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終世の犬  作者: 露隠とかず


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第11話 中庭の南天の怪

 豊饒祭を終えて数日後、犬童から防人たちに社会科準備室に集まるよう連絡が入った。

 筑紫は遂に来たかと唇を強く引き結ぶ。


 ――曰く。

 中庭の南天の木の前に立つと恐ろしいことが起こる。


「…これまでで一番内容がふんわりしてないですかぁ?」

「そもそも御神木では?それに中庭入れない筈ですよね?」

 思わず突っ込む隼人と筑紫に、犬童は苦笑を浮かべる。


「まあね。曰くといいつつ、今回の怪異発生場所は怪異はいないしね」

「…最初から知っていたんですか?六つ目の怪談のことを」

 集まった防人たちに話し始めた犬童は、少し困った顔で筑紫に向き直る。


「うん。明日の夜、また集まってくれるかな?生徒通用口の前で待ち合わせよう。今回は戦う事はないだろうけど、一応武具は持ってきてね」

「…分かりました」

 犬童が妙に状況を把握していることに、違和感を感じつつも筑紫は頷いた。



 翌日の夜、四人は生徒通用口に集まっていた。待っていた犬童は既に狩衣に変装している。

 筑紫は持ってきていた鞄を下駄箱の上に置くと、遅れて三人の横に立った。

 犬童は隼人に向き直ると、正面の階段を指差した。


「隼人くん。鳥居之祓(とりいのはらえ)は覚えてる?ここに向かって奏上してくれるかな?」

「…分かりましたぁ。犬童の神の在座(ます)南天に伊禮(いれ)此身(このみ)より 日月(ひつき)の宮と安らげくす」

 隼人は一瞬驚いたが、直ぐに柏手を打つと鳥居之祓を奏上する。それに応えるように、空間にびしりと真っ直ぐにヒビが入り裂ける。裂けた先には暗い空間が広がっていた。


「ありがとう。これは神域への入り口だよ。入る瞬間は目を閉じてそのまま五歩進んだら止まってくれる?」

「分かりました。全員で手でも繋ぐか?一人ずつ入ったらぶつかってしまいそうだ」

「おっけーオレは筑紫と手を繋ぐぅ!」

「手を繋ぐなんてー子どもの頃以来でちょっと恥ずいねー」

「武具は背負ってるから大丈夫か。せーので入るよ」

 男四人で手を繋ぐと、目を瞑りながらゆっくりと暗い闇の中に歩み出した。足を一歩踏み入れた瞬間、これまでの固い床ではない何かを踏みどきりとする。

 温かい泥濘(ぬかるみ)のような、何とも言い難い感触に四人は息を呑みつつ五歩進むと、最後の一歩は固い砂利に感触が変わった。


「もう目を開けて大丈夫だよ。ここは南天のある中庭。ちょっと広くしているけど」

 目を開くとそこは確かに白い玉砂利が敷き詰められた中庭だった。中庭を囲う校舎は消えて、青空も大地も果てが見えないほど広がっている。

 御影石に囲まれた南天の木は、窓越しに見るよりずっと厳かな雰囲気を纏って生えていた。


「この南天の木で改めて怪異の再封印を行うよ。それで都督府学園の六不思議は鎮静化して、防人の役目は終わる。まあ暫くは様子見する必要があるけど、それは筑紫くんと隼人くんだけでも大丈夫」

「はぇー何か凄い神々しいですねーこの南天の木」

「御神木だからね。だから最後で場所も分かってたんですね」

 健と豊国の言葉に頷くと、犬童はそのまま南天の木の前に立った。ただでさえ澄んだ空間が更に澄み渡っていく。


「じゃあ始めるかな。みんなそのままじっとしててね」

「すみません、始める前に少しいいですか?」

「うん?どうしたの筑紫くん」

 再封印を始めようとした犬童に、筑紫が声を掛ける。

 場が変わり防人の任務前に話そうとすることなど、これまで一度もなかったため、犬童は不思議そうに筑紫を見た。


「六不思議について今聞きたくて。頂いた学園の見取り図に怪談発生源の場所を印していて気づいたのですが、発生箇所を結ぶと五芒星になります」

「へえそうなんだ?お、ホントだ星型になってるねぇ。ああ、それで鏡の怪談の場所当てたんだぁ」

「ああ、もしかしたらと思ってな」

 筑紫の手元を覗き込みながら、隼人は感心したように呟く。本当は当たって欲しくなかったが、それは飲み込んで筑紫は言葉を続ける。


「…『産土神より給ふしる一木の南天、此の血をもって封ず』。怪談が六つまでしかないのは、怪異の発生場所は五芒星の封印に沿うものだから。そして五芒星はこの場所を中心に描かれていますよね」

