おっさんA、ドワーフの里を目指す03
トレントを倒しつつ森の奥に進んで行くうち、ふと妙な場所に出る。
そこは急に森が切れ、一面の荒野で無残に立ち枯れた木がまばらに生えているような場所だった。
鳥の声も、虫の羽音もない。
(なんだ、ここは?)
と思いつつ、足元を見る。
黒く焼け焦げた土、明らかに半分溶けた岩、不自然に均されたような地形に強い違和感を持つ。
私は瞬時にサーニャに視線を送った。
「まだ残ってたんだ……」
サーニャが悲しそうにつぶやき猫耳を少しだけ伏せる。
私は無意識に、
「何があった?」
と聞いてしまった。
(しまった!)
と思うが、出してしまった言葉は引っ込まない。
私はどうしたものかと思い、少し焦ったが、そんな私の気持ちを察したらしいサーニャが困ったような感じで苦笑いし、
「昔ね、ここで戦ったんだ。炎竜と……」
と言った。
その言葉のあまりの重さに絶句する。
リズとマイも驚いたように目を見開いていた。
私は何をどう言っていいのかわからずただ黙っていると、サーニャがどこかわざとらしく、ニカッと笑い、
「えへへ。昔はけっこう無茶な場所で戦わされてたんだよね」
と言った。
なにも言えずただ痛々しい顔をすることしかできない私たちに、サーニャが、
「ほら、あれだよ! 昔話なんだからさ。気にしないで! ああ、そうだ。エルダーでしょ? きっとこの中心にいるんじゃないかな? あれって魔力溜まりに生えやすいからさ」
とやや早口に声を掛けてくる。
私はそこで一瞬言葉に詰まりかけたが、少し息を整え、気を取り直すと、あえていつも通り微笑み、
「そうだな。さっさと倒してしまおうか」
と言った。
きっと私は上手く笑えていなかったんだろう。
サーニャがなんとも申し訳なさそうな感じで私に困ったような微笑みを向けてくる。
私はそんなサーニャに歩み寄ると、その肩に軽く手を置き、
「さっさと倒して次に向かおう」
と告げた。
(なんとも陳腐な励ましだ……)
自分でもわかっていたが、私の余裕を失った心がそんな陳腐な言葉を吐きださせる。
私はなんとも情けない思いをしつつも、
(ここで落ち込んでいいのは俺じゃないだろ!)
と思い、気を取り直してこの爆心地のような荒地の中央を目指していった。
やがて、視線の先に大きな木らしきものがあるのが見えてくる。
土の腐ったような匂いも強いから、確実に本命で間違いないだろう。
私は一度立ち止まってみんなを振り返ると、
「俺たちの仕事はマイを守って魔法の届く距離まで守りながら届けることだ。マイ。頼んだぞ」
と告げた。
「はい!」
マイが力強く返事をする。
「真ん中は任せて、横と後ろは任せるよ」
「了解」
リズの言葉にサーニャがうなずくとそこから私たちはエルダートレントに向かい堂々と近づいていった。
そしてそろそろ、エルダートレントの姿はっきりと見えてきたころ、
「来るよ!」
と叫びサーニャが大剣をかまえる。リズが一気に前に出て防御魔法を展開した。
ドドドドドッという音を立て、大きな根が襲い掛かってくる。
リズの防御魔法は一撃目をなんとか弾き返し、サーニャが少し前に出た。
バキッと音がしてエルダートレントの根がはじけ飛ぶ。
しかし、次の瞬間、サーニャの後からエルダートレントの根が迫ってきた。
(いかん!)
と思いなんとかその根を叩き落とす。
しかし、私はその衝撃をまともにくらい、軽く転がされてしまった。
「アレン、戻って!」
素早く私の前に出てきたリズが追撃を防いでくれる。
私はなんとか体勢を立て直すと、またマイを守れる位置についた。
サーニャが次々と根を打ち払い、リズがどんどん前に進んでいく。
私もなんとか根に応戦しながら、必死にマイを守った。
(……そろそろ私の体力が限界に近い)
そう思った時、またサーニャが無茶をして突っ込んでいく。
(ちっ!)
