おっさんA、ドワーフの里を目指す01
南の町での一件が落ち着き、このあとどうするかという話になる。
適当に入った居酒屋で、なんとなくその話をすると、リズが、
「もしよかったら一度ドワーフの里に戻りたいんだよね。だって、魔法鞄があるなら武器とか鍋釜とかの重たいものも持ち運べるでしょ? だったらドワーフが作った製品を遠くで売り捌けるから、けっこうな利益が出せると思うんだよね」
と言ったので、私も、
「それならけっこうな長旅になるし、途中で冒険の依頼を受けることもできるだろうから、ちょうどいいんじゃないか?」
とその話に乗って、マイとサーニャに視線を送った。
「いいと思いますよ」
「うん。さんせー」
二人がそう返事をよこしたところで次の目的地が決まる。
私たちは翌日の朝から市場で必要な物を買いそろえると、昼前には南の町を出た。
一路北に向かう。
ドワーフの里は北の山岳地帯の麓にあり、南の町からは結構な距離にあり、私は、
(二十日くらいはかかりそうだが、どうだろうか? まぁ、のんびり冒険をしながら行くとするとその倍くらいかかってもおかしくないな。その辺りはリズと相談しながら決めていけばいいか)
となんとなく先の行程を見積もりつつ進んでいった。
途中、香辛料を運ぶ隊商の簡単な護衛を二日ほどこなした以外は何事もなく順調に行程を重ねていく。
やがて、出発から十日ほど経ったところでサーニャが、
「あのさ。この先に近道があるんだけどどうする?」
と言ってきた。
「近道? ……地図には載ってないが?」
「ああ。もう使われなくなった旧道があるんだ。そこを使えばたぶん二日くらいは短縮できるんじゃないかな?」
「そうか。リズ。どうする?」
「うーん。それほど危険がないならいいんじゃないかな?」
「それは大丈夫だと思うよ。もちろん旧道だから魔獣の一匹や二匹は出ると思うけどさ」
「そっか。アレンはどう思う?」
「そうだな。この辺りでデカい魔獣が出るなんて話は聞いたことがないから、おそらく出ても小物だろう。だったらいいんじゃないか? 俺たちはまったく戦えないってわけじゃないし」
「そうだね。じゃあその道で行こうか」
「了解」
そんな軽い気持ちでサーニャの案に乗り、その後の道案内をサーニャに任せる。
「みなさん。絶対に置いていかないでくださいね? 地図に無い道ではぐれたら、私ぜったいに人里に戻れなくなる自信がありますんで」
マイがさらっと軽口を言うのに、みんなは笑っていたが、私は内心、
(そうだったな。マイを一人にするのは危険かもしれん)
と密かに思い少しだけ気を引き締めていた。
やがて、森の中のいかにも荒れた道に入っていく。
わずかに残る轍の跡が、過去にはそれなりに人通りがあったんだろうことを思わせていた。
そんな道を進むこと数時間。
そろそろ野営場所を探した方がいいだろうかというところでサーニャが、
「たしか近くに水場があったはずだよ」
と言って、森の中に入っていく。
私は、
(なるほど。確かにサーニャは過去にこの道を通ったことがあるらしいな)
と思い、少し安心しながらサーニャの後に続いていった。
やがて見つけた小さな泉のそばで野営にする。
大盛りのパスタを食べ、腹をさすっているサーニャに、
「サーニャはここを通ったことがあるんだな」
と何気なく聞くとサーニャはなぜか苦笑いを浮かべ、
「かなり昔の話だけどね」
と言った。
その少し苦々しい物を思い出すような口ぶりに、
(ああ、これはあまり突っ込まない方がいい話だな)
と思い、
「そうか」
とだけ答える。
私は静かにお茶を淹れ、いつものように気軽な感じでサーニャに渡した。
翌日も森の中を進む。
道は途中で草むらに覆われたが、迷わず進むサーニャの足取りの確かさに私たちはなんの不安もなくただついていった。
やがて、開けた場所に出る。
私はそこを一目見て、廃村だと悟った。
人工物の痕跡があるのに、なんの音もない。
低い石垣に囲まれた牧草地だったらしき場所や朽ちた水車小屋なんかが見える。
