おっさんA、海を満喫する01
南の町に入り、軽く補給を済ませると、その足で海辺の町に向かう。
「お魚♪ お魚♪」
とご機嫌に尻尾を振り、耳をピコピコ動かしながら即興の歌を歌うサーニャを微笑ましく思いながら船に揺られていると、やがて海辺の町に辿り着いた。
独特な磯の強い香りと少しべとつく風に懐かしさを感じながらさっそく宿を取る。
前回来た時と同じ宿を取ったところ、その部屋にはリネア村産の蚊帳が吊るしてあった。
「おぉ……」
と思わず感嘆の声を上げ、蚊帳を見る。
しっかりと織られた薄手の布がなんとも涼やかな印象を醸し出し、爽やかな薬草の香りがどこか清涼感を味わわせてくれることに感動し、さっそく用もないのにベッドの中に入ってみた。
(うん。これ、いいな)
率直にそう思って満足の笑みを浮かべる。
やがて、本当に寝てしまいそうになっているのに気付き、慌ててベッドから降りると手早く風呂をすませ、部屋を出た。
宿の玄関で、
「アレン、やっときた。遅いよー」
とサーニャからちょっとした文句を言われつつ夜の町に繰り出していく。
そして、サーニャがいつも通り、
「今日は小金貨何枚?」
と聞いてきたので、
「今日は少しだけ豪勢にしよう。小金貨六枚だ」
と告げ、適当な居酒屋に入っていった。
そこで散々飲み食いし、翌日、また二日酔い気味で目を覚ます。
(いい加減、歳相応の飲み方をせんとなぁ……)
と自省しながら宿の食堂に行くと、そこには元気に談笑するみんなの姿があった。
「おはよう。今日はどうする? とりあえず市場で買い物でもしないか? カヤがあったらそれも買いたいしな」
「アタシ、お魚食べたい! 昨日屋台で美味しそうなサンドイッチ売ってるの見たんだ!」
「ああ、あれですか。私も気になってました」
「へぇ。どんなの?」
「えっとねぇ、お魚が挟んであったよ!」
「ほう。魚のサンドイッチってのは珍しいな。よし、今日は適当に市場をぶらついて、その魚のサンドイッチで昼にしよう」
「「「はーい」」」
そんな話でさっそく市場に向かう。
私とリズは珍しい香辛料を物色し、マイとサーニャは珍しい柄の布や貝殻を使った装飾品を手に取ってキャッキャと笑い合っていた。
やがて昼が近づき、そのサンドイッチ屋を目指す。
(はてさて、どんなサンドイッチなんだろうか?)
と思って見たそれは紛れもなく「サバサンド」だった。
(ほう。こっちの世界にもあるのか。これは美味そうだ)
と思い四つ注文する。
そして何気ない感じで、
「いくらだ?」
と聞くと、
「へい。今日から大銀貨一枚です。すみません」
という少し妙な返事が返ってきた。
「ん? 今日からってことは値上げでもしたのか?」
「へい。どうにも最近サバが高くなってしまったもんで」
「ほう。そうなのか。まぁ、確かに屋台のサンドイッチにしては割高だな」
「すいやせん。でもこっちも商売ですからねぇ」
「ああ、いや。文句を言っているわけじゃないんだ。サバが高いってことは不漁にでもなったってことなのか?」
「へい。それがサバだけじゃなく、どうやら魚全体みたいなんですよ。うちは漁師から直接仕入れてるんですけどね。なんでも沖で潮の流れが変わったとかなんとかって話でしたよ。詳しいことはよくわかりませんが、漁師の連中も嘆いてやしたぜ」
「なるほど。そいつは大変だな。いや、すまんな忙しい時にいろいろ聞いちまって」
「いえ。毎度ありっす!」
そんな話を聞き、
(となると、この町の食料価格全体が押し上げられてるってことになるのかな?)
