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終世の犬  作者: 露隠とかず


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第9話 四時四十四分鏡の怪

 夏休みを迎えて一週間も経った頃、犬童から四人に召集がかかった。

 夏の日差しはジリジリと肌を焼く。筑紫は改めて作った芋ようかんと、冷えた緑茶をクーラーボックスに入れて学園に向かった。


「やあ、暑い中集まってくれてありがとう。ここは冷房効いてるから」

 今回集合したのは学食だった。夏休みのため部活などで登校する生徒もまばらで、五人は窓際のテーブルに座る。

 学食自体営業していないため、弁当を持ち寄った生徒が数人話に花を咲かせている。


「僕が会議が終わった後、現国の先生から聞いたんだけどね」

 筑紫から受け取ったお茶を紙コップに注ぎながら、犬童は静かに話し始めた。


 ――曰く。

 四時四十四分に学園のどこかにある呪われた鏡の前に立つと、その鏡に閉じ込められる。


「…四時四十四分ってわざわざ測ったのぉ?それに午後か午前かどっちぃ?」

「呪われた鏡って意味不明ー!神様がここにいるのにー?」

「まあ、怪談なんてそんなもんでしょ」

 隼人と豊国の怪訝そうな表情に、健は苦笑を浮かべる。


「鏡はたくさんあるけど、姿見から探そうか。閉じ込められる云々で、小さい鏡とは考えづらいしね」

「すみません、軍毅殿」

 芋ようかんを黒文字楊枝で切り分けつつ、筑紫は少し緊張した面持ちで犬童に呼びかけた。


「どうしたの筑紫くん?」

「今回の探索なんですが、優先したい場所がありまして」

 筑紫は犬童から貰った見取り図をテーブルに置いた。怪異がこれまで出た場所に印がついているそれを見て、犬童の顔が一瞬強張る。


「…怪異発生場所チェックしてたんだ。マメだね筑紫くん」

「ええ、備忘録として念の為に。ここの一階から確認していきませんか?」

 筑紫が指差したのは生徒教室棟の一番奥で、渡り廊下の入口がある場所だった。確かにそこは各階に姿見が設置されている。

 迷わずその位置を選んだ筑紫に、犬童は青い目を見開いたがすぐにニコリと笑う。


「いいよ。最終的には全部確認しなきゃだし、筑紫くんの案で行こうか」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると、筑紫は見取り図を畳んで鞄に戻す。犬童はそれを確認すると、改めて四人の顔を見た。


