おっさんA、交渉をまとめる
湿地帯を慎重に進み、なんとか無事に抜ける。
「ここまでくれば後は安心だろう。今日の野営を乗り越えればあとは各村に宿があるからな」
私がそう言うと、ゴバッツさんとニールは明らかにほっとした表情を浮かべた。
最後の野営ということでカレーを作る。
カレーを選んだ理由は、この旅でゴバッツさんとニールの心に一番刺さったのがカレーだったからだ。
「なんでしょうね。アレンさんのカレーは味に深みがあるというか、食べていてまったく飽きがこないんですよ」
「ええ。それでいてどことなく懐かしさを感じるから不思議なものです」
と言いつつ笑顔でカレーを食べてくれるゴバッツさんとニールに笑顔でお代わりを勧めるとみんなもこぞってお代わりを要求してきた。
(美味い食い物に国境も種族も関係ないんだな)
と思いつつ、笑顔でカレーを盛り、自分も口に運ぶ。
楽しい夜は滞りなく更け、翌日からはまた西の町への旅路に戻った。
二日ほどで西の町の大きな門をくぐる。
久しぶりにきた西の町は相変わらず埃っぽくもにぎやかでごちゃごちゃした町だという印象を持った。
さっそく宿を取り、伯爵の城に向かう。
当然、すぐに会えるわけはないので、その日は門番に、伯爵様の命で大切な荷物を運んできたからぜひとも早めに連絡をもらいたい、ということを言づけ、宿に戻っていった。
翌日の午後。
さっそく伯爵の使いの騎士がやってくる。
私たちがその騎士の案内に従うと、その騎士はまず騎士団の訓練場に向かった。
そこで久しぶりにグラニッツさんと再会する。
「待っていた。今回は手数をかけてすまんかったな」
「いえ。おかげ様でこちらもいい商売ができました」
そんな挨拶をし、ゴバッツさんとニールを紹介するとさっそく実際の商品を手に取ってもらった。
グラニッツさんが具合を確かめるように、軽く構えたり振ったりし始める。
私たちはそれを緊張しながら見つめていたが、すぐにグラニッツさんが、
「うん。これなら申し分ないだろう。これまでのものよりずいぶん扱いやすいし、見た目からして丈夫そうなのがわかる」
と言ってくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。
そこへ騎士団長のコルニエルさんがやってくる。
こちらも丁寧にあいさつを交わすと、コルニエルさんもさっそく剣を手に取った。
「なるほど。確かにいいものだ」
コルニエルさんもそう言ってくれたのを聞いて、またほっと胸を撫で下ろす。
ゴバッツさんの、
「ドワーフの心意気が伝わりほっといたしました」
という一言に今回のドワーフの里での一件が象徴されているように思えた。
「さっそくだが、お館様がお会いになる。物の実見は一任されていたから、問題無かったとしっかり伝えよう。あとは最後の調印があるのみだ。グルワッツ商会の代表権はそちらの番頭にある旨、事前に聞いていたから問題無いだろう。その他にも少し話をしたいそうだからじっくり聞いてやってくれ」
そう言われてほっとしつつも緊張しながらコルニエルさんの後について伯爵の城に向かっていく。
城に入るとそこからは執事の案内でまた伯爵の執務室に入った。
「ご苦労だったな。待ちかねたぞ」
いきなりそう声を掛けられたのに、リズがかしこまって、
「大変お待たせいたしました。再びお会いできて恐悦至極に存じます」
と答える。
伯爵はにこやかに立ち上がると、
「コルニエル。どうだった?」
と言いつつ、ソファにどっかりと腰を下ろした。
「はっ。質、量とも問題ございません」
「そうか。他の領にも紹介できる水準にあったということだな?」
「もちろんでございます」
「わかった。さっそくその話、進めよう。なに、もう何件か問い合わせがきているからな」
その話の速さに少し驚きつつ、ゴバッツさんとニールを紹介する。
伯爵はその紹介を鷹揚に受けると、
「これから長い付き合いになるだろうが、よろしく頼むぞ」
と一言添えた。
執事が持ってきた、革表紙付きの綺麗な紙に伯爵とゴバッツさんがそれぞれ署名をし、握手を交わして商談が成立する。
リズもなにやら受け取り証のようなものに署名をすると、
「約束の金だ」
と言って手間賃の成功報酬分を無事受け取った。
「リズ、アレン。少し話がある。いいか?」
「はい。なんなりと」
「うむ。まずは、褒美を授ける。今回はなかなかいい取引になったからな。その礼にちょっとした褒章を贈ろう。なに、たいしたものじゃない。ただ、これから貴族と取引をする際にちょっと潰しが効くようになるから便利に使うとよいぞ」
「はっ。ありがとう存じます」
リズがそう言って執事が差し出したメダルのようなものを恭しくいただく。
伯爵はそれをどこか満足そうに見ると、
「それで、商売の話に戻るが、今回の旅で問題になった箇所をあげてくれ」
と言い執事に、
「地図を」
と言った。
さっそく広げられた地図を見ながら、リズが、
