おっさんA、妙な依頼を受ける02
問題の川に行き、たしかにやや水が濁っているのを確認する。
「なるほど。こりゃ本当に多少濁っている程度だな」
「うん。ちょっと雨が降ったらよくこうなってるよね」
「ええ。でも、それが続くということはきっと池に異常があるんですわ」
「あはは! 『主』ってどんなのかな?」
私たちはそんなことを話しつつ、川沿いの道を上流に向けて歩いていった。
やがて道が無くなり、河原を歩いていく。
村長が話していた通り、二日ほど歩くと、はっきり色の違いが判る川の分岐点まできた。
「こっちだな」
そう言って濁った水が流れてきている方に歩いていく。
そして二度の野営を挟み、そろそろ目的地が近いかというところで、少し高くなった場所から全体を見てみると、少し離れたところにやや大きな池があるのを発見した。
「ありゃ、けっこう濁ってるな」
「ええ。間違いなくなにかいますよ」
「『主』だよ、『主』! 早く行って狩っちゃおう!」
「ははは。サーニャ嬉しそうだね」
そんなやり取りをしてさっそく問題の池に近づいていく。
そして、池に近づくと、明らかに大物の気配を感じた。
「おい。まずい! ここはいったん退くぞ!」
「えー。せっかく来たんだし、正体くらい見て帰ろうよ」
「いや。祭りの見物に来たんじゃないんだ。とにかく危ない予感がする」
「いえ。きっと大丈夫です。リズ、しばらくの間盾をお願い!」
「え? マイ、どうしたの、急に?」
「きっとサーペントです。火魔法で仕留めます!」
「やった。サーペントだ! 私がおびき出すね!」
「あ、こら。ちょっと待てって!」
「大丈夫、大丈夫。アレンは後ろで見てるだけでいいからさ!」
そう言ってサーニャが私の指示を待たずに飛び出していく。
私はいざという時のことを考え、いつでも飛び出せる位置で刀を抜くことしかできなかった。
池の淵でサーニャが、
「やーい、やーい! サーペントのバーカ!」
と大声を出す。
(おいおい。そんなんで釣れるわけないだろうが)
と思ったが、その次の瞬間、池の水が「ぐわっ」と持ち上がり、巨大なサーペントが顔を出した。
「よっしゃ! 悔しかったら、ここまでおいで!」
そう言ってサーニャが本当に鬼ごっこの要領でサーペントを挑発し、こちらに誘い出す。
「いや。ちょ、危ないぞ!」
私がどうしたものかとヒヤヒヤしながら、サーニャに声を掛けると、怒ったらしいサーペントが一気にその巨体を伸ばし、サーニャに飛びかかった。
ひらりとサーニャが宙に舞う。
サーペントはその頭をしたたかに地面に打ち付け、ほんの一瞬動きを止めた。
その瞬間、マイが、
「サーニャ!」
と叫ぶ。
「了解!」
と答えてサーニャが素早く後退すると、そこに特大の火魔法が放たれた。
火魔法がサーペントの頭を直撃し、一瞬で勝負がつく。
猛烈な爆発音の後に残ったのは首を無くしたサーペントの死骸だけだった。
「……とりあえず、後始末だな」
そうつぶやいてサーニャのもとに向かう。
いかにももう少し遊びたかったなぁ、という顔をしているサーニャに私は、
「あんまり危ないことをしちゃいかんぞ」
とまるで父親みたいな言葉を掛けた。
そんな私たちの横をマイが歩いて池の方に向かっていく。
(ん? どうした?)
と思いつつ見ているとマイは池の水にほんの少し手を触れ、なにやら目を閉じて魔法のようなものを発動した。
静かに広がる魔力になぜか少し神秘的なものを感じる。
私は、
(なんだろうか? エルフ特有のなにかのまじないか?)