「じゃ、また金曜日によろしくね!今回は時間があるから四時二十分くらいに、四階の渡り廊下の入り口で待ち合わせようか」

「分かりましたぁ。当たるといいねぇ」

「そうだな…ああ、当たるはずだ」

 最後は小さな声で呟いた筑紫の様子に、隼人は目を薄ら開いたが何も言わなかった。


「今日は筑紫くんが芋ようかん作ってきてくれたんだ!みんなで食べよう」

「今日は自信作なのでぜひ」

 筑紫は他にも何か言いたげに口を開きかけたが、ぐっと唇を引き結ぶ。尋ねるのは今ではないと言葉を飲み込む事にした。

 芋ようかんは好評で、筑紫はまた作ってくることを約束する。



 金曜日の夕方、まだ明るい時間に四人は渡り廊下の入り口へ集まった。

 隼人はスマホの時計でちょうど四時二十分を回ったのを確認すると、近くの階段に腰掛ける。渡り廊下の窓から僅かに西陽が入り始めていた。

 人払いをしているため、学園はしんと静まり返っている。


「あと二十分だねぇ。ここで出なかったらまた明日にでも確認しますぅ?」

「そうだね。まずは全階夕方の四時四十四分で確認して、ダメそうなら早朝…かな」

「うわー今回の面倒過ぎないー?筑紫っちの予想当たるといいなー」

 唇を尖らせながら豊国はボヤいた。夏休みとは言えさすがに早朝は避けたい。筑紫と健は姿見の様子を見ていた。鏡の隅には遥か昔の卒業生が寄贈したと記載されている。


「今のところ普通の鏡だねえ。こうして並ぶと筑紫ホントに大きくなったね、昔はあんなに小さくて可愛かったのに」

「十六歳になる男に可愛いも何もないでしょ健さん。身長こそ抜けたけど、敵わない事ばかりだなあ」

「…兄マウント苛つくねぇ。オレの方が筑紫の事よく知ってるしぃ?」

「お前は何と戦っているんだ…」

 鏡に映る筑紫を見ながらしみじみ話す健に、不機嫌さを隠しもせず隼人は噛み付く。呆れた声を上げる筑紫までがセットで、豊国と犬童は苦笑した。


「確かにー健っち頼れる兄貴って感じだけどー筑紫っち、隼人っちのこと大好きだよー?」

「えっそうなの?!言われた事ないんだけどぉ!?!」

「普通にしていれば、頼れる幼馴染だと思ってるぞ俺は」

 筑紫にあっけらかんと言われて、隼人は両手で顔を覆いながら天を仰いだ。心なしかぷるぷる震えている。


「筑紫がオレを好き…頼りになる…」

「……隼人くん、あと五分くらいで正気に戻ってね」

 隼人の気持ちも分からなくはない犬童は、呆れつつも一先ずそのままにする事にした。

 ポケットからガラケーを取り出し確認すると、時刻は四時三十分を表示している。


「令和の今ならいつでも秒単位で時刻が分かるけど、昔は漏刻(ろうこく)か太鼓の音で判断しててそこまで細かくなかったからね。当たってたらもう動き出すかも」

「…軍毅殿、俺の予想は当たったみたいです」

 鏡を見ていた筑紫が静かに告げる。全員で鏡を見ると、筑紫や健の姿は映っていなかった。

 代わりに巨大な爪で抉り返されたように木々が倒れ、岩が転がる荒れた大地と、今に大雨が降り出しそうなどんよりと淀んだ空が映し出されていた。

 その光景に犬童と隼人は思わず顔を顰める。他の三人には分かるはずもないが、この景色は犬童が産土神と戦い神になった時と酷似している。


「…悪趣味だね。わざわざ見せなくても忘れられないのに」

「はぁ〜…今回の怪異は相当知性高そうですねぇ。取り乱さないでくださいよぉ軍毅殿」

 ちらりと犬童を見ながら、隼人は嫌な予感に目を薄ら開く。既に殺気立っている犬童だったが、その視線に苦笑を浮かべた。


「大丈夫って言いたいけど、もし何かあったら隼人くんが引っ叩いてでも止めてくれるでしょ?」

「嬉しくない信頼をどうもぉ。ま、頑張ってみますよぉ」

「では今回は俺が奏上しますね」

 全員が武具を出した事を確認すると、健は一歩前に出て柏手を打った。


「掛けまくも畏き《犬童の神》 畏み畏み白す」

「はい、どうぞ」

 犬童は結った白髪を直しつつ、健の言葉を待つ。しん、と空気が張り詰める。


「穢れは在らじと 魑魅魍魎を祓え給い清め給えと白す事を 聞こし食せと畏み畏み白す」

「……良いですよ。君の願いはしかと聞き遂げました」

 犬童は全員が目を瞑った事を確認し、柏手を一つ打った。途端に場が切り替わるが、そこはいつもの青空ではなく、鏡に映っていた荒れ果てた大地だった。


「…クソ、記憶が引っ張られるな…《産土神》犬童の名に於いて穢れを祓う。防人達は怪異の足止めを!」

「承知いたしました!」

 犬童は狩衣に変装しつつの袖口から大刀を取り出し、大地に突き立てる。大刀を中心に真っ白な光が湧き上がり、大地に五芒星を描いていく。

 最早見慣れた光景だったが、空がどんより淀んでいるため、いつもより神々しく見えた。

 衣服を纏い完全に人間を模した怪異が、落ち窪んだ眼窩から赤い眼を光らせ犬童たちを睨め付ける。


「…これまでの奴と雰囲気が違うねぇ。最後に近づいてきたってことぉ?」

「そうかもな。気を引き締めるぞ」

『クカカカ!人の子風情が仔犬のように吼えよるわ』

 筑紫と隼人のやり取りを見て、怪異が背筋の凍るような声を発した。明らかに知性があり、言葉を理解していてもなお、理解し合う事はできない異質さに怖気が走る。


『犬童、貴様のような紛い物が、神を名乗るなど笑止千万。ここで討ち滅ぼし縄瀬の神へ供物としてくれる』

「メッチャ流暢に喋るじゃんー調子に乗ってんじゃねえぞ」

 豊国はギロリと怪異を睨むと、剛弓を引き絞り放った。だが矢は怪異より手前で突如発生した黒い靄を纏う強風に煽られ、力無く地面に落ちてしまう。豊国の口から思わず舌打ちが漏れる。


