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終世の犬  作者: 露隠とかず


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第13話 千年の怨詛

梅鹿(ばいろう)の神…お前、縄瀬(のうぜ)の神の片割れだったのか」

『そうだとも。幾千年共に過ごした。人の子風情が喰われれば良かったのに、縄瀬を喰らいよもや神の座を奪うなどあってはならない!!』

 健の声にノイズが混ざる。犬童は憎々しげに梅鹿の神を睨みつけた。


『此奴が西都の禁足地にやって来た時、ようやっと機が訪れたと歓喜したわ!お前の防人になる男だとすぐに分かった…取り憑いてお前が封印を再度行うこの時を待っていたのだ!』

「健さん…何で禁足地に?」

 困惑した筑紫は理由を考えるが全く思い浮かばない。

 だが隼人はハッと思い出したように目を見開くと、唸るように呟いた。


「あーそうだった…タケルのヤツ何でもスマートにこなすクセにぃ、とんでもない方向音痴って難点があるんだよねぇ」

「分かれ道があったら、大体真逆行くよねータケルっち」

 隼人は呆れ半分、憤り半分のぐちゃぐちゃな感情で頭を掻き毟る。


「ああそうか、健さん西都旅行で迷子になったのか…」

 禁足地の場所は把握していた上に、健が禁を破る理由もない。そうだとすればただただ道に迷って巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。

 取り憑かれた時の記憶は恐らく改竄されて、健自身気付かぬまま犬童にとって地雷となってしまった。


「阿呆が!だからアイツのことはいけ好かないんだよ!」

「言ってる場合か!」

『ははは、貴様縄瀬が喰い損ねた白日別であろう?』

 思わず突っ込む筑紫を指差しながら、梅鹿の神はにたりと笑みを浮かべた。


『犬童は勿論のこと…白日別、お前の命運もここで終わりよ!今度こそその魂魄ごと我が力としてくれよう!!』

「俺は白日別じゃない!筑紫だ!!健さんの顔で笑うな!!」

 醜悪な表情を浮かべる梅鹿の神に、筑紫は大声で反論する。

 魂が同じだという事は理解し、納得もしている。だがそれと自分を同一視されるのは別の話だ。


『何とでも言うがいい。犬童は封じた。我を斃すことなどたかが人の子に出来るわけもなし!』

「ど、どうしよう…さすがに健っちのこと撃てないよー」

「軍毅殿も動けないようだし、隼人何か手はないか?」

 ちらりと隼人を見やるも、流石に妙案は浮かばないようで顔を顰めていた。


「軍毅殿を何とかできればぁ、手はあるかもぉ。ただ神サマ相手だとオレの力もどこまで行けるかなぁ」

『ふはははは!!此奴の体には手も出せまい!無力さに打ちひしがれるがいい!』

 梅鹿の神は刀を振り上げると、一気に振り下ろした。黒い靄を纏うそれは、大地を裂きながら三人に襲いかかる。


「させないよぉ?」

 改めて九字を切ると結界が現れ、三人の盾となり剣戟を止めた。だが何度も斬りつけられ、微細なヒビが生じていく。


『脆弱な結界よ!!こんなものでいつまで耐えられるかな!』

 梅鹿の神は愉悦に目を細めながら哄笑する。ただでさえ好きではない健の顔が、歪んだ笑みを浮かべほぼ透明な結界越しに間近に迫った。隼人の眉間のシワが渓谷かと思うほど深くなっていく。


「あああもぉっ!タケルの顔でその笑み止めろ!!気持ち悪いなぁ!!!」

「言いたいことは分かるが、何かズレてないか…」

「きゃーっ!なんで神様なのに人に祟るのー!?」

 隼人の後ろでしゃがみ込みながら、豊国が悲鳴ともつかない文句を言う。その言葉に隼人は苦笑を浮かべてしまう。


「神サマなんてねぇ、元々願いを叶えてくれるようなもんじゃなくてぇ、荒ぶらないでって畏れるもんなんだよぉ」

 かつて縄瀬の神もそうだったように、旧い神ほど畏れられ祀られるものだ。一度荒ぶり禍ツ神となれば、人間にとっては命を脅かされるレベルの災害でしかない。


「俺が健さんを殴って、正気に戻す事はできないか?」

「タケルを殴るのは大いに賛成だけどぉ、神相手じゃ難しいかなぁ」

 九字を切ったまま隼人は忌々しげに返答する。怪異に取り憑かれただけなら力尽くで剥がすこともできるが、片割れとは言え神。流石に人間の力だけでは難しい。

 そこまで考えたところで、隼人はぴたりと止まった。


(いや。いやいやちょっと待て。縄瀬の神を斃したのは誰だ?元服したての童だよなぁ??)