よく見れば家らしきものもあり、所々に人々の生活の跡が見て取れた。
「たぶんまだリンゴとかベリーの木が残ってると思うんだよね。休憩がてらちょっとつまんでいこうよ」
そう言ってサーニャが廃村の中に入っていく。
そこまでくると私たちの中には大きな違和感があったが、みんなサーニャの空気を察し、なにも言わずただついていった。
「あった、あった。やっぱりまだ残ってたんだね。今日はここでお昼にしようよ。デザートのベリー付きだよ」
そう言ってサーニャが昔は大きな家があったらしい一画に入っていく。
私はそこを見て、大きな衝撃を受けた。
屋敷はどう見ても焼け落ちている。
私は気になって周りを見たが、遠くにある建物もやはり同じように焼け落ちた跡があった。
(なんだこれは……)
そう思いつつ、サーニャを見る。
サーニャは何気なくベリーの木に近寄ると、誰にともなく、
「いただきます」
と小さくつぶやき、ベリーの実をひとつつまんだ。
マイとリズがこちらに視線を向けてくる。
私は迷ったが、小さく首を横に振って応えた。
(おそらく聞かないのが正解だ。サーニャが自分でなにか言うならとことん聞いてやろう)
私はそう考えたが、同時に、
(そうだ。私たちはまだそんなに踏み込んでいいほどの関係じゃない)
という悲しいような現実に気付く。
私はサーニャに近づき、
「美味そうだな」
と言ってたわわに実るベリーをひとつつまんだ。
「お昼はサンドイッチがいいな。ハムとチーズだけの素朴なやつ。お願いしていいかな?」
いつになくしおらしい感じでそう言ってくるサーニャに、
「ああ」
とだけ答え、さっそく料理に取り掛かる。
と言っても軽く炙ったパンにハムとチーズを挟んだだけで、昼食はあっという間にできあがった。
「できたぞ」
「ありがと」
なんとなく重たい雰囲気で食事が始まる。
みんな何かを聞きたいが聞けないという雰囲気の中、サーニャが、
「もう一度、この目でちゃんとここを見ておきたかったんだ。ごめんね。付き合わせて」
と言いほろ苦い笑みを浮かべる。
私はなんとなく苦い思い出があるんだろうと察し、
「いいさ。人は時に向き合うことも必要だ。気が済むまで見て回るといい。俺たちはそばにいるよ」
と声を掛ける。
そんな私にサーニャは一瞬驚いたような顔を見せたが、不意に可愛らしく微笑み、
「ありがと」
と言ってきた。
昼食が終わり、
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらってもいいかな?」
と照れたように言うサーニャに微笑んで返し、廃村の中をぶらつくサーニャについて行く。
よく見れば焼け落ちた家々はよほどの火災で燃えたのだろうことを思わせる激しい損傷具合で、所々レンガが溶け落ちている箇所さえ見られた。
(何があったんだろうか……)
少し不安に思いながら前を行くサーニャを見る。
するとサーニャは少し開けた所にある石積みの跡を見て、
「昔さ。ここに小さな泉があったんだよ。みんなの憩いの場所って感じだったんだ」
と寂しそうな目でそう言った。
「そうか。思い出の場所なんだな」
「うん」
たったそれだけで会話が途切れる。
私は今にも泣きそうなサーニャの肩に手を置くと、
「つらければつらいと言っていいんだぞ」
となるべく優しく語り掛けた。
マイが無言でサーニャに近寄る。
マイはただ、サーニャを抱きしめると、そこでサーニャの目から一筋の涙がこぼれた。
「優しいんだね」
私の横にきたリズがそう声を掛けてくる。
私は少してれながら、
「普通さ」
と短く答え、軽く頭を掻いた。
サーニャが落ち着き、適当に石積みに腰を下ろす。
サーニャはただ、石積みの石を撫で、
「ここね。私が守り切れなかった場所……」
とだけ言うと、そこで言葉を切った。
私たちもそれ以上はなにも聞かない。
リズとマイはサーニャの隣に座り、私はそんな三人をただただ見守っていた。




