おっさんA、海を満喫する03
「その通りです。さらにいえば、あの町にはまともな薬を作れる薬師が本当に少なかったという現状まで浮かび上がってきましてね。風邪の薬なんかはほんの一握りの薬師が調合方法を独占していて、他に回そうとしないんです。なので、今、あの町の薬師ギルドは危機に直面している状況なんですよ。このままじゃ薬師を廃業してしまうものも少なからず出てくるだろうということですね」
とため息交じりに言うヒースさんに、
「なるほど。事態の深刻さは理解しました。一部の調合方法を独占している薬師に関してはおそらく薬師ギルドがなんとかできます。長期的な話になりますが、他から調合方法を買ってくればいいので。簡単なものだったら私も知っていますから、すぐにでも売りましょう。しかし、問題はそれだけでは解決しない。そうですね?」
と聞きさらに話を深めていく。
するとヒースさんは満足そうにニコリと笑い、
「ええ。新たな看板商品が必要になりますな。なにせあの町は人口に対して薬師の数が多いですから」
と私になにやら期待の眼差しを向けながら、そう言ってきた。
「私は冒険者であって、薬師ではありませんよ」
と苦笑いしつつも、
(さて、なにかあるだろうか?)
と考える。
「その冒険者さんがあのカヤに使う薬草を発見したんですから、私も多少は期待してしまいますよ。どうでしょう?」
とさらに聞いてくるヒースさんに、私はまた苦笑いを浮かべると、
「あの町は交易が盛んで香辛料が豊富に手に入りますよね。だったら、もしかしたら強壮剤が作れるかもしれません。ちらりと市場を覗いただけですが、それらしい香辛料をいくつか見つけましたので」
と正直にこちらの手札をさらして見せた。
「なるほど。強壮剤ですか。それなら肉体労働者の多いあの町では売れそうですな」
「ええ。莫大な利益は出ないかもしれませんが、この急場をしのぐには十分な売り上げを出してくれるでしょう。なにしろ、漁師の間で体調不良者が出ていると言いますからね」
「そうそう。もう一つの問題はそれなんですよ。どうも沖合に出た漁師を中心に体調不良を起こす人間が増えましてね。なんでも極端に疲れたような感じで体全体がぐったりしてしまうのだとか。それもあって漁獲高が一段と落ちてるんです。その原因の調査をお願いできませんかな?」
「それは……」
一瞬言葉に詰まる。
いくらなんでも、病気の原因を探るなど冒険者の仕事の範囲外過ぎるだろうと思い、
「うーん……」
とうなっていると、ヒースさんが、やや懇願するような感じで、
「せめてどういう人間がどういう体調不良を起こしているかという傾向だけでも掴んでほしいんです。そうすればあとはなにかと手を打てますから」
と言ってきた。
「まぁ、そのくらいならなんとかなるでしょう……。わかりました。とりあえず、薬師ギルドとの間に入って、調整を行います。そこで、簡単な風邪薬の調合方法を売り、新しい強壮剤の作り方を一緒に考えてきます。あと、町の体調不良者の実態把握をできる範囲でやって報告にくる、というのを仕事として受ければいいですか?」
「ありがとうございます。やはり私は運がいい。こういう困った時には必ず救いの手を差し伸べてくれる人と出会えるんですからな」
「ははは。それもご人徳というものでしょう」
「ふふっ。アレンさんは、冒険者さんにしては口がお上手ですな」
「最近、よく言われます」
最後はそんな冗談を交わし仕事の依頼を受ける。
ヒースさんが提示してきた条件は、薬の調合方法の開発と売り渡しに金貨五十枚、調査に金貨十枚の合計金貨六十枚だった。
十分な額に満足して握手を交わす。
そして私たちはまた馬車でヒース邸を後にした。
「さて。やっかいなことになったな。こりゃただものを売って終わりって話じゃない。町のこれからを支えるって感じの商売になっちまった」
適当な定食屋で昼を食いながら正直な感想をもらす。
そんな私にリズは少し同情するような表情をしつつも、
「そうだね。でも、アレンの知識が役立ちそうでよかったよ。あと、数字の話は任せといて、おそらく薬価とかは町の人の収入と関係してくるから、その辺の調整は私が見てあげる。おそらく薬師ギルドって数字の計算とかあんまりせずに利権絡みだけで文句言ってそうだから、その辺もちゃんと説得できると思うよ」
と励ますようなことを言ってきた。
