おっさんA、ドワーフと一緒にモノづくりをする02
そんな職人街の狭い通りを進み、さらに狭い路地に入る。
路地の入口に「藪小路」と書かれた看板がかかっていたが、
(おいおい。あの看板意味あるのか?)
と思うほど、その看板は小さくボロボロだった。
いかにも職人長屋といった感じの路地の一画でリズが足を止める。
どうやら看板を確認しているらしい。
「違うわね」
とつぶやいたので、見てみると、そこにはまたしても小さくボロボロな看板が掲げられており、どうやら「飾職ニック」と書かれているようだった。
たまたま店の前を掃除していたご婦人がいたので、リズが場所を訪ねる。
するとそのご婦人はにこやかな顔で、
「あの飲んだくれの店は三軒先ですよ」
と教えてくれた。
(どうやらこの路地の住人はみんな仲がいいらしいな)
と感じ、その三軒先の店の前に立つ。
そこにも「はたして意味があるのか?」という小さくボロボロの看板が掲げられており、「剣職人エドバン」と書かれていた。
リズが軽く扉を叩き、
「先ほどギルドでお会いした者です」
と声を掛けると、ややドタバタという音がして、ドアが勢いよく開いた。
「おう。待ってたぜ。金はなんとかなった」
「それはよかったです。で、どこに置けば?」
「ああ。そうだな。すまんが工房の奥の作業場に運んでくれ」
そう言われて案内された工房は表の見た目とは違いかなり綺麗に整頓されている。
そのきっちりした工房の様子を見て、私は、
(ほう。もしかしてこのおっさん腕は確かなんじゃないか?)
と思いつつ、壁になにげなく掛けてある剣を見た。
(うわっ! あれって黒鋼じゃないか? けっこうな高級素材だぞ。それに見るからに良品だ。お。あっちにあるナイフは独特の光り方をしているな。ということはもしかしてミスリルを混ぜたのか? おいおい。このおっさん只者じゃないぞ……)
私がそう思っていると、エドバンさんがなにやらニヤっとした顔でこちらに視線を送ってきた。
「こほん」と軽く咳払いをし、
「すごいな」
と短いひと言で褒める。
「いや。たいしたもんじゃねぇさ。なんなら買っていってくれても構わんぞ?」
「ははは。財布に余裕ができたらな」
「けっ。意外としみったれてるな」
そうエドバンさんはいかにも職人らしい暴言を吐いてくるが、その言い方には嫌味がない。
おそらくエドバンさんがあくまでも笑顔で、そう言っているからだろう。
私はそんなエドバンさんに苦笑いで、
「私の手には余る品物みたいだからな。実力がついたらそのうちまた買いにくるさ」
と本当の理由を伝えた。
「そうか? そうは見えなかったが。どれ、兄ちゃん。手、見せてみな」
そう言われて「?」と思いつつエドバンさんに手を見せる。
「ほら。やっぱりだ。癖のねぇいい手をしてる。そのくらいの腕があるなら、その剣も使いこなせると思うぜ。いや、なんならもうちょっといい剣を使ってもいいだろう」
と言ってくるエドバンさんに、
「おいおい。そうやって売り込む気か?」
と笑って返すが、エドバンさんはわりと真剣な顔で、
「自分の腕をもっと高く見積もってやんな。でねぇといつかそれが元でケガしちまうぜ」
と言ってきた。
「そうか。しばらくこの町にいる予定だからな。商売がうまくいったら考えさせてもらうよ」
「おう。待ってるぜ」
そんな話をはさみ、さっそく奥の作業場に向かう。
作業場の中は暗く、いかにも鍛冶場といった雰囲気をしていた。
レンガ造りの大きな炉、金床に槌、ハサミに水の入った桶、そのどれもがきちんと使い込まれたものだとわかる。
私はその鍛冶場独特の焼け焦げたような匂いからモノづくりの息吹を感じ、
(なるほど。こういう現場からいいものが生み出されるのか)
と思った。
サーニャが魔法鞄からトレントの炭三袋とエルダートレントの炭三袋を取り出し作業場の隅に置く。
魔法鞄を見たエドバンさんがかなり驚いた表情を見せていたが、結局エドバンさんはそこにいっさいツッコミを入れてこなかった。
作業場を出て店のカウンターでお金のやり取りをする。
リズはいつものように明細を書きつけ、エドバンさんに渡した。
エドバンさんが領収書に署名をして取引が終わる。
エドバンさんはリズと握手をしながら、
「ありがてぇ。これで今度の大会に向けて希望が見えてきたぜ」
と言った。
そのひと言にリズが反応して、
「へぇ。大会ってもしかして刀剣祭にお出になるんですか?」
と聞く。
するとエドバンさんは少し困ったような顔で、
「ああ。そのつもりだ。しかし、優勝を目指すにはあと少し素材が足りねぇ。俺はよ、今度の大会で絶対に優勝して、職人魂ここにあり! ってところを見せてやりてぇのよ。でねぇとこの町の未来が暗くなっちまうような気がしてな」
