おっさんA、貴族相手に商売をする02
「入れ」
短く言葉が聞こえ、内側から扉が開く。
そこにはかしこまった感じで扉に手をやった執事がいた。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
そう言われて入った部屋の壁は一面に本や書類が置かれている。
そして、大きな机と応接セットのようなソファと広いローテーブルがあり、その大きな机にはどこからどう見ても貴族といった服装を身に纏った紳士が座っていた。
側に騎士団長のコルニエルさんの姿が見える。
私たちはさっと跪き、
「本日は謁見の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます。私がリズと申しまして、行商人をやっております。こちらの男性は護衛の冒険者兼、補佐人のアレンと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
と丁寧に礼をした。
「ライネル・トワイエルだ。こちらこそよろしく頼む。さっそくだが商売の話をしよう」
そう言って伯爵が立ち上がり、応接セットのソファに腰を下ろす。
伯爵の全身を改めて見た印象は、どこかシュッとしていていかにもロマンスグレーという言葉が似合いそうだというものだった。
「座ってくれ」
「失礼いたします」
そう言われてソファに浅く腰掛ける。
するとそこに執事がわりと分厚い書類らしきものを持ってきた。
(本当にすぐ仕事の話に入るんだな。多忙なのか? いや、おそらくこの伯爵は実務型で仕事ができるタイプだぞ)
と密かに気を引き締める。
伯爵はさっそくその書類の束を軽くめくると、
「ああ、あった。これだ」
と言ってその内容を私たちに見せてきた。
「拝見してもよろしいのでしょうか?」
「ああ。一般的なものだからかまわん」
「では失礼して」
と言いリズが書類に目を通す。
私も横からチラリと見たが、どうやら、何かの収支のようだった。
「我が領における騎士団の武器の購入記録の一部だ。年間に剣だけで百本は買っている。金貨三百枚はくだらない金額になっているな。それに次のページがその詳細になるが、訓練用の剣に関しては年間百本買って百本とも破損している。なんとか打ち直して使えないかと思ったこともあるが、元々の武器の質が良くないので、失敗に終わった。そこで出てきたのがそなたたちが持ち込んだ剣だ。たしか、金貨一枚と小金貨五枚だったな? コルニエルに聞けば性能も段違いだとか。それに相違ないか?」
いきなり実務的な話を始める伯爵にリズが、
「大体のご事情は分かりました。相違ございません。しかし、懸念点もひとつ」
と言うと、伯爵がわずかに眉を顰め、
「なんだ?」
と問いただす。
(なるほど、実務家であることに加えて少しせっかちな性格なのか)
と思っているとリズは軽く呼吸を整えた後、
「はい。私どもが持ち込んだ剣は職人の手作りです。おそらくですが、年間に数十本作るのがせいぜいでしょう。それだけ手間暇をかけているから性能の良い物ができるということです。なので、もし伯爵様が質のいい武器をなるべく安く大量に購入されようとお考えでしたら、少し無理があるかと存じます」
と本当に正直に実情を答えた。
「なるほど。では無理だと言うのだな?」
その言葉にリズが残念そうな顔で、
「はい。おそらくは……」
と答えたところで、少し慌てて口を挟む。
「恐れながら。やりようによってはもしかしたらという案がございます」
そう言った私に伯爵だけでなくリズも少し驚きの表情を見せてきた。
「こほん」と一つ咳払いをし、「まずは……」と説明を始める。
「伯爵様のお望みは安定的にそれなりの価格で質のよい武器を揃えることかと存じます。それであれば、選択肢は一応、二つございます。まず一つ目は確実に実現可能な方法です。それは安さを重視した場合で、剣の値段はおそらく一本金貨一枚から金貨一枚と小金貨五枚くらいになります。しかし、品質はこれまでの訓練用の剣を少し上質にした程度にとどまるでしょう。今より多少マシな剣が半額近くで手に入るというのですから、お得な選択ではあります」
と言ったところで伯爵に視線を送る。
すると伯爵は、「で?」と言った感じで続きを促すような視線を私に送ってきた。
「ありがとうございます。もう一つの選択肢は、実際に現地に行き交渉してみないとわからないのですが、現地の職人と連携して、独自の供給網を作ってしまうことです。おそらく一人の職人では生産が追い付かないでしょうが、毎年、定期に、安定した本数を必ず発注するというのであれば、おそらく一定数の職人を集められます。そうすれば、あとは流通をいかにして確保するかというだけの問題になるでしょう。この場合、おそらくですが、金貨二枚から金貨三枚というこれまでと変わらない価格でかなり上質な剣が手に入ることになります。おそらく、訓練用としてだけでなく、下級騎士の実戦用としても使える水準のものです。もし、そういう独自の流通網の構築までお望みであれば、私どもなら動けますが、いかがでしょうか?」