「チッ風使うのー?!相性悪過ぎ…みんな頼むねー!」

「任せろ!できるだけ後ろに下がれ!」

 これまでは豊国の矢で動きを止める事が多かったため、大幅な戦力ダウンとなってしまい、筑紫たちは歯を食いしばる。


『これまでの奴等と我を同じと思うなよ。我は縄瀬の神の眷属。貴様の加護など捩じ伏せてくれる!』

「アレの眷属か。道理で姿が視えるはずだね。眷属如きが僕に敵うとでも?」

 目を眇めて嘲る眷属を名乗る怪異に、犬童は心底不快そうに吐き捨てた。

 怪異は耳まで裂けた口を更に吊り上げて笑うと、再び黒い強風を起こした。犬童にとってはそよ風と等しいが、防人たちはそうはいかず、吹き飛ばされないよう膝をついた。


『貴様は問題なくとも、防人どもはどうかなあ?』

 にたりと笑いながら手をかざすと、目に見えない風の塊が防人を襲う。咄嗟に豊国たちを庇うように前に出た筑紫は、もろに風を喰らいよろめいた。


「ぐ、ゴホッ」

「筑紫くん大丈夫!?」

「だ、大丈夫ですっ!ちょっといいの貰ってしまいましたが」

 風による攻撃は、お守りのピアスでは防ぎきることができなかった。両腕を交差させて防御した筑紫だったが、何度も飛んでくる風に腹を穿たれ軽く咽せた。

 日々の修練で鍛え上げられた腹筋も、さすがに少し痛む。


「軍毅殿!?」

「筑紫!ダメだ離れろ!!」

「…傷つけた。赦さない…!」

 犬童は歯を剥くと一気に怪異に距離を詰めた。移動の風圧で筑紫が煽られ、倒れかけた体を隼人が慌てて支える。


「赦さない…お前ら神の眷属は、神の事は絶対に赦さない…!」

『ギァアアア!?い、犬童貴様ぁ!!』

 近づいた瞬間犬童の怒気が、怪異の体を鎌鼬のような鋭い風で切り刻んだ。黒い靄が切られた体から吹き出し、怪異は怨嗟の声を上げる。

 反撃に放たれた黒い風も犬童が指先で弾くと、黒い靄もろとも一瞬で掻き消されてしまった。圧倒的な力の差に怪異は引き攣った悲鳴を上げる。


「悔いながら焼滅するがいい。いや悔いる必要もない。無為に消えろ」

「軍毅殿!落ち着いてください、俺は大丈夫です!」

「筑紫危ないよぉ、あいつお前の声も聞こえてないよぉ!!」

 隼人は犬童に近づこうとした筑紫の服を掴み、慌てて引き留める。次の瞬間ぶわりと黒い瘴気が犬童を中心に立ち上った。

 身動きが取れなくなった怪異の首を両手で掴む。あまりの力に頸骨がごぎりと鈍い音を立てへし折れた。口から黒い泡を吹きながら怪異は絶命し、自重で頭が後ろへと垂れ下がった。


