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終世の犬  作者: 露隠とかず


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第5話 十三階段の怪

 一週間はやはりあっという間に過ぎ、金曜日の夜四人は武具を持って階段の前にいた。


「さて。あまり遅くならないよう、今日は二十時までの探索としよう」

「分かりました。では俺と隼人は教室棟の階段から確認してきます」

「じゃあ俺たちは特別教室棟側から探索してくるね。二時間だと非常階段は後日かな」

「はいはーい、じゃあ一時間経ったら一旦ココに集合でぇ」

 四人は探索箇所を確認すると、各々探索に向かった。


「夜の学校って雰囲気あるよねぇ。とっとと出ておいでぇ」

「全くだ。よし、三階から四階に登りながら数えるぞ」

「いーち、にー…十二!ここはハズレかぁ」

 体力は有り余っているため、話しながら階段を登るが十二段しかなかった。いきなり当たりは引けないかと、二人は別の階段に向かう。


「はー三階遠いよー!でもこっちは二箇所だっけー?」

「そうだよ。怪異も何だって階段なんか選んだんだか」

「ふふ、二人とも全然息切れてないじゃない。流石だね」

 健たちの確認箇所も最初は空振りだった。そのまま残りも確認したが空振りで、時間が余っていたため、三人は先に下駄箱に戻ることにした。


「軍毅様ーケータイ鳴ってますよー」

「あれ?怪異が出た連絡なら、着信ですぐ飛ぶようにしてたんだけどな。当たりを引いたわけじゃなさそうだ」

 首を傾げながら犬童はガラケーを取り出した。

 アンテナとボタンが着メロ(単音)に合わせて七色に光っている。小さなモノクロ画面には《筑紫くん》と表示されていた。


「もしもし?大丈夫??」

『すみません、怪異が出たわけではないのですが、最後の階段の手前に何かがありまして』

「分かった、一旦そっちに行くね。動かないで待ってて」

 犬童は電話を切ると、健と豊国に向き直った。


「最後の階段前に何か出たらしい。怪異では無いみたいだけど、少し様子を見てくるね。二人も行く?」

「いえ、でしたら待機してます。問題なければここに集まりましょう」

「ウチも待ってますねー!いってらっしゃーい!」

 こくりと頷くと、犬童は柏手の音ともに姿を消した。残った二人は下駄箱前の階段に座り込む。


「何も無いといいけど」

 健は僅かに眉を顰めると、ぽそりと呟いた。



「お待たせ!さて状況を確認しようか」

「早いですね。あの階段前にある黒い塊のような物なんですが、怪異と言うには違う感じでして」

 電話を切るやいな、何も無い空間から現れた犬童に目を瞬かせるも、筑紫は即座に状況を説明する。

 筑紫の示した階段の下に、確かに黒い塊がある。少なくともゴミや生徒の落とし物のような雰囲気はなく、犬堂は手で庇を作りながらそれを見やる。


「んー?何だろうアレ…何かあるのは間違いないんだけど」

「軍毅殿も分かんないですかぁ?いよいよ怪しいなぁ」

 遠くにあるそれを見ながら、歯切れの悪い様子で犬童は呟いた。糸目を更に細めて隼人も訝しげにそれを眺めた。


「取り敢えず僕が近づいて確認してみるね」

「よろしくお願いします。気を付けてください」

 筑紫の言葉ににこりと笑うと、犬童は黒い塊に向かって歩き出した。近づいていくと、ジリジリと妙な気配は強くなるが、いまいちハッキリしない。