とぼんやり思いながらサバサンドに思いっきりかぶりついた。
「美味いっ!」
思わず叫んで、みんなの方に驚きの視線を送る。
「うん。美味しいね! これ当たりだよ!」
「ええ。お魚にこんな食べ方があるなんて驚きです!」
「ほんとそうだね。でも、値段が高いのはちょっといただけないかな?」
「だよな。こういうのは庶民の味ってやつで、みんなが気軽に買える料金じゃないといかんからな。しかし、不漁というなら仕方ないだろう。なにせ、自然相手の商売なんだからな」
「そうだね。でも、まぁ、美味しいし、いっか」
「だな。とりあえず今日は魚をしこたま仕入れてまた浜で炭火焼きをしよう」
「いいね! じゃんじゃん買ってじゃんじゃん食べよう!」
「やった! お魚いっぱい!」
「うふふ。サーニャったら、はしゃぎすぎですよ」
そんな話をしながら魚市場に向かったが、そこで不漁の影響というものを肌で実感することになった。
魚市場に以前のような活気がない。
それに売り手の人数も少ないように見える。
私たちはなんとなく嫌な感じを抱きながら一軒の店先に立った。
「どれもちっちゃいね。それに量も少ないかも」
「そうだな。前来た時と明らかに違う。こりゃ思ってたより深刻な不漁らしいな」
「お魚、なんでとれなくなっちゃったんだろうね」
「潮の流れが変わったとかなんとか言ってたが、素人にはわからんな。しかし、これが一時的なものだといいんだが」
「心配ですね」
そんな話をしていると、店頭に立っていた男性が、
「らいっしゃい! 今日はサンマのいいのが入ってるよ。ちょいと高いけど、脂の乗りもいいし、それなりですぜ!」
と売り込みをかけてくる。
私はそのサンマを見てみたが、たしかに「それなり」の品質のように見えた。
(美味そうだが、型がイマイチだな。身太りしてない。それにちょっと鮮度も落ちてるか?)
そう思って、
「これより鮮度のいいものはないのか?」
と聞くと男性は少し困ったような顔で、
「お客さん。そりゃ無理ってもんです。なにしろ潮の流れが変わっちまった影響で漁場は遠くなるし、型も小さくなっちまってますからね。これでも今日売ってる中では最上級品ですよ」
と言ってきた。
「そうか。それは大変だな。とりあえず四匹もらおう」
「毎度あり! おまけでこっちもサザエも付けときますね」
「お。それはありがたい。ってことはサザエは不漁じゃないのか?」
「ええ。今んとこは」
「ん? 今のところってことはそのうちそうなるかもしれないってことなのか?」
「ええ。徐々に落ちてきてますね。それに浜辺で漁をしてる連中に体を壊すやつがなぜか増えちまって、人手も足りねぇって状況なんですよ」
「体調不良とは穏やかじゃないな。しかし、薬師ギルドが動いているんだろ?」
「どうでしょう? 最近じゃ薬師は自分たちの商売のことで手一杯って感じらしいですからねぇ。どうなることやらって感じですよ」
「というと?」
「いや。詳しい話はよくわかんないんですけどね? なんか薬師の儲けが少なくなったとかなんとかって薬師の奥さんが愚痴ってましたよ」
「そうか……。いや、長話をさせてすまんかったな。ついでに、そっちの鯛もくれ」
「あいよ。毎度あり!」
どうにもしっくりこない気持ちで魚市場を後にする。
「おっちゃんなんか困ってそうだったね」
「ああ。体調不良者が多いのに薬師ギルドが手をこまねいてるってのが引っかかったな」
「どうしてなんでしょうね?」
「わからん。しかし、なんとなく見過ごせない気がするんだよな」
「じゃあさ、明日からその辺の事情を聞きに南の町の商業ギルドにでも行ってみようよ。私もちょっと魚の値段と量が気になってたんだよね。あれじゃ漁師がやっていけないんじゃないか? ってなんとなく思っちゃったからさ」
「ああ。そうだな。ついでにカヤのことも気になるからリッツ商会のヒースさんも訪ねてみないか? もしかしたら商業ギルドより裏事情に詳しいかもしれんぞ」
「いいね。あの人商売人としてはけっこう筋金入りだからまた会いたいと思ってたんだ。それに間違いなく裏事情知ってると思うよ。だって、これだけ物の値段が動いてるのにあの老獪な商人が裏を探らないはずないじゃん?」
「それは言えてるな。なら、ちょうどいいだろう。よし、明日は南の町に向かうってことで、今日は盛大に炭火焼きだ」
「わーい!」
そう話し、明日は南の町に向かうことが決まる。
私はなんとなく、
(これって単に不漁で困ってるって段階で止まっている話なんだろうか? もしかするともっと大事かもしれんぞ)
という胸騒ぎを感じつつも、ジュージューと炭に脂をたらし、ふっくらと焼き上がったサンマを食べ、米を頬張った。




