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終世の犬  作者: 露隠とかず


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第8話 期末試験

 教師の魂を解放した日から、二週間ほど時間が過ぎた。

 今日は土曜日だったが、早朝から筑紫の家に隼人がいた。否、金曜日の夜から泊まっている。

 筑紫は広いテーブルの上に教科書とノートを広げ唸り声を上げている。隼人は自分のノートを開きつつ筑紫に手渡した。

 普段のちゃらんぽらんな様子とは相反して、隼人のノートは要点や分かりにくいポイントなどが、シンプルにまとめられており読みやすい。


「この公式はねぇ、これを当てはめると解きやすいよぉ」

「…この学園のレベルはどうなっているんだ…お前ずっと首席とか嘘だろ」

 筑紫は決して頭が悪いわけではないが、流石に全国レベルの学校に易易とついていけるほど秀才でもない。

 結果、期末試験間近の今、一旦怪異退治を止めねばならないほどには追い詰められていた。

 スキンシップが多い隼人に頼み込んで週末家に泊りがけで来てもらい、教えを請うほどには。


「あはは、ホントだよぉ。いみじうおもしろきぃ」

「うぐぐぐ…」

 入試から筑紫がまだいなかった中間試験、日々の小テストなど、どれをとっても隼人は常にほぼ満点を叩き出している。

 普段の言動はさて置き、こいつは昔から賢い奴だったと筑紫は隼人を見やる。


「ダメだ。頭が煮詰まって何も入らなくなってきた。隼人、一旦休憩にしてもいいか?甘いもん作ってくる」

「おっけー!休憩大事だよぉ。オレも一緒に作るぅ」

 朝からずっと机に齧り付いていた筑紫は、ぐっと背を伸ばした。固まっていた筋肉を軽く解し立ち上がると、隼人もそれに続く。

 長い廊下を進み、台所に着くと何があったかと筑紫は食料庫の中を探る。


「甘いもの、甘いもの…そうださつまいもが大量にあるんだった。よし、芋ようかん作るぞ」

「あ、結構前に東都のお土産であげたやつぅ?作るぐらいハマってくれて嬉しいよぉ」

「まだまだ試行錯誤中だけどな。シンプルで奥深いぞ芋ようかん」

 大量のさつまいもを適当な大きさで輪切りする。皮を剥き一旦水に晒してアクを抜くと、それを大きな鍋で一気に茹でていく。

 茹で上がるのをしばらく待ちながら、きび砂糖を計りつつボウルとザルを準備する。隼人は濡らしたタオルをボウルの下に差し込んだ。


「そう言えばぁ、白日別サンの日記今も解読中なのぉ?」

「ああ、先週まではやってたぞ」

 隼人から教えてもらった古書の読み方は、教え方がわかりやすかったため少しずつ読み進めていたが、今はさすがに中断している。


「少しだが分かったことがある。軍毅殿…犬童先生は軍毅じゃない。防人だったんだ。軍毅だったのは白日別の方だ」

 茹で上がったさつまいもをザルに開けながら、筑紫は何とも言えない表情を浮かべる。


「…へぇ?そうなんだ。何でまた犬童サンが軍毅ってことになってんのかねぇ?」

「分からん。分かったのは軍毅殿が白日別に拾われた孤児だった、と言う事だ」

 真剣な表情でまだ熱いさつまいもを入れたボウルに砂糖を入れて、木べらで押しつぶしていく。砂糖と混ざったところでザルを使い木べらで丁寧に裏ごししながら、筑紫は眉間の皺を深めた。