 犬童に何か特殊な力があると、試しに仮定してみる。だが思い当たる節はない。

 そもそも犬童はそんな事すら考えず、ただ白日別を救いたい一心で神に戦いを挑んだはずだ。


「…何とかできるかもぉ?半分賭けだけどぉ」

「賭け?それ健さんの命の保証あるのか??」

「さあねぇ。でも軍毅殿だって神殺しを果たしてるんだから、オレたちにもできるよ。きっとねぇ」

 隼人の言葉に筑紫と豊国が目を見開いた。隼人も真っ直ぐ二人を見つめる。


(そうだ。軍毅殿が縄瀬の神と戦ったのも多分俺と同い年の頃…できないわけない)


「確かに。臆する必要なんてなかったな」

「本当にね!日和ってたわーウチとしたことがー!」

 二人はニヤリと笑うと、隼人に向き直る。三人の気持ちは一致した。


「ヤァヤァ!オレは熊襲が後継者・隼人!神殺しを此処に成す!!」

「白日別が子孫・筑紫!不遜ながらその命、頂戴する!!」

「えっとーウチは豊国!キュート♥な男!(まか)り通る!!」

 三人はそれぞれ武具を構えながら、梅鹿の神に名乗りを上げる。犬童と梅鹿の神の目が大きく見開かれた。


『な、にを。人間如きが小癪な…!!』

「みんな!?だ、ダメだよ!下がって…」

 梅鹿の神は荒唐無稽な挑発としか捉えられない、人間達の言葉にわなわなと唇を震わせる。

 犬童も無鉄砲な考えに慌てて退避するよう促した。


「軍毅殿!我々は防人です。怪異を斃すことが我々の勤め!!」

「筑紫くん…」

 強く叫ぶ筑紫に、犬童は言葉もない。かつて自身も神相手に挑んだのだから。


「白日別様は、こんな気持ちだったのか…クソ、何も言えないよ」

「大丈夫ですよぉ。オレ達これでも防人なんでぇ?」

「……」

 隼人までニヤリと笑みを浮かべている。渠帥者に止められた過去を思い、犬童はついに無言になった。少しは大人連中の気持ちを思い知れと考えつつ、隼人は鼻を鳴らした。


「作戦があるからぁ、ちょっと二人とも耳貸してぇ?」

「…ふむ、なるほどな」

「…オッケー!任せといてー!」

 ごにょごにょと耳打ちすると、二人はこくりと頷いた。まず豊国が剛弓をつがえる。ポニーテールがふわりと揺れた。


「一番槍いただきー!!」

『おぉっ!?貴様この男を殺す気か!!?』

 風を切りながら放たれた矢は、健の顔を紙一重で掠め大地に突き刺さった。豊国の矢の速さと狙いの的確さに、梅鹿の神の表情に焦りが滲む。だがそれも一瞬の事。その一瞬の考えに梅鹿の神は苛立ちを深める。