 目の前に立つとぴたりと止まり、柏手を一つ打った。その瞬間黒い塊は黒い靄となり霧散する。そこに残った何かを掴み上げ、渋い顔で呟いた。


「ああしてやられたね。これ僕の血と化生の欠片がついた布切れだ」

「しまった、これは囮か!」

 筑紫の表情に焦りが生まれる。三人が顔を見合わせたその時、犬童のガラケーが着信音を響かせた。


「きた!二人とも僕に掴まって!飛ぶよ!」

 二人が自分の肩をそれぞれ掴んだのを確認し、犬童は大きく柏手を打った。




 犬童が黒い塊を調べていた時、待機していた健と豊国は座っていた階段の上をふと眺めた。


「変に時間できちゃったなあ。屋内はここの階段だけだけど、みんな戻って来てから確認する?」

「んー先に調べとくー?当たりだったら灯台下暗しすぎるけどー」

 豊国は言いながらすくっと立ち上がると、軽やかに階段を上り始めた。


「いっち、にー、さん、しー…じゅうさん、あっ」

「っマジか豊国!略拝詞奏上(そうじょう)の準備をしてくれ!!俺は軍毅殿に電話する!」

 豊国の足元から立ち上り始める瘴気を横目で見ながら健がワンギリに折り返した瞬間、筑紫たちを伴った犬堂が中空に出現した。


「軍毅殿!ホントに一瞬ですね!?」

「お待たせっ!豊国くんよろしくね!」

「おっけー!奏上しますねー!」

 健と犬童の声に指ハートを作りながら豊国がにぱっと笑う。足に絡みつく瘴気を蹴り払うと、即座に姿勢を整えた。一つ打たれた豊国の柏手は、鼓膜を破りそうなほど大きな音を階段に響かせる。

 その音で邪気さえ掻き消しながら、豊国は大きく息を吸った。


「掛けまくも畏き犬童の神 畏み畏み白す」

「はい、どうぞ!」

 いつもの裏声とは違う慌てつつも落ち着いた渋い声で奏上される略拝詞は、犬童の耳に心地よく響いた。


「祓い給え 清め給え (かむ)ながら 守り給え (さきわ)え給え!」

「いいでしょう!場を整えますね。みんな少しだけ目を瞑って!」

 筑紫たちが咄嗟に目を瞑ったことを確認し、犬童は柏手を一つ打った。前回と同じく晴天の草原に場が移る。


「もう目を開けて大丈夫!《産土神》犬童の名に於いて穢れを祓わん!さあ、今夜も頼むよ防人たち」

「承知しました!」

 前回と同じく狩衣に変装した犬童は大刀を構えると、両手で柄を持ち地面に突き立てる。五芒星が一気に描かれ、神気が満ち満ちていく。


「なんかー今回の怪異、手足生えてないー?」

「本当だねぇ。角みたいなのも生えてるしぃ、ちっさい鬼みたい」

「進化…してるのか?」

「来るぞ!みんな構えて!」

 健の言葉に怪異は不快な啼き声を上げると、真っ直ぐ筑紫に向かって飛びかかった。咄嗟に拳を振りかぶって殴りつけると、怪異は怒声を上げて大きく後ろに下がる。

 筑紫の真後ろで矢をつがえた豊国は、怪異の着地点を的確に穿った。足を地面に縫い付けられ、怪異は耳を劈くような奇声を上げる。


「おお、あんな小さい的を射抜くとは」

「へへー軽い軽い!」

 怪異は足に刺さった矢を壊そうとしていたが、それより早く健の剣が体を袈裟斬りにする。

 短い奇声を上げて怪異は仰け反り倒れかけたが、近くにいた筑紫に一矢報いんと手を触手のように伸ばし、切り裂こうとする。


「ちっ!まだ動けたか!」

「…オレの筑紫に手ぇ触れんな。急急如律令!呪符退魔」

「え!?」

 犬童が驚愕の声を上げる。少し離れた位置にいた隼人は、懐から素早く符を一枚取り出すと、怪異に向けて投げつけた。符は怪異に張り付いた数秒後、内側から爆発するように弾け、怪異は灰を撒き散らして消滅した。