「……そうだよ。怪異によって封印場所が隠されるのが六不思議なんだ」

 四人は目を瞬かせる。封印の場所が隠されるなど起こりうることなのか。


「ならば何故、産土神である筈の軍毅殿に、封印の要である怪異と発生場所が視えないのですか。六不思議…六つ目が要で、軍毅殿が封じていたなら怪異とは言わないのでは?」

「封印しているものが産土神…僕自身でもあるからさ。ある意味神も怪異さ。それで視えちゃったら僕の力で簡単に封印解けちゃうからね」

 諦めたように真相を話す犬童に、嫌な予感を覚えた隼人はごくりと喉を鳴らした。犬童が神と成った時、自身を封印する瞬間を見てはいたが詳細は一切知らなかった。

 最初から質問ではなく確認のつもりだった筑紫は、さして驚かずに唇を引き締める。


「鏡の怪談で怪異を葬った後、最後に軍毅殿が持っていた髪で確信しました。これまでの骨や髪こそ、軍毅殿が封印されている印しですね」

「よく見てるね。ご明察だよ」

 今度は犬童が目を瞬かせる。あの戦いの最中にまさかそこまで見ているとは思わなかった。

 筑紫は自身の考えうる最悪の予想を思い、静かに拳を握りしめる。


「これまで怪異を封じるたびに現れていた骨や髪は軍毅殿の体の一部だと。だから該当する手や足でトドメを刺していたのではないかと」

「五芒星が体と重なるとこまで気付いたの?凄いね筑紫くん。まあそんな事情もあるし、あと再封印し始めると終わるまで少し弱体化するんだよね僕。だから豊饒祭を先にしたんだ」

 眉根を寄せながら語られる事に、全員が目を丸くする。


「異界化で結界が壊れたら、僕はこの地から自由になれる。だけど僕が抑えている元産土神と、呪いも放たれて土地が滅ぶ。それが真相なんだよ」

「それではまるで…封印というより呪いじゃないですか」

 愕然とした筑紫の言葉に、犬童は困ったように笑う。千数百年の間、どれほどこの儀式が繰り返されたのか。

 犬童自身を封じるなど、昼も夜もない神で居続けるなど、どれほどの苦労があったのか想像を絶する。


「それでも護りたい人がいたから。僕は神に成ったことに後悔は一度もしてないよ」

「……」

 隼人はその言葉にぐ、と歯を噛み締める。

 犬童をあの時止められなかった事は、今もずっと後悔していると言うのに、本人は誇る事のように話す様が堪らなかった。犬童がそれに気づくことはないだろう。そして気づかせて重荷を負わす気もなかった。


「さて、そろそろ始めるよ。再封印の方法、ちょっと見た目が怖いから目を瞑ってていいよ」

「いえ。防人として最後まで見届けます」

「…分かった。じゃあ始めるね」

 犬童は言い終わるや否、左手で右手首を掴むと思い切りへし折った。鈍い音とももに、折れた骨が皮膚を突き破り血を滴らせる。僅かに眉根を寄せながら、犬童はその骨を引き抜いた。普段より傷の治りが少し遅い。

 犬童は右腕が元に戻ったことを見やると、次は左手首をへし折る。全員が驚いて絶句する中、隼人だけは深い怒りと苦しみに拳を握る。


(犬童の…神の体でないと封印もままならないのか。クソ、何度こんな惨い目に遭ってるんだ)

