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死にたくなったら、ホストに拾われた。

「……あれ」

 さっきからずっと、靴紐が結べない。寝坊してしまって、早く行かなければ課長に怒られてしまうと言うのに。

 焦らないよう深呼吸をしてからもう一度。……結べない。結ぼうとしたら、しゅるりとほどけてしまう。

「…?」

 不思議に思いながらゆっくり結ぶが、またほどける。……あれ? 今、本当に結んでたか?

「……」

 もう一度、右の紐と左の紐を持つ。まず交差させ、その中へ片方をいれてひとつ結び、これは大丈夫。

 次に、右で輪っかをつくり、左も輪っかをつくり、輪と輪を左右にひっぱっ……違う、こんなの蝶々結びじゃない。ただ輪っかを作っただけ、結べる訳がない。

「……」

 手を離すとしゅるりと紐がほどけた。これを、繰り返していた? ……無意識で?

「……そう、か……。……私は、そこまで……」

 項垂れて私はくすりと笑ってしまう。……ブラック企業に勤め、オール&早朝出勤、休日出勤、デブな課長の叱責などに慣れまくって今年で45歳。

 すぐ隣に置いてある見慣れた「田中(たなか) (りょう)」という社員証を眺めていると時計はもうすでに出勤時刻を指している。

「……」

 行きたくない、など、思うのは毎日だが……体が動かないのは、初めてかもしれない。

「いっそ、若ければ……」

 このまま退職しようにもこの歳では何処も雇わない上今後を過ごせるほどの貯金など無い。自分の限界が来る前に、退職すればよかったと初めておもった。


「……死にたい」


 どうにも生きられないのならば、死んでしまいたいと思った。でも、私はそんな勇気もない。


 ……どこかへ、いきたい。


 私は会社へ連絡する気力もなく、ふらふらと外へ歩く。……逃げたい。今はただ、どこか、どこかへ……そんな気持ちだけで、足が動く。たまに結んでいない紐に足をとられながら、ふらふらと。

 せめて、行った事がない所に行こうか? 東京は広いが、歌舞伎町にはまだ行ったことはない。

「歌舞伎町、は……電車で少し、か…」

 私はふらふらと、早朝で人が少ない駅へと進む。



           ―――★―――


北星(きほし)さん、いい加減に動いてっ、下さいっ!!」

「い"っ……たぁ…何するんだよ~…」

  ボクの毛布が誰かにひっぺがされ、勢いでソファーから転げ落ち肘を打つ。全く、失礼なやつだ……とゆっくり起き上がる。

「眠いのは分かるっす、でもウチのナンバーワンがこんなんだと他のキャストがやる気失くすっす! いつもみたいにキビキビ動いて下さい、閉店してもまだやることあるんっすから!」

 黒髪癖毛の(かむり)に起こされ「ハイハイ、わぁったよ」と立ち上がる。

 黒縁メガネと睫毛越しに見える冠の瞳に「相変わらずアメジスト色の綺麗な目だね」と褒めるとボクの毛布(上着)を持ったまま嬉しそうに笑った。……ほんとチョロくて心配になるな…。

「褒めてくれて嬉しいっすけど、それと片付けは別っすよ! あと少し片付ければ帰れるんすから、頑張るっすよ!」

 冠に渡された箒を持ち「ハイハイ」と軽く返事をする。まったく、可愛い従業員だねぇ。

 都内、歌舞伎町某所。ここは酒とネオン煌めく眠らない場所。

 その一角に立つここが「CLUB Milky Way」、星や星座をテーマに忙しく目が痛いくらい眩しい日々を安らぐための、ボクが運営するホストクラブ。


「さてぇ、片しますか~」

 黒のツヤがある床と、落ち着く青や水色の半分透けたカーテン、雲をイメージしたふかふかの白いソファーなど、夜空で統一された落ち着くデザインの店内。

 普段ならばとても綺麗な場所なのだが人が動いた事による汚れや溢れたお酒やジュース、おつまみとお菓子などが落ちて踏まれた物もあるためとても綺麗とはいえない。

「毎日コレになるまで汚れるんだから、凄いものだね」

 箒で細かいお菓子を掃いて片付けながら嬉しい悲鳴、とやらを上げていたらうちの商品である星飴と呼ばれる星形の飴のソーダ味がソファーとソファーの隙間に入っていた。そんな所に隠れなくても……と思わず苦笑してしまうが、ここに挟まったならこれは商品に出来ない。美味しいのに、と勿体なくて口の中へ放り込む。

