おっさんA、ドワーフの里に戻る04
「ええ。不満ですね」
ベイニールさんがはっきりそう言い、リズにかなり強い視線を送る。
そして一瞬の間を置きベイニールさんは、
「うちの商品が低価格だが品質はそれなりだということは自覚しています。しかし、それはこれまで積み重ねてきた技術革新という努力の積み重ねがあっての出してきた結果です。単純に粗悪品を作っているんじゃありません。うちにも武器屋の誇りというものがあります。あまり買い叩かないでいただきたい」
とはっきりした口調でそう言った。
リズが一瞬詰まる。
私は、
(おっと、これはマズったな)
と思い、
「失礼した。それはあくまでも単純な交渉材料にしようとして書いた数字です。こちらが浅はかでした。どうぞ、お怒りをお納めください」
と率直に頭を下げた。
リズも同調し、
「大変失礼いたしました。では本音でお話させていただきます」
と言って頭を下げる。
それに対しベイニールさんは、さっと表情を和らげ、
「こちらこそ、失礼いたしました。では、本音をお聞かせください」
といかにも商人らしい笑みでそう話を促してきた。
「正直に採算が取れる線を申し上げると、卸値は小金貨二枚が限界です。それ以上になればおそらく職人に負担がかかりすぎるでしょう。そこがこちらとしても譲れない一線の限界になります」
リズが少しほっとしたような様子でしかし、真剣な表情のままベイニールさんにそう告げる。
ベイニールさんは少し考えるような仕草を見せたが、
「なるほど。職人の意地を立てつつこちらも商売をするには妥当な線でしょう。この町の活性化と武器と言えばドワーフの里という知名度がこれまで商圏ではなかった西の町で高まれば、将来的にも十分うまみのある話になってきます。ドワーフの誇りを汚さず上手く商売を広げるならいい案ですね」
と言ってくれた。
リズがほっとしたような表情を浮かべ、
「では、商談成立ということでよろしいですか?」
と尋ねる。
しかし、ベイニールさんは、
「いえ。本番はここからです。詳細な数字をお聞かせいただきませんと」
と言い、こちらにニコッとした表情を見せてきた。
そこからは数字の説明に入る。
西の町の伯爵様からは少なくとも年に百本の注文があること、それに近郊の諸侯への営業を伯爵様が成功させればさらに上積みがあることを説明し、一本当たりの利益が少なくとも金貨一枚になる計算だと説明する。
その数字にベイニールさんは一応うなずいてくれたが、
「なるほど。一回の取引で聖銀貨十枚と少しの儲けですか。それでは流通網を築くという話には一段弱いですね。正直な話をしますと、聖銀貨十枚というのが我が商会の採算が取れるギリギリの線です。人も使うし、魔獣や野盗の危険性もはらんでいますからね。それを考えると、うちとしてはそこがギリギリの線だという結論に達しました。なので、それ以上のうまみが無ければこのお話、なかったことにしてください」
とバッサリ斬り捨ててきた。
「しかし……」
とリズが食い下がりを見せる。
しかしベイニールさんは、
「うちも商売です。町のためとはいえ、身銭は切れないのですよ」
と言い切りリズににっこりとした笑顔を見せる。
当たり前だが、その目は笑っていない。
私は、やや言葉に詰まっているリズとそれを平然とした顔で見ているベイニールさんを見比べ、
(なるほど。確かに筋金入りだ)
と苦笑いしつつ、
「ひとつよろしいか?」
と言って横から口を出した。
「なんでしょう?」
ベイニールさんが、あくまでもにっこりとした表情を崩さないままこちらに視線を向けてくる。
私は少し苦笑いしつつも、なるべく余裕の表情を作り、
「帰りの荷は何を積んで帰ってくることを想定されています?」
と聞いた。
「おそらく、鉄くずでしょうね。あとは魔獣素材でしょうか。魔獣素材は原価が高いので現地消費には向いているが、わざわざ運んでくるとなると採算が取りにくい商材なので、あまり量は仕入れないでしょうね」
そう言ってくるベイニールさんの言葉を聞き、心の中で、
(よっしゃ!)