と思って見ていると、魔法を発動し終えたマイが立ち上がってこちらを向き直り、
「アレン。これこの池だけの問題はないかもしれませんわ。だって、こんなに魔力が乱れているなんて……」
とかなり気になることを言ってきた。
「どういうことだ?」
息を呑みつつ真剣な表情で投げかけた私の質問にマイが一瞬だけ苦々しい顔を見せる。
(マイがそういう表情をするのは珍しいな……)
と思って見ているとマイはなにか意を決したような表情で、
「水の魔力の乱れ、サーペントの発生はよくある前兆現象なんです。さきほどこの池の魔力を読みましたが、どうやら地脈そのものが乱れているようなんです。このまま放置しておけば、この森が大変なことになってしまいます」
と少し泣きそうな顔でそう言ってきた。
(これは、真剣に聞かないとダメなやつだ)
と直感しつつも、落ち着いて、
「マイ。一から説明してくれ」
と微笑みながらマイに語り掛けた。
それでも少し言い淀むマイに、
「無理のない範囲で構わんぞ」
と言うとマイは一瞬ハッとしたような表情を見せた後、
「いえ。ちゃんと説明させていただきます」
といい、ぽつぽつと説明を始めてくれた。
マイ曰く、この世界には地脈と呼ばれる魔力の大動脈みたいなものがあるのだそうだ。
そして、聖魔法とはその地脈を利用して使う魔法だという。
ということは逆に聖魔法を利用して地脈に作用することも可能なのだそうで、聖魔法の本来的な利用方法はその地脈に作用して異常を正し、土地の平穏を図ることにあるらしい。
それが代々エルフに伝わる聖魔法を使う人間の使命なのだそうだ。
そして、これまでの経験上、地脈の異変はこうしたわずかな違和感の先に発生している場合が多いと知っていたと話してくれた。
そんな話を聞き、
「なるほど。マイはそれで、最初からこの依頼が気になっていたんだな?」
「……はい」
「ならもっと早く言ってくれればよかったんだぞ?」
「すみません。確信が持てなかったというのもありますし、その……」
「いや、いいんだ。こっちも立ち入ったことを聞くつもりはないから安心してくれ。それより、この状況を放置しておくと本当に大変なことになるんだな?」
「はい。おそらく軽くてもスタンピードが起こるでしょうし、最悪の場合、森が死にます」
「なっ!? スタンピードって……。災害級の魔獣の氾濫が起こるってことか?」
「はい。それはおそらく近い将来、確実に」
「そりゃいかん。すぐ冒険者ギルドに伝えるべきだ」
「いえ! あの、そうすると、その……」
「なにか困ったことになるのか?」
「え。あ、はい。その、まだ確実とは言えないですし、その、私のことが知られてしまうと……」
「そうか。マイは家出中だったな。しかし、背に腹は代えられんぞ?」
「そうなんですが、それだと、その……」
「……」
私とマイが言葉に詰まっているところにサーニャがやってくる。
そして、私たちにいつものニカッとした笑顔を見せると、
「ていうかさ。よくわかんないけど、要するにその原因を突き止めてなんとかしちゃえばいいんだよね? じゃあ簡単じゃん。私たちが行って止めてみせようよ。マイができるんでしょ、それ?」
とごく簡単なことのようにそう言ってきた。
その言葉にハッとする。
私は混乱する頭を一度落ち着けようと思い軽く深呼吸をした。
(まずは状況の整理だ。このままではスタンピードか最悪森が死ぬと言っていた。で、その原因を突き止めてなんとかできるのは今のところマイ、ただ一人。となると、冒険者ギルドに報告したところで、どうにかなるわけじゃないようだな。むしろ不正確な情報で混乱させるなと怒られるのが関の山だろう。それにマイの言うことが正しいと仮定すると、時間的な余裕もないだろう。となると、これは気付いた私たちがなんとかするしかないということになってしまう。しまうがしかし……)
迷う私の横から、今度はリズが出てきて、
「マイはどうしたいの?」
と聞いた。
「止めたいです! 森の命は人の命なんです! だから、もうあんな……、」
泣きそうなマイをリズがそっと受け止める。
リズはマイの背中を優しく撫でながら、
「わかった。みんなで行ってみよう。アレンもそれでいいでしょ?」
と言い私の方に優しい視線を送ってきた。
(そうか。そうだな。マイが聖魔法を使えることが知られるとマイが厄介な立場に追い込まれてしまう。それに伝説の聖魔法がスタンピードが起こるという意見の根拠だと言われても信じる人間は少ないだろうことや、時間的な余裕を考えると、ここは私たちだけで対処するのが正解なんだろう。それに、なにより、マイは聖魔法を使える者としての使命を果たそうとしている。仲間が自分の役割を全うしようとしているのを助けないでなにがパーティーだ。よし、どうなるかわからんがここはマイのために全力を尽くそう)
そう思ってリズに苦笑いを返し、マイの頭に軽く手を置く。
「いっしょに頑張ろう」
私がそう言うとマイは一瞬、驚いたような表情を見せてきたが、すぐいつもの柔らかい微笑みを浮かべ、
「ありがとうございます!」
と言って軽く涙を拭ってくれた。