「すまん。頼りにしてるよ」
となんとも情けないような表情で言う私に、今度はマイが、
「あの。慢性的な体調不良が広範囲に広がっているとするとおそらく魔力障害とかなんじゃないかって気がするんですよね。詳しくは実態を聞いてみないとわからないですけど、そっちの方面なら私もお役に立てるとおもいますよ」
と申し出てきてくれる。
私が素直に、
「ありがとう。本当に頼りにしているよ」
と微笑みながら言うとマイは嬉しそうに、
「はい、がんばります!」
と言ってきた。
「アタシも! アタシ、なんにもできないけど、応援はするよ!」
サーニャのそんな言葉に思わずみんなが笑みを漏らす。
「きっとサーニャにもなにか手伝いをお願いするから、その時は頼むな」
そう言うとサーニャは嬉しそうに、
「うん!」
と言って耳をピコピコさせた。
翌日。
さっそく船に乗り込み海辺の町を目指す。
のんびりと進む船に揺られながら、リズと話したことで少し頭の中が整理できた。
いよいよ海辺の町に到着し、薬師ギルドを訪ねる。
ヒースさんの名前を出すと、すぐにギルドマスターが面会してくれることになった。
「ギルドマスターのラニッツだ。話を聞こう」
どちらかと言えば少しケンカ腰に入ってくるラニッツという老年の男性に、リズが落ち着いて、
「行商人のリズと申します。リッツ商会のヒース会頭から簡単な薬の調合方法を売るようにと言われましたので、それを持ってまいりました。料金はヒース会頭が負担されるそうです。なにしろヒース会頭もこの問題には頭を悩ませておいででしたから、何かのお役に立てばというお気持ちだったんだと思いますよ」
と柔らかく返す。
それを聞いたラニッツさんは少し恥ずかしそうな顔をしつつ、
「わかった。ではそれを受け取ろう」
と言い私が船の中で記した簡単な風邪薬の調合方法が書かれた紙を受け取ってくれた。
「これでひとまずは安心ですわね。実は、ヒース会頭からはあと一つ仕事を仰せつかっております。それについてはこちらのアレンから説明させていただきますね」
そう言ってリズがこちらに話を振ってくる。
私は軽く「こほん」と咳払いをすると、
「この町の事情はヒースさんからだいたい聞かせてもらった。ヒースさんも町の活性化を望んでいるから表面的には利害が対立していても、根っこではつながっているような状況だと思っているらしい。一介の冒険者である私にそういう難しいことはよくわからんがな。まぁ、そのヒースさんが言うにはこの町の薬師ギルドの新しい看板商品を作ってはどうか、ということだったんだ。幸い私は長いこと薬草採取の仕事をしてきてある程度の知識があるから、その知識を貸してやってほしと言われてな。どうだろう? この町で豊富に取り扱われている香辛料を使って簡単な強壮剤の作り方を考えるから、それをこの町の薬師に無料で広めてくれないか?」
となるべく丁寧に用件を語って聞かせた。
「あの『ごうつく』が本当にそんなことを?」
「ああ。この耳で聞いたから間違いない。ヒースさんが一番気にしているのはこの町の経済の活性化だ。この町が活力を失えばその影響はすぐ南の町にも出始める。そのことを一番気にしているんだろう。幸いと言っていいかどうかわからんが、今、この町には体調不良者が多くいる。それに、肉体労働をしている人間が多い地域では強壮剤がよく売れるものだ。おそらくその辺を睨んで、俺に調合方法を考えてくれと言ったんだろう」
「……」
「どうだろうか?」
「わかった。その話いったん乗ろう。しかし、実際の物を見て確かめてからでなければ広めることはせんぞ?」
「当然だ。それに価格面でも庶民が気軽に買えるようなものにするつもりだから安心してくれ。虫刺されの薬にすぐとって代わるとまではいかないだろうが、ちゃんと売り出せばそれなりの収益をもたらしてくれるはずだ。そうすればこの町の薬師もしばらく糊口はしのげるだろうからな。ここはひとつ協力していいものを作ろう」
「ふっ。わかったわい。市場の元締めに口をきいてやる。今、紹介状を書いてやるから少し待っておれ」
最終的にはなんとか理解を得てラニッツさんから紹介状をもらう。
「あんまり期待してねぇが、せいぜい頑張ってくれ」
ラニッツさんは最後にもそう憎まれ口を言ってきたが、明らかに最初とは違い、どこか期待するような感じで、私やリズと握手を交わしてくれた。