 軍毅になってから本格的に文字を学んだのだとすると、書類に苦労した話も頷ける。

 小柄なのも食事が碌に出来ない孤児だったためなのだろう。試験が終わったらまた食事を作っていこうと、筑紫は静かに決意した。


「あと軍毅殿が元服を迎えた事を喜ぶ話があった。存外、今の俺たちと変わらない歳なのかもしれないな」

「…そうなんだぁ。だとしたら神サマになったのも、かなり若い頃なのかもねぇ」

 史実の全てを知りながら、それを話すつもりはない隼人は当時を思い返しつつも、努めて無表情に徹する。

 白日別の日記が見つかってしまった時点で、全てが(つまび)らかになるのは時間の問題だったが、自分の口から告げるのは違う気がしていた。


 特に犬童が神になった経緯は、白日別は当然のことながら、隼人や当時の大人たちにとっても悪夢でしかなかった。

 あの日の後悔を決して悟られないように、隼人は注意深く言葉を選ぶ。


「色々な事があったんだろうねぇ。まあ試験近いし解読はゆっくり…」

「そう言えば渠帥者という熊襲の頭領が、白日別の盟友だったんだそうだ。白日別が軍毅になる前から頼りにしていたが、口の悪さが犬童さんに移るのを気にしていた」

「ンフッ!そ、そうなんだぁ?」

 唐突に昔の名を出されて、隼人は吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。

 盟友と思っていたのが自分だけではなかったことに喜びを感じつつ、犬童の口の悪さは己のせいだったかと苦笑する。

 筑紫は隼人の様子に気づく事なく、裏漉しが終わったさつまいもを木箱に詰め、上から別の板で押し込んでいた。みっちり詰めた後は、しばらく冷やして完成になる。


「よし、食べられるのは夕餉の後だな。入りきらなかった分は、このまま食べるか」

「そうくると思って生クリーム作っといたからぁ、コーヒー淹れて食べよっかぁ」

「準備がいいな。食べたら再開するか…」

 自身に言い聞かせるように低音で唸る筑紫に苦笑しつつ、隼人はドリップコーヒーの封を切った。



 数日続く試験の間も隼人は筑紫に付き合い、筑紫も頭を抱えつつ何とか日程をこなしていった。

 最後の試験後、試験用紙を提出した後も筑紫は机に突っ伏したまま動かなかった。ここしばらくフルで頭を使い過ぎて、いい加減煙を吹きそうだった。


「お疲れぇ筑紫!どうだったぁ?」

「ああ、やっと終わったな…」

 机に突っ伏した筑紫の肩をばしばし叩きながら、隼人は労いつつ尋ねた。

 筑紫にしては珍しく、のろのろと顔をあげると、疲れ切った表情なものの、ふにゃりと笑みを浮かべた。


「お陰で大方解くことができた…ありがとう隼人」

「んんっどういたしましてぇ!」

 滅多に見せない満面の笑みで礼を告げられ、隼人は胸を強く掴んで悶える。強烈なファンサに息も絶え絶えだ。

 首席を取り続ける自分の頭脳に、心の底から感謝する。


「ようやっと防人の任務が再開できるな。軍毅殿に報告しないと」

「そうだねぇ。まぁ来週テスト返ってきたらすぐ夏休みだから、多分そこに合わせてってなりそうだねぇ」

 隼人の言葉に頷くと、二人は社会科準備室へと歩を向けた。道中試験の内容を話しながら。


 試験が終わったためか、防人全員が社会科準備室に集まっていた。

 筑紫の手土産はないが、犬童が他の教員に貰った(お供えされた)おはぎを出し、いつものように歓談が始まる。


「試験お疲れ様!みんな頑張ったね」

 一人ずつ労いながら犬童は微笑む。特に防人の任務のためにレベルの高い都督府学園に編入してきた筑紫が、人一倍苦労していた事を知っているので、筑紫のおはぎは一つ多い。


「隼人にかなり頼ってしまいましたが…次の試験はもう少し余裕を持って臨みたいです」

「オレはいつでもウェルカムだからねぇ。心配いらないよぉ」

「ありがたいがそういう問題じゃない。自力で何とかするぞ俺は」

