第16話 《後日談》終生の友
禍ツ神事変から暫く経ち、空が秋めいてきたある日。
隼人は犬童から連絡を受け、久しぶりに社会科準備室にいた。
「犬童先生、隼人ですよぉ」
「いらっしゃい。急にごめんね。じゃ、場所変えるよ」
「え、早ぁ」
扉を開けると、待ち構えていた犬童は椅子から立ち上がる。挨拶もそこそこに柏手を打つと、即座に屋上に場を移した。
屋上は少し涼しい風が吹いている。豊饒祭で犬童が祈りを捧げた山々や田畑は、今年も大いに実り始めていた。
「あの後冷静に考えると、どうにもおかしいと感じる事が一つあってね。それが聞きたくて」
「……何だ藪から棒に。急に呼んだと思ったら」
屋上の端まで歩くと、犬童は真剣な表情で隼人に向き直った。呆れたように溜息を吐きながら隼人は犬童の言葉を待った。
「僕は禍ツ神に成りかけてたのに、何で隼人くんの祓詞で神域を開く事が出来たの?干渉できる状態じゃなかったはずなのに」
「ああその事か」
あの時の犬童は完全に暴走状態で、筑紫の事すら分からないほどだった。手加減などできるわけもなく、隼人がいかに才に溢れていたとしても、干渉さえできなかったはずだった。
だが隼人はそんな事かとさらりと理由を告げる。
「オレ最初に死ぬ前にお前の眷属になってるんだわ。だから禍ツ神に成りかけてたお前の結界も拒まれず開けられるし、基本この地以外に転生できん」
「…え?は?眷、属?」
犬童は隼人の言葉の意味が理解できず、一瞬固まった。
神の眷属とは神にとって分身のようなものだ。確かにそれならば暴走していようとも干渉できる。
「前の産土神の眷属はどれも引き継いでないだろ?それは神としてあまり良くない。あと眷属ならお前を止められるからな」
「そんな、それはもう…人間じゃなくなっているじゃないか…!」
「ちなみに白日別にはこの事を話してないから、当然筑紫も知らない」
あまりにあっけらかんと話す隼人に、犬童も絶句する。分身になるという事は、最早普通の人間ではないことと同義だ。もし告げていれば、白日別は確実に止めにかかっただろう。
「厳密には人間のままだ。オレは歳は食うしいずれ死ぬ。ただお前が神である間は、輪廻しようが変わらず常に傍にいる」
「……馬鹿なんですか。そんな」
犬童は遂に黙って俯いた。自分は神になってでも白日別を助けることを選んだが、誰かを巻き込む気はなかった。
隼人はにやりと笑うと、犬童の頭をわしゃりと撫でる。
「オレ自身が選んだことだ。オレは白日別の盟友で。犬童、お前の終生の友だ」
「……っ」
泣く事が出来なくなった事を、ここまで辛いと思うのは白日別を喪って以来初めてだった。
神となり死ぬ事も出来なくなった己を、それでも友と言い永劫を共にいてくれると隼人はいつものように笑う。
「渠帥者さん、いや隼人くん。僕はこの地を護り続けるよ。白日別様が愛し、あなたが生き続けるこの地を」
「ああ、共に護っていこう。これからもよろしくな」
隼人から差し出された手を強く握る。温かなこの手をこの先も離すまいと、犬童もにこりと微笑んだ。
「ま、筑紫も教師目指すって言うしぃ、オレもそのつもりだから。そっちもよろしくねぇ?犬童先生」
「あれ本気だったんだ…どこまで筑紫くんについて行く気なの?」
「そりゃあ死ぬまでに決まってるでしょぉ?オレはあの魂を愛してるからねぇ」
「…どこまでもブレないの、いっそ尊敬するよ」
もしかしたら筑紫に友人が出来にくい理由の一つは、隼人が引っ付き回るからではないのかと犬童は思った。
さらりと、しかしハッキリ言い切る隼人に、犬童は苦笑しながら溜息をついた。