「うわっ、えぐぅ…」

「ぐ、軍毅殿…」

 隼人たちの言葉も聞こえていないのか、犬童は怪異の首から両手を離さなかった。

 流石に見かねて隼人はゆっくり犬童に近づく。


「軍毅殿ぉもうソレ事切れてますよぉ?」

「赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない」

 隼人は努めて明るく告げたが、犬童は動かなくなった怪異から視線を逸らさず、同じ言葉を繰り返す。

 ぴくりと隼人のこめかみに青筋が浮いた。


「…軍毅殿ぉ?聞いてますぅ?」

「赦さない赦さない赦さない赦さない」

「……軍毅殿ぉ?」

 怒気を孕んだ声が低く響く。隼人の声が剣呑な気配に変わっていくことすら、犬童は気付かない。


「赦さない赦さない赦さない」

「………このオレを無視するとはいい度胸だなァ!!」

 遂にブチ切れた隼人は糸目を有らん限りに開くと、犬童の胸倉を掴み、思い切りその頬を張った。乾いた音が響いて、渦を巻いていた黒い靄が霧散する。


「ホントに引っ叩いちゃった…隼人っちすご…」

「う、うぅ…え、何、が…」

 赤くなりかけていた瞳が、じわじわと青く戻っていく。まだ怪異の首を掴んだままだった犬童の両手を、隼人は強引に引き剥がした。頚骨を圧し折られてあらぬ方向を向いていた頭が、衝撃で引き千切れて地面に落ちた。


「何だこれは。いつの間に、己れは」

 怪異の首の断面から黒とも赤ともつかない色の体液が溢れ、地面を禍々しく染めていく。

 状況把握もできず、それを狼狽えながら見つめる犬童の様に、隼人は掴んだ胸倉を引き寄せて大声で怒鳴った。


「クソ戯けが!目を覚まさんか!!!」

「あ、っいさ…隼人くん?」

「チッ…目を覚ましたんなら、とっとと終わらせてくださいよぉ」

「う、うん。後で何が起こったか教えてね」

 犬童は青い目を丸くして隼人の剣幕に驚いていたが、足元を指差されて慌ててそこに落ちていた白い髪の束を拾い上げる。


「ああ、気が進まないなこればっかりは」

「え、え!?」

 犬童はボヤきながら髪の束を口に放り込むと、一気にごくりと飲み込んだ。突然の行動に四人が目を丸くする。

 次の瞬間、犬童はぱかりと口を開くと炎を吐き出した。炎はすぐに収まり、犬童は不快そうに目を眇めながら灰を吐き出す。


「ぺっ、ぺっ!ああー口の中気持ち悪い。これでお終い!ごめんねみんな、また迷惑かけて」

「だ、大丈夫ですか?火傷してないですか!?」

「うん、大丈夫。ちょっと砂っぽいだけ」

 口元を手で拭いながら、犬童は苦笑を浮かべる。筑紫はほっと息を吐くも、思わず近寄ってまじまじと犬童の口元を凝視する。

 少し頬を赤く染めながら、犬童は顔を隠すように背けた。


「大丈夫、大丈夫だから!」

「筑紫ぃ、心配なのは分かるけどぉ近い近い」

「あ、す、すみません」

 筑紫は無意識に腰を屈めて至近距離で犬堂の顔を覗き込んでいた。犬童の隣に立っていた隼人は呆れたように溜息を吐く。

 問題ないと頭で分かっていても、気持ちがどうしてもついていかない。筑紫は犬童のことを神だと理解しているが、その容姿や日々の言動でどうしても人間と同じように扱い心配してしまうのだ。

 そしてコミュ障故に人との距離感が狂いがちなのだった。(スキンシップ過剰な隼人のせいでもある)


「ううん、心配してくれてありがとう。じゃ、場を戻すから目を瞑ってね」

 困りつつも嬉しそうに告げると、柏手を一つ打ち場を元の廊下に戻した。

 通常の姿見に戻った鏡には、筑紫たちの姿しか写っていない。廊下には既に夜の帳が下りていた。


「鬱陶しい奴でしたねぇ。力だけでゴリ押してくる方がまだマシだよねぇ」

「本当にね…嫌な奴だったな」

 鼻を鳴らしながら二人は心底面倒そうに吐き捨てた。

 武具をしまう四人に犬童は改めて話しかける。


「最後の怪談発生場所は分かっているから、来月の豊饒祭が終わったら仕上げと行こうか」

「もう噂を掴んでいるんですか?なら何故来月に…」

 思いがけない犬童の言葉に、筑紫は驚いて思わず声を上げる。隼人もピクリと肩を揺らした。

 二人の反応に、犬童は少し困ったように笑った。


「どうしても豊饒祭の後にしなきゃいけなくてね。これに関しては大丈夫だから。ひと月ぐらい防人はお休みね」

「…分かりました」

 釈然としない筑紫だったが、話を一方的に切られてしまってはこれ以上尋ねられない。


 だが残念なことに筑紫の予想は当たってしまったのだ。

 最後の任務の際、確認しなければと筑紫は決意を新たにした。

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