殿が急ぐ理由もわかりましたし、なんとか動いてみましょう。どうやらおっしゃるように、事は商業ギルドだけで解決できる問題ではなさそうですからな。ただ、国を動かすとなると少し時間がかかります。当然、裏取りもさせていただきます。もし、誤報ならとんでもないことになるので。ですから、おそらく二十日やそこらではきかないでしょう。その点はご了承ください」
と了承しつつもかなり時間がかかる旨を伝えてくる。
私は話がちゃんと通って危機感を共有できたことにほっとしつつも、
(それじゃあ、あの町が……)
と思い、
「事情が事情なんだ、そこをなんとかできないだろうか?」
と少し食い下がってみた。
「ええ。急ぎはします。ですが、こればっかりは一介の市民である私にはどうしようも……。もちろんあらゆるコネを使って商務卿に話を通すつもりですが、やはり貴族の社会というのは根回しというものが必要でしてねぇ」
そう言って軽くため息を吐くハインリッヒさんに、私は、
(こういう時に身分制ってのは厄介なんだよな)
と心の中で愚痴を言いつつも、
「そうか。貴族を動かすというのも大変なんだな……。すまん、無理を言うかもしれんが、全力で対処してほしい」
とお願いし頭を下げた。
「わかりました。全力は尽くしましょう」
と言ってくれるハインリッヒさんに、リズが、ふと思いついたという表情で、
「あの! 以前、商売の取引でトワイエル伯爵様から褒章をいただいたのですが、その信用は使えませんか?」
と少し前のめりで聞く。
しかし、ハインリッヒさんは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに困ったような顔を見せ、
「そういう褒章の類は貴族様相手の商売にはけっこうな力を発揮しますが、今回はあまり……。王都にいらっしゃる貴族からいただいたものならまだしも、西の町となると……」
と言ってきた。
「そうですか……」
リズが落ち込んだ様子で顔を伏せる。
私も、
(人の命がかかってるかもしれねぇってのに、呑気なもんだ。チクショウ!)
と心の中で悪態を吐き、「くっ」と唇をかみしめた。
打つ手なしと諦め、席を立とうとした瞬間、
「あ。貴族っていうなら、ジャックでもいいのかな?」
とサーニャが言い、私に問うような視線を向けてくる。
私は一瞬わけがわからず、きょとんとしていると、サーニャが続けて、
「ジャックって勇者のことね。ジャックって王都で貴族になったから、それで足りる?」
と聞いてきた。
急いでハインリッヒさんに問いかけるような視線を向ける。
ハインリッヒさんはなんとも言えない怪訝な顔で、
「なぜお嬢さんが、軍務卿をご存じで?」
と問い返してきた。
「ん? もと勇者様は今軍務卿になられたのか? だったら話が早い! このサーニャは元『竜炎の牙』の一員だったんだ。それなら話を通しやすくなるか?」
とハインリッヒさんに飛びかからんばかりの勢いで尋ねる。
するとハインリッヒさんは驚きの表情で、
「それが本当だとするなら……」
と少したじろぎつつそう答えてくれた。
「よし。急いで連絡を取ろう。すまんが、軍務卿様のお屋敷を教えてくれ」
とハインリッヒさんにやや詰め寄るような感じで、問いかける。
ハインリッヒさんはまだたじろいだ表情のままだったが、私の言っていることを理解すると、
「え、ええ。今、簡単な王都の地図を持ってまいります!」
と言い、急いで応接室を出て行った。
すぐにハインリッヒさんが戻ってくる。
どうやら商業ギルドで普通に配られている王都の案内図を持ってきてくれたようだ。
そして私たちは、
「軍務卿のお屋敷は王都防衛の要だけあって、貴族街でもお城に近い所にございます。貴族の中でも限られた人たちの住む場所なので、普通は関係者以外立ち入れません。しかし、私の紹介状があれば門をくぐることはできるでしょうから、あとはお屋敷の門番と交渉なさってください」
「わかった。しかし、万が一のこともあるから、商務卿への伝言は頼んでもいいか?」
「もちろんです。全力で事に当たりましょう」
「助かる」
と簡単に話をまとめると、さっそく次の段階に向けて動き出した。
さっそくハインリッヒさんが紹介状を書いてくれるのをじりじりとした気持ちで待つ。
しばらくしてハインリッヒさんが戻ってくると、紹介状を受け取り、さっそく案内図を頼りに貴族街の中心部へと向かっていった。
途中、検問所で妙な顔をされたが、リズが、
「私たちは行商人ですが、トワイエル伯爵様から褒章をいただいたこともございますのよ」
とにこやかに言って褒章を見せると、門番は納得して通してくれた。
途中、豪奢な屋敷がいくつも建ち並んでいるのを見て、
(……ヒースさんの屋敷が普通に思えてくるな)
と感じつつ進む。
やがて、その立派な屋敷の中でもひときわ立派な邸宅が見えてきた。
門番に、緊張しながら、
「こちらは軍務卿閣下のお屋敷で間違いございませんでしょうか?」
と尋ねると、門番は私をぎろりと睨み、
「そうだが、貴様は何者だ?」
と強い口調でそう言ってきた。
(くっ。たかが門番の癖に……)
と思いつつもにこやかな口調で、
「軍務卿閣下に懐かしい友人が至急の用件で訪ねてきたとお伝えください。この獣人の子です。名をサーニャといいかつて『竜炎の牙』で一緒だったというとすぐに伝わるでしょう。あと、こちらの書類は商業ギルドのギルドマスターがしたためたもので、その至急の用件についての詳細が書かれております。ことは重大ですので、くれぐれもよろしくお願いいたします」
と伝える。
それを聞いた門番は少しバツの悪そうな顔で、
「かしこまった。しかと伝えよう」
と言い、屋敷の中へと入っていった。
もう一人いた門番に宿の名前を告げ、その場を後にする。
私が、なんとも言えない気持ちで歩いていると、サーニャが、
「ねぇねぇ。アタシ役に立った?」
と耳をピコピコしながら褒めて欲しそうな顔で聞いてきた。
「ああ。役に立ったもなにも、大助かりだ! ありがとう」
と言いサーニャの頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。
するとサーニャはさも嬉しそうに、
「えへへ」
と笑った。
(そうか。この子は今まで、こういう居場所を欲しがってたんだな)
となんとなく気付き、
「サーニャがいてくれてよかったよ」
と伝える。
そんな私にサーニャは、少しはにかんだような顔を見せると、「タタタッ」と二、三歩前に出て、パッと振り向き、
「今日は小金貨何枚まで?」
と聞いてきた。
「ははは。今日は贅沢に金貨一枚だ!」
と答え、
「やった!」
と喜ぶサーニャを微笑ましい顔で見つめる。
リズもマイも嬉しそうに小躍りしているサーニャを見つめていた。
(よかったな)
心の中でそうつぶやき、貴族街の整った石畳の道を軽い足取りで蹴る。
私の前を行くサーニャが、いかにも待ちきれない様子で、
「早く行こう!」
と言ってくるのに、
「居酒屋は逃げないから心配するな」
と苦笑いで冗談を返し、私たちは暮れなずむ夕日を背に、下町の方へと歩いていった。