『馬鹿な!我は梅鹿の神!!人間になど相手にもならんわぁ!!』

「おっとぉ!それさっき見たねぇ」

 梅鹿の神は刀を振り翳したが、黒い靄が豊国を襲う前に九字を切り結界を張った。

 二度目のそれは結界にヒビさえ入れる事なく霧散する。


『なんだと!?』

「二度も同じ手を喰らうわけないでしょぉ?オレ天才だしぃ?」

 愕然とする梅鹿の神に、隼人は更に煽るような嘲笑を浮かべる。健の額にびきりと青筋が走る。


『痴れ者がぁ!!素っ首叩き落としてくれるわぁ!!』

 元々人間を神より下等な生き物と嘲る神に、人間からの煽りへの耐性はない。激昂した梅鹿の神は、闇雲に刀を振り回した。

 鎌鼬のような黒い靄が無数に向かってくるが、隼人達はその場を飛び上がりそれを躱す。ギリギリと歯噛みする音が、喧騒の中でも聞こえてくる。


『逃げ回るだけか小童ども!!』

「んなわけないでしょー!ほらほらぁ避けないと当てるよー!!」

 立て続けに放たれた矢が、またしても健の体を掠めていく。梅鹿の神は明らかに焦り、動きがどんどん鈍くなっていく。


『ぐうぅ!させるかぁ!!』

「こっちの台詞ぅ!後で何とかしてやるから我慢しなぁタケル!」

 梅鹿の神は足元に刀を突き立て、波のように黒い靄を発生させる。高い壁となり三人を襲うそれを、隼人は包み込むように結界を張り弾いた。

 自らが放った攻撃が自身を襲い、咄嗟に防いだものの浅くない傷が健の体に刻まれていく。


『ぐうぅう!!おのれぇ!!!』

「まだ倒れないのか。流石健さん、よく鍛えてる」

「関心するトコズレてないー?まだまだいっちゃうよー!」

 ばちこんとウィンクすると、豊国は更に矢を放つ。黒い靄の衝撃も物ともせず、矢は健の体を掠めた。


『くっ!当たらんぞ愚か者!!』

「そんな事言ってる余裕あるのぉ?」

 隼人はニヤリと笑うと柏手を一つ打った。


「掛けまくも畏き犬童の神 畏み畏み白す!梅鹿の神を科戸(しなど)の風の天の八重雲(やえぐも)を吹き放つ事の如く 祓え給い清め給う事を 聞こし食せと畏み畏み白す!!」

「…!その願い聞き届けたよっ!!」

 隼人の祓詞奏上に、犬童は即座に応えた。その瞬間隼人を中心に白い五芒星が描かれ、光の柱が立つ。

 光は巨大な楔を形作ると、真っ直ぐ健の体を打ち抜いた。


『がああああ!!お、のれぇっ犬童ぉお!!!』

「今だよぉ豊国っ!」

 隼人の合図に豊国は頷き、矢を放った。その矢は健の真横に突き刺さり、豊国はニヤリと笑みを浮かべた。


「はーはー…これで最後だよー!!」

 動き回ったため息を激しく乱しながら、豊国は強弓を強く引き絞り最後の矢を放った。

 やはりそれは健には当てず、真正面に突き刺さる。


『愚かな!弓兵が矢を失ってはただの木偶の坊よ!!』

「ふふーんっ矢はまだあるよ!足元見えてないのー?神様のくせにー!」

『何だと!?』

 これまで放たれた矢は八本。それらは梅鹿の神を囲むように突き立てられていた。

 隼人は最後の矢を確認すると、印を組み慈救咒(じくじゅ)を唱える。


「ノウマク サンマンダーバーザラダン センダン マーカロシャーダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」

 豊国が突き立てた八箇所の矢が、それぞれ炎柱を上げる。中心に居る健目掛けて炎の鎖が飛び出し、その体を拘束した。

 健自身は燃える事はないが、その体から黒い靄が少しずつ噴き出し、梅鹿の神は苦しげに悶えている。


『ぐおぉ!!何だこれは!?力が奪われる…!!』

不動明王(アチャラナータ)かその真言!どんだけ極めてるんだお前は」

「明王サマにも縁があってねぇ。よろしく筑紫!」

 隼人の言葉に頷くと、筑紫は拘束され動けない梅鹿の神の元へ一気に走り出した。隼人に貰った符を懐から取り出すと、拳を覆うように巻きつける。


「梅鹿の神よ。人間をあまり舐めるなよ!!」

 筑紫は右腕を大きく引くと、健の腹に拳を打ち込んだ。背中から更に黒い靄が噴き出し、健の体がくの字に折れる。


『ぐふっ、うっ!!』

「うっわ痛そぉ」

「健さんごめん!」

 黒い靄の防御が間に合わなかったのか、まともに喰らった健の体が前のめりにぐらりと傾ぐ。筑紫は間髪入れずに左拳で顎を撃ち抜いた。

 梅鹿の神はそのまま仰向けによろけながら何とか踏ん張るが、脳震盪を起こしたのか体がぐらぐらと揺れている。


「ナイス筑紫ぃ!後はオレが!!」

「任せたぞ隼人!」

 隼人の言葉に頷きながら、筑紫は健から一気に距離を取る。入れ替わりに今度は隼人が風のように突っ込んだ。

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