おっさんA、商売をする05
「なんですかな?」
「いや。うちの実家も小商いをしておりましてね。それなので、なんとなく商売についてはガキのころから身につまされているんですよ。なので、その感覚から申し上げますが、今回動くことによってこの町の大商会は大いに利益を得られるんじゃないですか?」
「と言いますと?」
「ええ。理屈は簡単です。この商売の大元になっているのはリネア村をはじめとした各村の絹織り物の生産だということは当然ご理解いただいておりますよね?」
「ええ。もちろんですとも」
「であれば、その生産者の努力が結果として新製品の開発や製品の質の向上、産業構造の効率化を成し遂げ、生産性が上がると、自然と市場も潤うということにお気づきになりませんか? 要するに、村が儲かれば、町も儲かるって話です」
「……それはそうですな」
「そこで問題になるのは仲卸の暴利体質です。この商売を支えている生産者を支援することによって、生産性の向上による原価の押し下げを行っても、そこに暴利をむさぼる連中が介在しているのであれば、市場は上手く機能しません。ということは、結果的に市場が成長しないということになってしまいます」
「それは……」
「ついでに言えば、大商会としてのメンツの問題もあるんじゃないですか?」
「と言うと?」
「ええ。今の状況は裏で仲卸に価格を握られている状態です。そんな状態でしかも市場拡大の好機を逃し市場が停滞する危険をはらんでいるとなると、放置するのは得策だと思えませんが。いかがですかな?」
「……それは……」
フェルドさんが言葉に詰まったところで、リッツ商会ヒースと紹介された一目で格が違うとわかる老紳士風の人物が初めて口を開く。
「フェルド殿。完全に負けでしょう。この方の言うことは正しい。たしかに仲卸に好き勝手やられている現状はまずい。それは私たち大商会の誇りを傷つける問題ですよ。ここはひとつ組合の代表としてそれなりの鉈を振るいなされ」
そう言われてフェルドさんがやや焦ったような表情を見せる。
「いや、しかし、そうすることで、私たちにも損害が……」
と言ったところで、またヒースさんが口を挟んだ。
「坊ちゃん。いい加減大人におなりなさいな。大商会の会長たるものもっとおおらかで大局的なものの見方をする必要がありますよ。いいですか? 一時的に仲卸の反発を買ったところでなんです? こちらの屋台骨はそんなことで揺るぐほど細いものですかな?」
「い、いえ……」
「だったらここは大鉈を振るいなされ。なに。いざとなったらケツはうちがもちますよ」
「い、いいのですか?」
「ええ。うちの屋台骨はしっかりしていますからね。なに。仲卸が何か言ってきたら、新しくやる気のある商会を引っ張り上げて新しい仲卸にすればいいだけのことです。それでこの町の大商会としてのメンツが保たれ、周辺の村の産業が大いに発展するなら喜ばしいことじゃないです。そこ数年の損害なんてあとからいくらでも取り返しがつくでしょうよ」
「わかりました。ヒースさんがそうおっしゃるなら」
「ええ。良く決断されましたね」
「あはは……。まったく、ヒースさんにはかないませんなぁ」
「ふっふっふ。私に勝とうなんざ、十年早いですよ」
そんな話であちらがまとまったような雰囲気を見せたので、
「それでは、もう一度リズと今後の話をしてやってください」
と言ってヒースさんに微笑みかける。
するとヒースさんはニッコリと表情ながらも鋭い視線で私を見つめ、
「ほっほっほ。たいした御仁ですな」
と言ってきた。
それからは具体的な話になる。
各村からの買い取りは一反大銀貨二枚前後が望ましいだろうというところに落ち着き、仲卸の卸値を現状のままで抑え込むよう圧力をかけるという話になった。
「しかし、そう上手くいきますかねぇ」
とまだ心配そうなフェルドさんに、ヒースさんがひと言、
「それをやってのけるのが大商会の会長の仕事でしょう」
とぴしゃり言う。
フェルドさんは困ったような笑顔を浮かべ、
「いざとなったらよろしくお願いしますよ?」
とヒースさんに返し、ヒースさんも、
「ええ。任せておきなさい」
とそれを受け入れてくれたようだった。
「さて。絹織物二百反でしたな。明日にでも、倉庫に卸しにきておいてください。係の者には指示を出しておきますから」
と言ってくれるフェルドさんにお礼を言い、握手を交わして店を辞する。
店を出た瞬間、リズが、
「ぬっはぁ……」
と盛大にため息を吐いた。
「助かったよ、アレン」
というリズの肩に手を置き、
「頑張ったな」
と褒める。
「いやぁ、正論だけじゃ通じないってこともあるんだね。勉強になったよ」
と言うリズに、
「なに。リズが正論を言ってくれたから、こっちも発言しやすかったんだ。お互い様だよ」
と言って微笑みかけるとそれにリズもニコリと微笑み返し、私たちは握手を交わした。
「ねぇ。今日はお祝いってことでいいの?」
とサーニャが聞いてくる。
「ああ。そうだな。また小金貨四枚までの範囲で贅沢をしよう」
私がそう言うと、サーニャが、
「もうひと声!」
と言ってきた。
「だめよ、サーニャ。サーニャの場合どうせどれだけ飲んでも足りないんだから、それくらいがちょうどいい金額よ」
と珍しくリズが場を締める。
「そんなぁ。リズのけちんぼ!」
「ふふふ。それ商人には褒め言葉だから」
「あはは。サーニャ一本とられたね」
マイがそう言って笑うと、サーニャが「むぅ」とわざとらしくむくれてみせた。
「はっはっは。その代わりと言っちゃなんだが、明日納品が終わったら、しばらくはのんびり観光でもしよう。せっかくだし、このまま川をくだって海まで出かけてみないか? たしか二日あれば着くと言っていたからな」
「やった! 海鮮食べ放題だ!」
「いや。誰も食べ放題とは言ってないからね?」
「えー。またリズがけちんぼなこと言うよ、マイ」
「うふふ。でも海楽しみですね。いったいどんな所なのかしら?」
「とにかく見える範囲は全部水だな。湖と違って波もあるし、けっこう壮大な景色だぞ」
「そうなんですね。私一度でいいから海の水を舐めてみたいと思ってたんですよ?」
「そうなのか? かなりしょっぱくて美味しいものじゃないぞ?」
「ええ。でも、それを体験してみたいんですの」
「そうか。じゃあ、海に行く前に炭をたくさん買い足していこう。そしたら浜辺で海を見ながら海鮮焼きが食べられるだろ?」
「それ最高!」
「うん。アレン天才だね」
「おいおい。それは褒めすぎだ」
「うふふ。今から楽しみですわ」
「よっしゃ。今日は海にいく前祝いだから派手にいこうね!」
「ええ。小金貨四枚以内でね」
そんな楽しい会話をしながら、夕暮れの町を歩いていく。
私はそんなみんなの楽しそうな姿を見て、なんとなく心が落ち着くのを感じた。




