おっさんA、妙な依頼を受ける03
気を取り直したところで、まずは帰路に就く。
村に状況を報告しておかなければならない。
私たちはまた四日ほどかけて村に着くと、村長に状況を報告し、サーペント討伐は本来なら金貨十枚以上の依頼だと告げた。
「そ、そんなに……」
と驚く村長に、
「魔獣の多い森に接している村なんだから、たまにそういうことが起こってもおかしくない。これからはしっかり備えるんだな」
と軽く忠告して村の小さな商店街に向かう。
私たちはそこで食料や備品を買い足すと、少し重たい空気を引きずり、また森に向かっていった。
森の中を進むこと三日。
例の川の合流地点よりさらに上流に来たところで、マイが一度例の魔法を使って魔力の流れとやらを読む。
すると、やはり水の魔力に異常があるということだったので、私たちはさらに上流を目指して進んでいった。
その日の夕方。
そろそろ野営の準備をしようと少し開けた場所に出たところで異変を感じる。
ヌラリとした魔力、そしてぞっとするほど静かで恐ろしい気配を感じ、
「まずい。来たぞ!」
と叫んで刀を抜くと、茂みの中からゆっくりとかなり大型の虎の魔獣が姿を現した。
恐ろしいほど長い牙は虎というよりもサーベルタイガーと言った方が近いかもしれない。
そんな前世的な記憶を思い出しつつも、私は、
「リズはとにかくマイを守れ。すばしっこいから魔法はほぼ当たらん。サーニャ。俺が引き付けるからあとは頼んだぞ!」
と指示を出し、慎重に虎の魔獣の間合いに入っていった。
その凶暴な牙を剥き、一気に飛びかかってくる虎の魔獣をギリギリで避ける。
ほんの少しは余裕を持っていたつもりだったが、あまりの速さに私は尻餅をついてしまった。
「くっ……」
まずいと思った瞬間、虎の魔獣が再び襲いかかってくる。
そこへサーニャの大剣が突き込まれてきた。
虎の魔獣の牙とサーニャの大剣がぶつかる。
「ガチン」とものすごい音がして、虎の魔獣の牙が砕けた。
「グオォォッ!」
痛がって転がるように逃げる虎の魔獣にサーニャがさらに追い打ちをかける。
しかし、虎の魔獣は素早い動きでサーニャの追撃をかわした。
それを見た瞬間、私の体が勝手に反応し、
(そこ!)
と一瞬の隙を突いて刀を突き込む。
その一撃は虎の魔獣の足の付け根の辺りに吸い込まれ、また虎の魔獣に悲鳴をあげさせた。
動きを止めた虎の魔獣の首が飛ぶ。
「すばっしこいなぁ、もう」
サーニャがちょっとした愚痴を言うような感じでそう言い、大剣を鞘にしまった。
そんなサーニャと軽くハイタッチを交わす。
「さて。虎の魔獣は牙以外なにも使えんからさっさと焼いてしまおう」
そう言ってマイに焼却を頼むと、虎の魔獣はあっという間に骨だけを残し、灰になってしまった。
改めて野営の準備をし、温かいスープパスタを食べる。
そこにいつもの勝利の余韻はなく、私たちは少し重たい空気の中でさっぱりしたトマト味のスープパスタを静かに食べた。
翌日も川をどんどん遡っていく。
すると今度は五匹ほどのオークの群れに遭遇した。
「ここは任せてください!」
そう言ってマイが魔法の矢の雨を降らせ、事なきを得る。
「以前と比べたらちょっと魔法が上達したか?」
と軽く聞くと、マイは少し嬉しそうにはにかんで、
「実戦経験をたくさん積んだからでしょうね」
と言った。
その後、またマイが水の魔力とやらを読み、やはり異常があるとすればもっと上流だろうという結論を得る。
私たちはその言葉にうなずき、静かに緊張感を高めつつ、さらに上流を目指し歩き始めた。
半日ほど歩き、野営にする。
マイはそこでもまた水の魔力を読んでいたが、それが終わり、私の「どうだった?」という視線での問いかけには困ったような顔でただ小さく「コクン」とうなずくのみだった。