 呆気に取られた犬童だったが、残された何かの骨片が微かに動きだしたため、即座に飛び上がると右足で踏みつける。

 ぶわりと黒い靄が上がるそれを拾い上げると、音楽室の時と同じく丁寧に符を巻く。骨片からまた火柱が上がり符諸共骨片も灰となり消えた。


「助かった、隼人ありがとう」

「どういたしましてぇ」

 二人のやり取りを見てもなお、犬童はまだ驚いたまま声をかけた。


「さっきの凄かったね隼人くん?普通符一枚だけであの威力はそうそう出せないよ」

「偶然っすよぐーぜん。いやー怖かったですねぇ!まだまだ修行足りてないなぁ」

 言いながら笑う隼人は、口ではそう言うものの全く恐怖を感じていない。


「偶然にしては的確な攻撃だったね?祓詞じゃない…陰陽術?どちらにせよ賞賛に値するよ」

「アハハ!オレのこと買い被り過ぎですよぉ」

 目を眇めて言い募られるも、隼人はどこ吹く風でさらりと嘯く。


「隼人は陰陽術も使えるらしいんですよ。一体どこで習ったんだか」

「どこだったけかなぁ?あ、もしかしたらオレ天才なのかもぉ?」

 筑紫は感心しつつ聞いたが、隼人の揶揄うような言葉に呆れたように溜息をついた。


「…ま、これで今回は終わりかな?もう二十時過ぎてるし今夜は解散して、また来週にでも話そうか」

「分かりました」

「じゃあちょっと目を閉じてね。場を元に戻すよ」

 四人が目を瞑り、犬堂は柏手を一つ打った。ぶわりと場が薄暗い廊下に戻る。

 目を開けるとそれぞれ武具を片しはじめるが、犬童は剣を仕舞う隼人の前に立った。訝しげに見やる隼人に、僅かに鋭い目線を向けて。


「……嘘つきだね。あなたは相変わらず」

「犬…いや、軍毅殿ほどじゃないですよぉ?オレは自分に正直なだけですからぁ」

 小声で交わされる二人の会話は、他の三人には聞こえなかった。



 三人が階段の前の下駄箱で靴を履きはじめたが、隼人だけ腕を頭の後ろで組んだまま動かなかった。


「……ちょっとだけ時間いいかな?隼人くん」

「いいですよぉ。って事でオレは軍毅殿と少ぉし話するからぁ。筑紫は先に帰っててねぇ」

「…分かった。あまり失礼な事は言うなよ?」

 不承不承と言う様子で隼人に釘を刺すと、筑紫は犬童に一礼して部屋を後にした。静かな廊下に沈黙が落ちる。


「さて、そろそろ腹割って話そうか。隼人くん?」

「…ニヤニヤしてんな気持ち悪い。また一から教育してやろうかぁ?」

 隼人は雰囲気をがらりと変え、胡乱な顔で犬童を見やる。犬童は肩をすくめると柏手を一つ打つ。場が歪み、次の瞬間二人は屋上にいた。


「クク、神をも畏れぬ傲岸不遜さは流石だね」

「抜かせ。白日別の犬っころが」

 揶揄うような犬童の言葉に、隼人も揶揄うように返した。


「本当に変わらないね、渠帥者(いさお)さん。輪廻したら別人になるはずなのに」

「お前も変わらないだろ人成らざる犬童。オレだってアイツのためなら、何度でも輪廻の理を外してオレのままこの地に戻ってくるさ」

 大仰に両手を広げながら、隼人は犬童に向き直った。


「オレは何度生まれ変わろうと、熊襲が渠帥者。そして白日別の盟友だ」

「ええ、だからこそ今回防人に選んだんですよ」

「今はお前が軍毅殿か。ハッ、防人が笑わせる」

 隼人はかつて熊襲の頭領だった。白日別とは同盟関係にあり、当然犬童の事も子供の頃から知っている。

 犬童は元々防人であり、軍毅だった白日別の部下だったのだ。


「何回目ですか転生するの。その度に色々危険な事ができるようになって。いつから陰陽術まで使えるようになってたんですか?」

「十を越えた辺りから数えてないが、死産になる子を選んでいるんだから問題はないだろ?あと陰陽道はかなり前の転生のときだ。神ばかりあてにしていられんからな」

「なんだか既に人間辞めてません?」

 あっさり告げる隼人に、犬童は何度目かの溜息を吐いた。


「お前ほどじゃないさ軍毅殿。神なんかに成りやがって」

「…彼の方があの後も生きていたと知られると、あの頃は都合が悪かったんでね。伝承上は僕が軍毅の方がいい」

「まあ朝廷や神々を騙くらかす為だってのは分かってる。結局殺されたんだから意味はなかったがな」

 鼻を鳴らすと隼人は吐き捨てるように返した。筑紫達に語った通り、白日別の最期は戦さでの戦死だ。産土神の贄にはならなかったが、後の朝廷から仕掛けられた戦さで命を奪われてしまった。