 実は隼人も犬童が再封印を行うところを初めて見る。怪異の発生と転生のタイミングが合わなかった為だが、こんな惨い方法だとは知らなかった。

 髪はさて置き、骨片はそれを模した何かを遣うのだとばかり思っていた。改めて縄瀬の神や、朝廷の官僚達、そして自分への怒りが湧いてくる。


「足はやっぱ座んなきゃダメか。面倒だな」

 小さくボヤくと、犬童はその場にしゃがみ込んだ。

 それぞれの足首を折り骨を引き摺り出す。最後に髪を結った部分から切り落とし、犬童はほっと息を吐く。


「はあ、やっと終わった。後は符を巻いたら元の場所に…筑紫くん大丈夫?やっぱり見ないほうがよかったんじゃ」

「…大丈夫、です。痛々しくて、すみません。俺が泣いても仕方ないのに」

 筑紫はぼろぼろとこぼれ落ちる涙を必死で拭うが、止まってくれそうになかった。

 切り落とした髪も身体も全て即座に直るが、痛みがないようには見えなかった。


「大丈夫だよ、優しい子だね。早く終わらせるからね」

 いつか言われた言葉に、余計悲しさが増して筑紫は目を擦る。

 犬童は符をそれぞれの骨片に巻くと、ふっと息を掛ける。光を放つと空高く飛び上がったそれは、五箇所に分かれて飛び去った。

 犬童はゆっくりと立ち上がり、ぐっと背を伸ばした。


「これでお終い。暫く大丈夫!安定するまでは少し時間がかかるけどね」

「毎回こんな感じなんですかぁ?そうなら次の防人もしっかり鍛えないとねぇ」

「いや、普段は怪異も最初の奴みたいに、大した脅威じゃないんだけどね。最初に言った通り今回は嫌な感じが当たっちゃったみたい」

 隼人の言葉に犬童は肩を竦めつつ答えた。確かにここ数十年の間、防人の任は一人だけが指名されていたはずだ。


「ま、怪異自体は僕が滅ぼせるからね。結界も前より保ってくれるといいんだけど」

 犬童が溜息を吐きつつ南天の木に触れると、辺りの空気が急激に重苦しく変化していく。全員がその気配に思わず武具を構えた。

 結界のはずの南天の木が禍々しく黒色化し、幹と枝が茨に覆われていく。


「南天の木が!?御神木のはずなのに!」

「わ、これはちょっと痛いね。こんな事初めてだ」

 南天は一瞬たじろいだ犬童に絡みつくと、そのままぎりぎりと締め上げた。


「軍毅殿!」

「大丈夫だよ、弱体化してたって怪異の力じゃ僕には」

 へらりと笑った犬童の言葉が途切れる。茨は鋭く長い棘となり、犬童を刺し貫いた。白い狩衣が赤く染まる。


「が、っ!」

「嘘だろ、犬童!?」

 普段の口調も忘れて隼人は思わず声を上げた。青空が禍々しい雲に覆われ、嵐のように荒れていく。その様は過去の縄瀬の神が禍ツ神へと変貌した時と同じで、隼人は剣を持つ手に力を込める。


「ははははは!この時を待ち侘びたぞ…!」

「た、健さん…!?」

 常にない声色で嗤う健のただならない様子に、筑紫は思わず後退った。

 健は顔を両手で覆い俯いたまま、肩を揺らして哄笑を上げる。ぶわりと体から黒い靄が立ち上って、健を包み込んだ。


「筑紫っ豊国!健から離れろ!!」

「何!?健っち!?」

 隼人は慌てて二人の襟首を掴むと、一気に引き寄せた。九字を切り結界を張りつつ、襲いくる黒い靄を辛うじて防ぐ。


「くぅっ!これ怪異の力じゃないねぇ…まさか!」

『我は梅鹿(ばいろう)の神!今こそ滅ぼしてやるぞ犬童ォ!!!』

 勢いよく顔を上げた健の双眸は真っ赤に染まっていた。

 黒い靄を刀に纏わせると、犬童に向けて振りおろしながら口上を告げる。


「…まさか防人に取り憑いていたなんて。気付かなかった僕の落ち度だ…!」

 茨に貫かれ動けないまま、犬童は悔しげに唇を噛んだ。

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