その夜。
食後のお茶を飲みながら、みんなで少し話す。
そこでマイが初めて、自分の生い立ちをぽつぽつと語ってくれた。
「私、最初村の出身って言ってたと思うんですけど実は違うんです。本当は王都の孤児院の出身で……」
そう言ったマイが少し悲しそうな顔をする。
その後マイが話すには、マイに聖魔法の特性が現れたのはここ数十年のことだということだった。
最初は軍について魔獣討伐の現場に連れ出され、かなり苦労したという。
「慣れない戦闘に駆り出されて、本当に嫌気がさしてしまったんです。魔法も自分の身を守るために必死で覚えました。だから、殲滅系の魔法は得意なんですけど、個別の敵を狙うのはあんまり経験がなかったんですよね」
と自虐的に言うマイの表情にはどこか苦々しいものが含まれているように思えた。
その後、マイは各地を転戦する軍について、いろんな町や村を巡ったという。
そこでいろんな経験をしたそうだ。
その「いろんな経験」についてマイは触れようとしなかったから、きっと辛いことがあったのだろう。
私はそう思ってそこにはなにも質問をさし挟まなかった。
そして、マイは一大決心をして軍から逃げ出すことを決意したんだそうだ。
おそらくその決断の裏にもいろんな事情があったんだと思う。
マイがひと言、
「国というのは時に恐ろしいものですから……」
と言って悲しそうに視線を落としていたので、相当な何かがあったのだろう。
私たちはそれにも何も言わず、ただ、マイの独白を静かに聞いていた。
しかし、それでも目の前にある危機を放っておくことはできないというマイの目にはなにやら決意の色が浮かんでいる。
きっとマイはマイなりにいろんなものを背負って戦ってきたのだろう。
そして、今もマイはその何かと必死に戦い自分なりの答えを求めているに違いない。
私は少なくともそう感じ、ただマイの肩に優しく手を置いた。
うつむいて苦しそうな顔をするマイをリズが抱きしめ、
「大丈夫だよ」
と声を掛ける。
いつもは楽天的なサーニャもどこか決意を秘めたような口ぶりで、
「アタシ、ずっとマイの友達だからね」
と言い、その輪に加わっていた。
その友情の暖かさに感動しつつ、そっとお茶のお代わりを作り始める。
(きっとこういう時は温かくて甘い物がいいんだろうな)
と思い、私は蜂蜜をたっぷり入れたミルクティーを淹れた。
翌朝。
少し照れくさいような感じで朝の挨拶をしてくるマイに微笑みながら挨拶を返し、出発の準備を整える。
私たちの間にあった少し重苦しい空気はどこかさっぱりとしたものに代わっていた。
気合も新たに一歩を踏み出す。
「ここからは本当に何が出てくるかわかりません。おそらく魔力の乱れの根源に近づけば近づくほど強力な魔獣が出てくるはずです」
というマイの言葉にサーニャが、
「大丈夫。竜なら任せて!」
と冗談っぽく返す。
そこにリズが、
「それ、シャレになってないよ?」
と軽くつっこむとサーニャはさもおかしそうに、
「あはは! そうだね!」
と言ってどこか楽しそうに笑った。
そんなみんなの空気を好ましく思いつつも、
(さて。この先は本当の勝負になるぞ。私のこれまでの人生で一番の冒険になることは間違いなさそうだからな。気合を入れていこう)
とひとり胸の中で気合を入れ直す。
私はそんな想いを落ち着けるように一つ深呼吸をすると、
「みんな、しっかり頼んだぞ」
と明るく声をかけた。
「「「おう!」」」
という元気な返事に、微笑みつつ先を目指す。
私たちの行く手には深い森が広がり、これでもかというほどの不気味さを漂わせていたが、そこに向かう私たちの足取りはいつもと変わらず、どちらかと言えば軽快な方だと感じた。