とガッツポーズを取る。
しかし、そんなことは微塵も顔に出さず、
「薬を仕入れてはいかがです?」
と冷静に切り出した。
「……うちは武器屋ですよ?」
怪訝な顔でそう言ってくるベイニールさんに、私は笑顔で、
「武器屋が薬を扱ってはいけないという法はないでしょう」
とはっきり言って微笑む。
そして、何か言いかけたが、言葉を飲み、明らかに「で?」と視線で話を促してくるベイニールさんに向かって、
「西の町は森に近い分、薬草がよく取れ、質のいい薬がこの町よりずいぶん安く流通しています。おそらく平均すれば半額、ものによっては四分の一くらいの価格でした。それに薬は軽くてかさばらないうえに、ちゃんと日持ちもする高付加価値商品です。それに需要が途切れることなくちゃんと消費されるという点も魅力でしょう。どうですか? なんなら伯爵様との交渉で向こうの薬師ギルドと直接独占契約を結ぶことも提案しましょう。それなら帰路も十分商売になるでしょう」
と現状を説明し、この商売が十分に成り立つと言ってみせた。
「なるほど。それは盲点だった……」
そう言って考え込むベイニールさんに、
「事業の多角化も図れ、町の薬価を下げることで人々の暮らしにも貢献できる。いい商売じゃないですか?」
と追い打ちをかける。
するとベイニールさんは、軽く「ふっ」と笑い、
「まいりましたよ」
と言って右手を差し出してきた。
握手を交わしつつ、
「では、この商売の種いくらで買っていただけますか?」
と笑顔で聞く。
ベイニールさんは、にこやかに笑って私の手を握りながら、
「聖銀貨十枚でいかがでしょう」
と言ってきた。
「もうひと声どうにかなりませんか? こちらは二十枚と踏んでいたんです」
とはったりをかます。
するとベイニールさんは、「はっはっは!」と大声で笑い、
「十二枚。それ以上は勘弁してください」
と言ってきた。
そこで商談が成立する。
すぐにギルドマスターが正式な書類を作ることになり、私たちは明日の午後、調印式をして正式に動き始めることになった。
「職人との調整や初荷の護衛はお任せしますよ。これからも頑張ってください」
そう言われ、改めてこの商売に続きがあることを再認識する。
(そうだ。これで終わりじゃない。これから職人たちの力を借り、無事満足いく製品を作って、初荷を届けなきゃならん。それに伯爵とも交渉して西の町の薬師ギルドに話を持って行かなければならなくなった。……なんだかんだで忙しいな)
そんなことを思い軽く私が苦笑いを浮かべていると、リズがベイニールさんに向かって、
「任せてください。この町の未来、少しの間預からせていただきます」
と言い普段通り屈託のない笑顔を浮かべてみせた。
その後、無事宿に戻る。
「どうでしたか?」
と聞いてくるマイに、リズが、
「今日は宴会だよ!」
と言うとサーニャが目を輝かせ、
「やった! ってことはいつもよりいっぱい飲んでもいいってことだよね?」
と言い私にキラキラとした目を向けてきた。
「ああ。聖銀貨十二枚になったから、今日は金貨一枚と小金貨二枚だ! パッとやって楽しく打ち上げるぞ!」
「「「おう!」」」
みんなで笑顔になり、夜の町に繰り出していく。
その日はまた、リズおススメの焼肉屋に行き、これでもかというほどの肉を食い、じゃんじゃん酒を飲んだ。
サーニャの踊りに合わせてマイが軽く歌い、リズが笑顔で拍手喝さいを送る。
そんな光景を見て私は、
(ああ、俺、今青春してるんだな……)
となんともアホらしいことを思ってしまった。
騒がしい夜が楽しく更けていく。
結局私たちはへろへろに酔った状態で肩を組みながら宿に帰り、倒れるようにして眠りに就いたのだった。