「この、ドワーフの里を出て、四、五日目に通った狭い峠道で野盗に会いました。あとは、森を抜ける道は魔獣が出る可能性があります。今回はゴブリン程度でしたので、問題はありませんでしたが、どちらも警備を強化していただけると助かると感じました」
と正直な感想を伝える。
すると伯爵は、
「なるほど。魔獣はともかく賊か。あそこはコルトバーン男爵家の領地だったな。わかった。少し支援をして警備を強化させよう。どうせいつかつながりを作っておきたいと思っていたところだ。ちょうどいい。で、他に問題点は?」
と政治的ななにかをちらりと挟みつつ、さらに問題はないかと聞き返してきた。
「はい。あとは道の状態でしょうか。峠道はどこも狭く他の行商人たちも難儀していることかと思われます。それにこの湿地帯を通る道も厳しいと感じました。ここ雨が降ると途端に通行が厳しくなりますので」
「なるほどな。いっそ埋め立てでもするか?」
伯爵がそう言ったのを聞き、私が慌てて口を挟む。
「伯爵様。お言葉ですが、あの湿地帯の道の整備は最低限馬車が通れる程度になさってください。でないと西の町が大変なことになってしまいます」
「どういうことだ?」
「はい。あの湿地帯は重要な薬草の採取地です。この西の町の子供の間で時々流行る感染性の胃腸炎の特効薬の原料が取れるんです。その薬草の採取地を潰してしまえば、町が困り、将来的には徐々に活力を失っていくことになるでしょう。長い目で見れば、あそこの道の整備は最低限で抑え、湿地帯を迂回する道を作る方が得策かと存じます」
「そうか。わかった。検討する際の参考にしよう」
「はっ。ありがとうございます」
そう言って私がほっと胸を撫で下ろしていると、伯爵は、
「うむ。では道の問題はその程度だな。次は商売の話だ」
と言って話題を変えてきた。
「今のところ、我が領がドワーフの里から物を買うだけで終わっておる。それが悪い取引ではないが、うちもそれなりに利益を出したい。なにかドワーフの里に売れるものはないか?」
その言葉にリズがさっと口を開き、
「その点は私どもからもご提案させていただこうと思っておりました。この町からドワーフの里に出荷するのは薬がよいかと存じます」
とにこやかな顔で即座に応じた。
「ほう。私はてっきり魔獣の素材かと思っていたが、薬とな?」
「はい。魔獣の素材は貴重で付加価値が高い物ですが、武器や武具以外の使い道がほとんどありません。なので、もちろんドワーフの里でも需要はありますが、主要な商材にはなりにくいのです。その点薬はどの地域でも常に需要があり、一定量が決まって消費されます。しかもドワーフの里では取れる薬草の種類が限られているため、薬が他より高いのです。薬は日持ちもして軽いうえにそれなりの値段で売れますから、お売りになるなら是非、薬をお売りになることをお勧めいたします」
「なるほど。ということは薬師ギルドを絡ませればよいということだな?」
「はい。そのようにしていただければ、税の徴収漏れの心配もなくなるでしょう」
「そうか。わかった。薬師ギルドには私から紹介状を書こう。すぐにでも話がまとまるだろうから心配するな。税に関してはこちらで適当に決めておくから、少々仕入れが高くなることは覚悟しておけよ?」
「はい。かしこまりました。しかし、薬というのは人の命に関わります。できれば伯爵様のお心の広さでご寛容な措置を取っていただければ幸いでございます」
「ふっ。私も人の命を盾に商売をするほど悪辣ではない。しかし、商売は商売だからな。うちもそれなりにうまみを握らせてもらうという話だ」
「ありがとう存じます」
そこまで話したところで伯爵が立ち上がる。
私たちも立ち上がり、丁寧な礼を取って下がると、そこで今回の商談が無事、決着した。
控えの間に行き、ゴバッツさんが執事から商品代金を受け取り、書類に署名をする。
そこで薬師ギルドへの紹介状ももらい、私たちは伯爵の城を辞することになった。
馬車が壮麗な城門をくぐり、宿に着いたところでリズが、
「ぬはぁ……。疲れたぁ……」
とやや大袈裟に言ってがっくり肩を落として見せる。
「お疲れ」
私が微笑みながら軽く声を掛けると、リズはニカッと笑って、
「楽しかったね!」
と言った。
「じゃあ、今日は打ち上げだよね! 小金貨何枚までにする?」
と言うサーニャに、
「今日は全員で金貨二枚だ。豪勢にいくぞ!」
と笑顔で伝える。
サーニャは喜びのあまりマイに抱き着き、
「やったー!」
と喜びの声を上げた。
その光景にみんなが微笑ましい気持ちになり、笑顔で夕方の町に繰り出していく。
私は喜びのあまり、
「早く! 早くいこう!」
と言ってマイの手を引くサーニャの嬉しそうな顔やそれにつられて笑顔になっているみんなを見て、
(ああ、こういう仕事も悪くないな……)
としみじみ感じた。
夕日に照らされてできたみんなの長い影が楽しげに踊る。
私はなんとなく目を細めてその光景を見ながら、軽い足取りでみんなの後をゆっくりとついていった。




