おっさんA、再び西の町に向かう01
グルワッツ商会との打ち合わせがすんだあと、しばらくはのんびりして過ごす。
職人たちの仕事は順調で、過不足ない剣が予定通り完成したので、しっかり確認してグルワッツ商会に納品に行き、職人たちに報酬を分配した。
あとは初荷の出発を待つばかりという状況の中、近所の森にピクニックに行ったり、町で猫探しの依頼を受けたりして時間を潰す。
意外にも猫探しの依頼が大変だったが、最終的にサーニャが屋根の上から溝にはまって動けなくなっていた猫を発見し、マイが聖魔法を使って弱っていた猫を無事元気な状態に戻すことでなんとか乗り切ることができた。
そして迎えた初荷出発の日。
少し緊張しながらグルワッツ商会に向かう。
グルワッツ商会の玄関前には二頭立ての中型荷馬車一台と二人の従業員らしき人が立っていた。
同じくそばにいたベイニールさんに挨拶をし、軽く握手を交わす。
「いよいよですね」
「ああ。無事、西の町に届くよう最善を尽くそう」
「御者は二人です。どちらも長年うちに勤めてくれている信頼のおける人間です。紹介しましょう」
そう言われて馬車の側に立っている従業員のもとに行くとベイニールさんは、
「番頭のゴバッツと手代のニールです」
と言い、二人の従業員を紹介してくれた。
「最初の交渉もあるので、全権代理として番頭のゴバッツを同行させます。ニールは若いですが、冒険者一家に育ち、多少武芸のたしなみがあるので、選ばせていただきました」
「ゴバッツです。長旅になりますが、どうぞよろしくお願いします」
「ニールです。体力には自信があります。どうぞよろしくお願いします」
にこやかに挨拶をしてくれた二人にこちらも自己紹介をし、さっそく出発の準備に取り掛かった。
「もし、馬を変える必要があったら、遠慮なく交換してください。その辺りの交渉と経費の計算はゴバッツに任せておりますが、ご助言いただけると助かります」
「わかった。責任を持って引き受けよう」
「ありがとうございます。では、無事を祈っておりますよ」
「ああ。行ってくる」
再びベイニールさんと握手を交わし、馬車に乗り込む。
馬車の中は五人が乗るとやや狭かったが、重さで軋むことが無かったので、しっかりとした作りのいい荷馬車だと感じた。
ゆっくりと馬車が動き出す。
私はやや緊張しつつも、
(これがようやく第一歩なんだな)
というワクワクした感じを胸に、徐々に小さくなるベイニールさんに軽く手をあげ、別れを告げた。
「この先、いくつか難所があるようですね。狭い峠道に湿地帯、それからどうしても野営を挟まなければならない場所も。私長旅は初めてですからどうにも緊張してしまいます」
ゴバッツさんがそう言って少しだけ不安そうな顔をするのに、
「ああ。野盗の心配が全くない訳じゃないし、馬車の通行が厳しい場所もあるかもしれん。しかし、そのために私たちがいるんだ。まぁ、いざとなったら方法はあるから心配しないでくれ」
と余裕のある表情で答える。
ゴバッツさんはそれにうなずきつつもさらに、
「ありがとうございます。あと、関所は大丈夫でしょうか? 一応、グルワッツ商会の名前を出せばある程度の信用は得られると思いますが……」
と言ってきた。
「それは大丈夫だろう。近隣の関所ならグルワッツ商会の名前を出せば大丈夫だし、グルワッツ商会の名前が通らない場所でも、こちらには伯爵様の紹介状がある。まさかそれを見せてダメということはないはずだ」
「さようでございますか。それならば安心しておいて大丈夫ですね」
「一応な。しかし長旅は本当になにがあるかわからん。少しでも異常を感じたらすぐに言ってくれ。特に体調がおかしい時は無理をするな。旅の成否は元気があるかどうかによってずいぶん左右されるからな」
「かしこまりました。そのようにいたしましょう」
そんな会話をしてドワーフの里の大きな石造りの門をくぐる。
私たちは大きな街道をいったん南に進み、途中から西へと延びる道に入っていった。
四日ほどは順調にいく。
ゴバッツさんはさすが番頭だけあって落ち着いているし、ニールは若いながらも如才ない感じで、いかにも商人らしい明るさの持ち主だった。
そしてこの旅最初の難関、狭い峠道に入る。
私たちは、少しでも荷を軽くして馬の負担をやわらげてあげるため、馬車を下り、後ろをついていくことにした。
「今回の商談の話、三代目からちょっとだけ聞いたんですけど、三代目、アレンさんのこと褒めてましたよ」
「ほう。そいつは光栄だな」