私は心の中で軽く舌打ちをしつつ、リズに、
「マイを頼む!」
と指示を出し、サーニャの後についた。
サーニャの後から襲い来る根の攻撃をなんとかしのぎ、
「無茶するなっ!」
とサーニャに向かって叫ぶ。
サーニャは一瞬ハッとしたような表情を見せ、私に襲い掛かってくるエルダートレントの根を斬り払ってくれた。
「ごめん!」
短く言ってサーニャがリズの護衛に戻っていく。
私もまたなんとか根の攻撃を避けながらマイの護衛に戻った。
じりじりとリズがエルダートレントとの距離を詰めていく。
私は徐々に上がる息をなんとか抑えつつ、必死で剣を振った。
「いきます!」
ようやくマイの声が聞こえる。
そして次の瞬間、大きな炎の塊がエルダートレントに向け飛んでいくと、そこで勝負がついた。
轟音を立て、青白く燃えるエルダートレントの火を見つめつつ肩で息をする。
見ればリズも私ほどではないが、少し息が上がっているようだ。
マイは恐ろしいほどの魔力をなんとか制御しエルダートレントの火が大きくなりすぎないように調整してくれていた。
サーニャは平然と、どこか達観したような表情でエルダートレントを見つめている。
その表情は一見悲しそうに見えたが、私は、
(きっと何かが吹っ切れたんだろうな)
と感じた。
十分ほどで、エルダートレントの火が落ち着く。
マイは相当疲れたのか、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「お疲れさん。大役ご苦労だったな」
と言う私にマイが、
「いえ。みんなのために戦えて嬉しかったです」
と笑顔を見せてくれる。
しかし、マイはすぐさまサーニャに目を向けると、
「私より、サーニャちゃんの方が大変そうでしたし……」
と言った。
そんな私たちの視線に気がついたのか、サーニャがこちらを振り返り、明らかな照れ隠しで、
「お腹空いちゃった。アレン、ご飯にして!」
と言ってくる。
私はなんとなくいつもの空気に戻ったのを嬉しく思いながら、
「ああ。オーク肉のカレーでいいか?」
と明るい声でそう返事をした。
やがて、西日が辺りを染め始めたころ、カレーが完成する。
「いただきます!」
といつも通り明るくそう言ってカレーを頬張るサーニャを見てほっとしながら、私もカレーを口に運んだ。
疲れた体に塩気と香辛料の辛さが沁み渡っていく。
(ああ、美味いなぁ……)
そうしみじみ感じていると、
「うふふ。カレー、美味しいですね」
とマイが笑いかけてきた。
「ああ。運動の後は余計に沁みるよ」
と冗談っぽく返す。
そんな私にリズが、
「アレン、なんかおっさん臭いよ?」
と言って笑い、サーニャも、
「あはは! そうだね!」
と言って笑った。
「そりゃそうだ。おれはまぎれもないおっさんだからな」
と笑いながら返す。
そんな私たちの笑顔の先には小さく一番星が輝いていた。
翌朝。
昨日までよりも明らかに軽い足取りで元の廃村に戻っていく。
ようやく森を抜け、また廃村のあの石積みの前を通りかかると、サーニャが、
「ちょっといいかな?」
と言って石積みの方にちょこちょこっと駆けていった。
サーニャがなにやら魔法鞄から取り出す。
それは古ぼけて少しへこみのあるスキットルのようだった。
「これ、返すね……」
そうつぶやいてサーニャがスキットルを石の上に置く。
その行為にどういう意味があるのかわからない。
しかし、私はそれがサーニャなりのけじめのつけ方なんだろうと思い、そっと目を細めて見守った。
ふと音のない廃村に当時の音が蘇ったような感覚を持つ。
(おっさんがなんともセンチメンタルなこった……)
と自分に苦笑いを送りつつ、私はいつもの笑顔で、
「お待たせ。いこっか!」
と言ってくるサーニャを微笑んで迎えた。