と言い、やや深いため息を吐いた。
「そうですか。しかし、そのご発言は気になりますね。私もこの町の出身者として、この町の未来に関わる話は見過ごせません。それって、どういうことか教えてもらってもいいですか?」
「ん? ああ、いいが、つまんねぇ話だぜ?」
「いえ。それでも聞きたいんです」
「まぁ、そう言うなら話すけどよ。ここ最近の大会はグルワッツ商会の独壇場って感じなんだ。宝剣部門では高級な材料を惜しみなく使った使い物にならねぇ剣でいつも優勝をかっさらっていきやがるし、実用品部門でもその大量仕入れ大量生産の強みを生かしてそこそこの剣をバカみたいに安い値段で製造して出してきやがる。だから俺ら零細の職人はどんどん仕事を失って、その技術もどんどん失われそうになってるってのが現状なんだ。だからよ。俺はドワーフの職人の魂がこもったような機能美で勝負できる最高の一振りを作って目にもの見せてやりてぇって思ってるんだ。それに、大量生産じゃできねぇ職人ならではの強みってのが、この国のモノづくりを支えてるってことも示してぇ。そう思ってるんだ」
「そうでしたか。なるほど。この国もモノづくりが危機にあるってことですね?」
「まぁ、言っちまえばそうだな」
「確かに話は分かります。でも、大量生産された安価な武器は軍が喜んで買うんじゃないですか? きっとそっちのほうが利点が大きいと判断されているんだと思いますよ?」
「そんなこたぁ言われなくてもわかってるよ! しかし、武器ってのは命を預けるもんだ。壊れたらとっかえひっかえすりゃいい軍と違って一般の冒険者はそうはいかねぇ。そういう一般の冒険者にまでそういう武器が出回って人気になってるってのが問題なんだ。俺はドワーフの武器を使ってたのに命を落としちまなんて無様なことは絶対にあって欲しくねぇ。それがドワーフの職人の意地ってやつなんだ」
そこまで言ってエドバンさんが厳しい顔で言葉を切る。
それにリズは少し圧倒されたような表情をしていた。
そこで、私がちょっと口を挟む。
「エドバンさんが考える零細の強みってのはなんだ? 単なる技術力だけか?」
そう言う私にエドバンさんは、少し睨みを効かせながら、
「小回りさ。うちら職人は使う人間の手に合ったものを作れる。ハサミだって包丁だってそうだ。使う人間の身になって小さなこだわりを積み重ねていくんだ。そんなこたぁ大手じゃ絶対に真似できねぇ。そこが俺らの強みってもんよ」
と言ってきた。
その真剣な表情にこちらも真剣な表情でうなずき、
「なるほど。事態は理解した。たしかに、この町の根幹にかかわる重要な問題のようだな。今回のその大会というやつの詳しいことはわからんが、その大会で意地を示すことがこの町の職人の勇気になることは間違いないだろう。それにもしかしたらそのグルワッツ商会も自分たちに足りないものや倫理にもとることをしていたかもしれないということに気付いて態度を改めるきっかけになってくれるかもしれん。一気に問題を解決するのは難しいかもしれんが、間違いなく、いい試金石になるはずだ。で、エドバンさんはその大会にどんな剣を出品しようとしてるんだ?」
と問いかける。
するとエドバンさんは少し困ったように微笑み、
「実用品部門の案はあるんだ。詳しくは言えねぇが、特殊な加工で切れ味の落ちにくい剣を考えてな。そっちはどうにか目途がたった。しかし、宝剣部門となると少し頭を悩ませてるところさ。しかし、そのエルダートレントの炭が手に入ったことで創作の幅が間違いなく広がった。それには感謝してるぜ」
と正直なところを語ってくれた。
「なるほどな。ところでエルダートレントの炭ってのは大手商会でも簡単に扱えるような素材なのか?」
「いや。本当の意味では扱いにくいはずだ。なにせ高火力なだけに制御がべらぼうに難しいからそれだけを使って鍛冶をやるならかなり熟練した技が必要だ。ただ、大手の商会からしてみたら、少量で大火力が出るから、結果的に燃料費の削減って効果が大きいんだよ。だからある程度の高値になるとしてもグルワッツ商会が買い占めちまうだろうと踏んだのさ」
「ほう。なら、この勝負勝ち目があるかもしれないな」
私がそう言ったところで、エドバンさんが目を見開く。
「なに。話は簡単だ。エルダートレントの炭が出す高火力を上手いこと制御することができれば、これまでになく硬さと靭性を兼ね備えた素材が作れる。それで剣を打てばエドバンさんの言う機能美ってのが追求できるんじゃないか?」
私は少しドヤ顔でそう言いエドバンさんの返事を待った。