「何度も輪廻されてるけど、筑紫くんは特にあの頃の御力に近い。彼の方の御魂は狙われやすいからね」

「クソ忌々しい。魑魅魍魎果ては神々までアイツを狙いやがって」

「何度でも守りますよ。今度こそ、今生こそは」

「……分かってる。俺だって同じ思いだ」

 ぎり、と拳を握りしめる犬童の顔を見ながら、隼人も真っ直ぐそれに返した。


「だがな、何が《犬童の神》だ。オレはこの先もずっとお前を人と同じように扱うからな」

「え?僕もう千年以上神様やってるんですけど」

 予想外の隼人の言葉に面食らう。だが隼人は全く意に介さず眉根を寄せた。


「そんな事知るか、お前は人間なんだよ。喩え永遠を生きようとも、涙することもできなくなっていようとも」

「…渠帥者さん。永い時間の中で僕が僕であった頃のものは、もう何もないんですよ。何もかも変わってしまったんです」

 隼人の言葉に戸惑いながら、それでも神に成っている事を改めて告げる犬童だったが、隼人はニヤリと笑うとその背をバシッと叩いた。


「はははっ!大いに変わり、歪み、迷うといい。神は変わらず迷わない。それができるのは人間だけだ!」

 隼人はあの頃と変わらぬ笑顔でカラカラと笑う。キョトンとした後、つられて犬童も笑った。変わらぬままの友がいる事が、どれだけ犬童にとって救いになる事か。

 屋上から見える空は茜色に染まりつつある。遠い昔の空を思いながら二人は笑っていた。



「ところで隼人くんは何で健くんにやたら絡むの?嫌ってるみたいだけど、喧嘩でもしたの??」

「……別に嫌いな訳じゃない」

 ひとしきり笑い合った後、犬童は気になっていた事を隼人に尋ねた。

 隼人は唇を尖らせながら、少し気まずそうに目を背けてしまった。そのまま屋上の端まで歩くとフェンス越しに屋上から校門へ伸びる道を見下ろす。そこには帰宅しようとしている三人がいた。

 豊国はスマホをいじっていて会話に参加していないが、筑紫は楽しげに健と話している。隼人の眉根がじわじわ寄っていく。


「…筑紫くんは健くんに結構懐いてるね。実の兄弟みたいだ」

「あー親戚中でもよく言われてるわそれ。ほんっと。なんでタケルは歳上なんだ」

「え?どういう意味?」

 フェンスに掛けた隼人の指先に力が籠る。薄っすら開いた瞳に燃えるのは明確な嫉妬だ。


「オレも一つ上に生まれて兄さんって慕われつつ呼ばれたかったのに、同い年になるなんて計算が狂った…」

「え?それが理由??」

「豊国はいいんだ、アイツはただの親戚だから。ただタケルは。タケルが羨ましすぎて…クッソ…」

「………」

 爪をギリギリと噛みつつ、隼人は糸目を薄ら開いて健を睨みつける。勿論三人には気づかれぬように。


 表に出すことはなかったが、白日別に友愛を超える感情を抱いていた事を犬童は知っている。その感情は現代でいえば「推しが尊い」だった。

 あまりにどうでもいい理由に、犬童は今日一番の溜息を吐いた。そんな犬童の呆れた表情など全く目に入らないまま、隼人の目は筑紫の背を追う。


「はぁ〜〜白日別は何者に生まれ変わろうと美しい」

「……本当に変わらないね」

 犬童はもう言葉もない。ただ青い目を眇めて隼人を見やった。

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