「向上心は持っている方がいいからね!まあともかく今はおはぎ食べよう!」

 冷えた麦茶を持ってくると、犬童はグラスに注いで全員に手渡した。各々持ち上げると乾杯する。


「お疲れ様でした!」

 一気に流れ込むよく冷えた麦茶が、喉と体を冷やしていく。ほっと息をつきながら、おはぎを食べ始めた。


「うーむ、今度おはぎを作るときはうるち米をもう少し足すか。あともち米を潰す割合を…」

「筑紫マジメすぎぃ。普通に食べなよぉ」

 自分で料理することが多く、あまり市販の和菓子を食べる機会がないため、筑紫は食べながら分析することに夢中になっていた。

 少し呆れつつ突っ込む隼人を微笑ましく見ながら、犬童もおはぎを頬張る。


「このおはぎも美味しいね。僕は筑紫くんのお米が残ってるほうが好きかな」

「何しれっとおねだりしてるんですか軍毅殿ぉ?」

「んんっ?!い、いやそんなつもりじゃないからね!?」

 じろりと隼人に見られ、おはぎが喉に詰まりそうになった犬童は慌てて手を振る。筑紫は一瞬驚いた表情を浮かべたが、嬉しそうに微笑んだ。


「そう言っていただけると作り甲斐があります。また楽しみにしててくださいね」

「う、うんありがとう…うう、なんか催促したみたいになっちゃったよ」

 のんびりとした雰囲気の中、五人は今後について話し始める。現時点では噂話もないため、隼人が言っていた通り夏休みが始まってから再度任務を開始することで話はまとまった。


「まあ夏休みに入ると生徒が減るから、噂も生まれづらくなるんだけどね。僕も先生方に聞くようにするから、暫くは休んでてね」

「あ、夏休みと言えばー軍毅殿は豊穣祭でまた踊るんですかー?」

「ああ、そうだね。ちょっと恥ずかしいけど、あれ僕に祈願する祭だからね」

 豊穣祭はお盆前に都督府学園で行われる祭だ。その日は昼から櫓や出店の準備が行われ、一日中都督府学園の敷地が解放される地域で一番の祭りになる。

 花火などは上がらないが、《犬童の神》に神職の人間が祈願を捧げ、それに応える形で舞う犬童が一年の豊穣を約束する。


「筑紫くんのお父さんが今年の神舞を担当するんだよね。久しぶりに会うなあ鞍橋(くらじ)くん」

「父さんも楽しみにしてました。俺も見学に来ますのでよろしくお願いします」

「うわぁ益々恥ずかしい…頑張って舞うよ!」

 少しだけ頬を赤く染めながら、犬童はにこりと笑った。



「……何だこれは。四角形、いや最終的に五角形…五芒星に?」

 その日の夜、筑紫は久しぶりに自室で犬童に貰った見取り図を見ていた。

 どこで怪異を発見したのか、備忘録がてら印をつけてきたのだが、場所がどうにもおかしい。その印を線で結ぶと―あと二箇所あるがそこを除いて―図形が描ける事に気づいたのだ。


 学園は片仮名のロの字が二つくっついたような形で、これまでの怪異発生場所は南天の木がある中庭を中心にしているようだった。


 ――最初の第二音楽室はロの字の右上、次の十三階段は下中央、トイレは右下、死者の授業は左下。

 そしてそれらはそのまま犬童が怪異を滅ぼす時、犬童が使った手足に符合する。犬童を正面から見た時、左手、右足、左足そして右手まで、怪異の出た場所と体の部位が一致した。

 考えすぎかも知れないが、偶然と捨て置けないほどの一致に筑紫は顔を顰める。


「そうなると、多分次の怪談発生箇所はここ、か」

 何とも言い難い表情で筑紫は予測する箇所に印をつける。残る最後の一箇所は分からないままだが、恐らく外れてはいないだろう。

 その場所はロの字の左上で、体の部位を当てはめると頭が該当する。筑紫は重くなる気持ちを、胸を掴んで抑える。


 次の招集の時に、探索場所を提案してみよう。多分反対はされないだろうから。


 そう考えると、筑紫は見取り図を一旦しまった。

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