そう言い切り伯爵に視線を送る。
すると伯爵は執事になにやら耳打ちをし、執事がさっと下がっていった。
伯爵がニヤッと笑い私を見てくる。
「アレンと言ったな。よく考えられた提案だ。本当に冒険者か?」
その問いに私は苦笑いで、
「はい。しがない冒険者にございます。しかし、このリズと一緒に行動するようになってから商売のイロハをなんとなく学びました。その関連で思いついたまでです」
とやや謙遜して答えた。
「ふっ。そうか。リズ。いい補佐役を持ったな」
「ありがとう存じます」
そんな会話をしているところに執事が書類を持って戻ってくる。
伯爵はその書類を受け取ると中身を軽く確認してから私に視線を戻し、
「我が領で抱えている問題はなにも我が領だけの問題じゃない。この近隣の諸侯も同じだ。もし、金貨二枚で質のいい剣が仕入れられればうちが近隣諸侯に金貨三枚を下回る値段で卸せるということになると思うがどう思う?」
と聞いてきた。
「なるほど。大量注文で価格を抑え、一括購入で近隣への販売を独占してしまう、ということですね?」
「独占という言葉はあまり響きがよくないが、まぁ、言ってみればそういうことだ」
「失礼いたしました。しかし、それであれば伯爵様は質のいい武器を比較的安価で手に入れられ、それなりの利も得ることができる。しかも武器の質が上がるので、近隣諸侯様のご領地も含めたこの地域全体の安全性を高める効果が期待できる、というわけですね」
「飲み込みが早いな。そういうことだ。できるか?」
「正直、行ってみないとわかりません。しかし、最低でもこれまでより多少は良い剣を安く仕入れることは可能です」
「なるほどな。ならば交渉の価値はあるだろう。その方らに頼むとするか」
「ありがとうございます。しかし……」
そう言って私はリズに視線を送る。
それまで私と伯爵の話を聞いていたリズは、しっかりした顔で私にうなずくと、
「手付金が聖銀貨一枚。仮に高品質の剣が手に入る流通網を構築できた場合の成功報酬で聖銀貨三枚といったところでしょうか」
と笑顔で伯爵にそう言った。
「はっはっは。なるほど。さすが商人だな。計算が早い。まぁ、妥当な線だろう。それに、そのついでにいろいろ儲けを出すつもりなのであろう?」
「はい。恐れながらそのつもりにございます」
「ふっ。それは勝手にしてくれてかまわん。どちらに転んでもうちの希望はかなえられるからな。聖銀貨一枚で交渉に行ってもらえるなら、家臣を遣わすよりよほど安上がりだ。しかし、裏切った場合はわかっておるな?」
「はい。二度とこの国で商売ができなくなるのはおろか、下手をすれば……」
そうリズが言いかけたところで、伯爵が不意に鋭い視線をこちらに向け、
「いや。確実にその首飛ばすことになるぞ」
と低い声で言ってくる。
リズは一瞬言葉に詰まったが、すぐに商人らしい微笑みを取り戻し、
「……かしこまりました。伯爵様のご期待に違わぬよう、誠心誠意努力いたします」
と誠実に答えた。
「うむ。期待しておるぞ。とくにアレン。そちの手腕にな」
「ありがとう存じます。精一杯お応えいたします」
「うむ。後の詳細は執事と詰めてくれ。今日は以上だ」
そう言って仕事に戻った伯爵に礼を取って執務室を辞する。
執事さんから手付金の支払いと誓約書への署名、紹介状の受け取り、その他詳細の説明を聞いたが、どうやら伯爵は遅くとも一年以内、できれば半年以内の決着を望んでいるとのことだった。
帰りの馬車の中で、リズが、
「助かったよ。ありがとう。あの安い剣ってのはグルワッツ商会の量産品のことでしょ? あれのことはすっかり忘れてたよ」
とほっとしたような表情で言ってくる。
私はそれに微笑んで返すと、
「しかし、それだけじゃないぞ。もし、上手くいけばドワーフの里も潤うし、巡り巡ってこの西の町の状況も改善できるかもしれんのだからな。気合を入れていこう」
と真剣な眼差しでそう答えた。
頭の中になんとなくあの若者たちのボロボロの装備が思い出される。
(騎士団の装備がよくなれば、そのうち冒険者にも流れる。ということは、若者が危険な目に合う確率が減るってことだ。この商売、是が非でも成功させんといかんぞ)
私はそんなことを思いながら、昼の買い物で賑わう車窓の景色を真剣な眼差しで見つめ、凝り固まった肩を軽くさすった。