「ええ。しっかり周りを見て上手いこと物事を組み立てるっておっしゃってました」
「そうか。そいつはえらい褒められようだな」
「はい。あれで商人じゃないのが信じられないともおっしゃってましたよ」
「ははは。じゃあ、そのうち冒険者を辞めたら商人にでも鞍替えするか」
「それ、いいと思います!」
ゆっくりと進む馬車の後を歩きながら、ニールと親しく話す。
この四日でずいぶんと距離が縮まり、他愛のない世間話をするようになっていた。
徐々に狭くなる峠道の中腹に差し掛かる。
小さな水場とちょっとした空き地があったので、私はそこでいったん馬車を止め、少し早めの昼を取ることにした。
峠道の小さな水場で馬たちに水をやり、こちらも食事の準備を始める。
最初ゴバッツさんたちは自分たちが作ろうと言ったが、野営で飯を作った経験がないということだったので、今回は勉強も兼ね、私が作るのを見てもらうことにした。
手際よく、野菜を切り、肉を炒めてクリームシチューを作っていく私に、ゴバッツさんとニールが、
「なるほど。手慣れてらっしゃる。これはいい勉強になりました」
「そうですね。長旅には料理の知識も必要だったことがわかりました。帰ったらさっそく練習してみます」
と言って感心したような顔を向けてくる。
私は少し照れくささを感じながら、
「道中の飯は結構大事だ。行動食だけでもいいが、やはり温かい物を食べると元気が違う。長旅の基本は体力の維持だから、こういう細かい所にも気を遣うといい」
という持論を展開した。
「アレンのご飯、美味しいから元気出るんだよ!」
「そうですね。けっこう助けられてます」
「うん。これを知ったらもう適当にすませてたあの頃には戻れないよ」
サーニャ、マイ、リズの三人もそう言って私を支持してくれる。
ゴバッツさんとニールは、
「なるほど……」
と感心しなにやらメモを取っていた。
「よければあとで保存食を使った料理のレシピをいくつか教えよう。ちょっとした調理器具さえあれば簡単にできるやつだから、この旅のどこかで練習がてら作ってみるのもいいかもな」
と話しているうちにシチューができあがる。
「いただきます」の声を揃えて食べ始めると、ゴバッツさんとニールは、
「なるほど。野営で作ったとは思えないほど優しくて沁みる味ですなぁ」
「はい。お腹がほっとする温かさです」
と言い美味しそうにクリームシチューを食べてくれた。
やがて旅を再開し、峠の頂上付近に達する。
道の両側を傾斜のキツイ深い森に挟まれた峠道を見て、
(くるならここだろうな)
と思っていると、やはり森の中にうごめく影を見つけた。
「来るぞ!」
ただそれだけ言って馬車の前に飛び出す。
私の声に驚いたニールが慌てて馬を止めると、そこに矢が飛んできた。
「リズ、とにかく馬を守れ! マイは遠距離に牽制! サーニャ、行くぞ!」
「「「おう!」」」
そう言ったところで十人ほどの野盗が飛び出してくる。
「殺すなよ!」
そう言う私の横をものすごい速さでサーニャが駆け抜けて行き、鞘が付いたままの大剣を大きく横なぎに一閃した。
それだけで三人の野盗が吹っ飛ぶ。
森の中で「ぐわぁっ!」と声がしてドサッと何かが落ちるような音が聞こえたからおそらく弓矢を放ってきていたやつがマイの魔法にやられたのだろう。
私も刀を抜き放つと一気に野盗の中へと飛び込んでいった。
デタラメに、しかし、相手を確実の葬る気で突き込んでくる剣に苦戦しながらもなんとか峰打ちで相手をしていく。
(なんつーデタラメ剣法だよ。危ねぇったらありゃしねぇ)
そう思い、時々冷や汗をかいていると、もっとデタラメな剣法を使うサーニャがやってきてあっという間に状況を打破してくれた。
私もなんとか一人を昏倒させたところで勝負が決まる。
私はほっとひと息吐き、ゴバッツさんとニールの方に目を向けたが、ニールが盾を構え、ゴバッツさんを守るような態勢を取っていた。
「終わったぞ。今、縛り上げるからちょっと待っててくれ」
そう言ってなにやらうめき声を上げている野盗を縛りつけていく。
「この先の町で衛兵に連絡しておく。衛兵が間に合えば無事でいられるだろうが、間に合わなかった時は諦めてくれよな」
そう冷たく言い放ちつつも、
(これがこの世界の現実か……)
と思って少し暗澹たる気持ちになる。
冒険者になってからこういう状況にはけっこう遭遇してきたが、私は、
(やっぱり、いつまでたっても慣れんな)
と思い、なんとなく重たい気分で旅を再開させた。




