おっさんA、海に行く04
「ほう。海辺の町に行かれたのですな。ええ。あの町の蚊の多さには辟易とさせられたことが何度もありますよ」
「そこで私たちは妙案を思いついたのです」
「なるほど。それはお聞きする価値がありそうな話ですな」
そんな話から始まり一気に商談になっていく。
リズはリネア村で薬液をしみ込ませた布を作っている話をした。
ついでに、私が長年薬草採りの経験を積んできたことを話し、発見は偶然だったことを話す。
その話にヒースさんはしっかりと耳を傾けてくれた。
そこからリズとヒースさんの商談が本格化する。
「なるほど。『カヤ』と言いましたか。その商品は面白そうですな。で、原価はどのくらいになるのです?」
「製造原価は現在のところ大銀貨五枚程度でしょう。仲卸を通さず直接販売すれば売値は小金貨一枚と大銀貨二、三枚になりますが、仲卸を通せば小金貨二枚くらいになりますね」
「それは高い。その値段だったら一般庶民は手を出さないでしょうな」
「それはあくまでも現段階での話です。生産が軌道に乗ればいくらか製造原価は下がるでしょう。ただそこで問題になるのは、リネア村では絹を原料に使っているということです。リネア村では他の繊維を生産していませんから、リネア村産の絹を使ったカヤは、それはこういう高級宿などに向けた高級品として販売することになるでしょう。それならば一定の需要は見込めると思いますよ。あとはリネア村から薬液を仕入れ、麻や綿の産地に卸せば、そこで庶民向けの商品を製造できるようになりますから、その後は一般にも広く普及させることができると考えておりますわ」
「なるほど。よくお考えになっておられる。で、その薬液の効果はどのくらいもつのですかな?」
と言われたところでリズが少し不安げな表情でこちらに視線を向ける。
私はゆっくりフォークとナイフを置くと、少しだけ悪い顔をしながら、
「長くて三年といったところですね。どうです? うま味のある話じゃありませんか?」
と言った。
「三年に一度買い替えなければならないなら、いくら値段を下げたところで庶民は敬遠するでしょう。それにそういう庶民の足元を見るような商売はお嫌いだったんじゃないですかな?」
「いえ。そういう事じゃありません。いいですか? 三年で切れるのは薬液の効果です。カヤ自体は無事なのですから、買い替えの時にそれを販売店に売値の三割ほどで買い取らせれば、実質的に値引き販売できます。そしてその回収したカヤは、生産現場に戻し、再利用してまた販売すればいいのです。つまり、最初の導入コストはかかるかもしれないが、市場が回りだせば生産コストも下がり定期的な買い替え需要もつかめて徐々に販路が広まっていくという商売だと言いたいのですよ」
「なるほど。蚊に困っているのはなにもあの町だけではない。となると一定の効果があれば徐々に販路は広がっていくということですな。それにその回収販売の案も悪くない。各地の行商人にも喜ばれるでしょう。おそらくですが、その薬液を製造できる地域というのが限られているのでは?」
「その通りです。栽培は簡単な植物ですが、気候風土の条件が合わないと育ちにくい。だから、これまであまり注目されてこなかったんですよ」
「なるほど。薬草採りの経験が長いアレンさんだからこそ見いだせたものということですな」
「おそらくは」
そうやって話が落ち着いたところで、ヒースさんが再びリズに目を向ける。
「で。この商売の種、いくらでお売りになるつもりですかな?」
ヒースさんはあくまでも柔和にそう言っているが目の奥は決して笑っていない。
私はその視線になんとも言えない凄みを感じつつリズの方に視線を向けた。
「ええ。聖銀貨十枚でいかがでしょう?」
リズがしれっと結構な額を提案する。
聖銀貨十枚といえば、町中に庭つきのちょっと豪華な家を四、五軒は建てられる金額だ。
「ははは。また思いっきりでましたな。私の見積もりでは四枚が関の山でしょう」
「それはお安すぎますわ。」
「なるほど。では五枚でどうでしょう?」
「わかりました六枚でいかがですか? それ以下はご勘弁ください」
「ふふふ。ええ。ではそこで手を打ちましょうか」
そう言ってヒースさんがいったん立ち上がる。
リズも立ち上がってお互いが歩み寄ると、そこで商談がまとまった。
そこからは打ち解けて話をしながら食事を進めていく。
どうやら例の仲卸騒動はまだ尾を引いているようだ。
やはり一部の仲卸が反発してきたらしい。
しかし、グランツ商会のフェルドさんを中心に取引停止などの圧力をかけ、なんとか鎮圧に乗り出しているのだそうだ。
「おかげ様で、この町にいつの間にかできていた大きな捩じれが収まりつつありますよ。本当にありがたいことです」
「いえ。私たちも口幅ったいことを申しました。しかし、みんなが幸せになる結末でよかったと思っております」
最後はそんな結論で話を締めくくる。
その後、計画の詳細を記した書面を作ってきてくれれば即代金を支払うという話になり、私たちはその場を辞した。
「ぬはぁ……」
宿を出た瞬間、盛大にため息を吐き、全身の力を抜くリズに、
「お疲れ」
と声を掛ける。
「いや、ほんと疲れたよ」
と言うリズの表情はぐったりしつつもどこか満足げなように見えた。
「さっそくだけどさ、打ち上げしない? パッといこうよ!」
そう言うサーニャにリズが、
「いいわね。今日は小金貨五枚くらい使ってもいいんじゃない?」
と答え、こちらに視線を向けてくる。
「そうだな。そうしよう」
私が苦笑いでそう言うと、三人が同時に、
「「「やった!」」」
と声を上げた。
笑顔で町の雑踏を歩いていく。
その足取りはどこまでも軽く楽しげに石畳を叩いていた。
三日ほどかけリズと一緒に事業計画書を作り、それをヒースさんの所に持ち込む。
その時リネア村で作ってもらった試作品も一緒に渡した。
「リズさん。アレンさん。あなた方とはまたどこぞで会いそうな気がします。その時はまたいい商売の話をしましょう」
そう言ってくれるヒースさんと握手を交わし、お互いのこれからの健闘を祈り合う。
そして私とリズは聖銀貨六枚という大金を手に、リッツ商会を後にした。
サーニャとマイが待つ宿に向かいながら、リズに、
「さて。三割引いても聖銀貨四枚ちょっと残るな。これからどうする?」
と何気なく話を切り出す。
リズはなんとなく「ふっ」と笑い、
「なんかさ。アレンたちといるともっと面白いことが起きそうな予感がするんだよね。だから、もう少し一緒に行動させてよ。お金は腐らないし、私の人生はまだまだ長いからね」
と言いいつものニカッとした笑顔を向けてきた。
「そっか。これからもよろしくな」
「うん。こちらこそ!」
明るい笑顔で握手を求めてくるリズと軽く握手を交わす。
「あー。落ち着いたらお腹空いてきちゃった。ねぇ、今日はなに食べよっか?」
「そうだな。ここ最近事業計画書作りで宿にこもって弁当ばっかりだったから、出来立ての温かいものが食いたい。ちょっと奮発してステーキなんてどうだ?」
「いいね! サーニャが喜びそう」
「ああ。マイもなんだかんだで肉が好きだからきっと賛成してくれるぞ」
「そうだね。じゃあ、美味しそうなお店を探しながら帰ろうよ」
「了解だ」
最後は笑顔でそう言って私たちは意気揚々と美味しそうな店を探し始めた。