「あー! 北星さん拾い食いはダメっすよ!!」

 ……秒で冠に見つかって怒られた。いいだろうこれぐらい…と思って無視して掃除を続けた。

「全く、仕事が終わったらすぐ寝ちゃうし拾い食いはするし…それに掃いてます? それ。掃除凄い下手っすよ。…そんなんじゃ北星さんの家絶対汚いっすよねぇ…」

 呆れたようにボクを見る冠に「さすがにそんなこと…そんなこと……ナイヨ」と目を泳がせて言うと冠は「嘘下手っすね!?」とツッコんでくれた。

 冠は言わば、怖いもの知らずだ。Milky Wayオーナー兼ナンバーワンのボクに、そんな事を平気で言える。だがちっとも嫌味じゃないように聞こえるのが、冠の凄い所で人気な理由だ。

 うちの姫達も冠の誰にも変えない態度にひかれて冠を指名する事がある。立場に疲れてしまう人は多いからな。

「もー、汚部屋だと打ち上げの時とかにオーナーの家へ皆で行けませんよ? その噂が姫達にも回ったら大変っす、幻滅されるっすよ?」

 冠のお叱りを受けながら、それもそうかと自宅を思い出してみる。

 ……。……はて、今ボクの自宅ってどうなってたっけな?

「…ヤバい冠、ボク家が汚いかとかじゃなくそもそも家の中がどうなってるか記憶にねぇわ」

 くは、と笑うと「えぇ!?」と思い切り驚かれた。はは、本当ナイスリアクションだな~。

「それ、もう自宅がただの寝る場所になってるじゃないっすか! 一番稼いでる人が一番削れててどうするんっすか、とっとと帰って休んで下さい! 後は俺がやるっす!」

 怒りながらボクから箒を取り上げた冠に「本当、良い子だよね冠は」と言ってサラサラの髪を撫でると嬉しそうにニコニコした。うちの若手可愛い~……。


「さて、言われたものの……ボク滅多に家に帰らないからな……住み込みの人雇いたいけれども、雇った人が女性だと面倒だからねぇ……」

 店の片付けを冠に任せ、帰り道を歩きながらスマホで調べてみるもやはり女性が多い。仕事柄普段や休日から女性の香りや痕跡が少しでもあれば刺されかねない……まぁ、仕方ないしこれも嬉しい悲鳴だな。

「……何処かに家事が上手い男性が落ちてないかなぁ…はは、なんて」

 あり得ない事を願ってしまう程には、結構難題を抱えてしまった。自分で片付けるにもボクにはそれほどの時間はない。……本当、困ったなぁ。


           ―――★―――


 ……今、何時…なのだろうか。ほとんどの店が閉まっている歌舞伎町をフラフラと歩きながら、なんとなく道すがらにある時計を見る。

 ……八時。明らかに遅刻の時間だが、スマホは一向に鳴らない。……クビ、ということだろうか。それとも、私は居ても居なくとも、あのブラック会社は変わらない、という事だろうか。

「……どちらもあり得る、な」

 というか、どっちでもいい。そんな些細な事、もうどうだってよくなってしまった。 

 夜はきらびやかに輝いてるのであろうここは、ほとんど……というより、全てと言っていいほどにclosed(閉店)の看板がかかっている。

 ……静かだ。夜になるまで、ここに居ようか…? と悩む間もなく壁際にそって座る。

「……どんな世界、なんだろうか」

 私が働いている所とは全く違う、夜の世界。一時の夢や、遊びを求めて来る場所。……どんな風なのだろう、とぼんやり眺めながら足を動かすと、こつんと軽い何かに当たった。

「……?」

 ふと下をみると、星形のなにかが落ちてる。綺麗に透き通っているが、落とされたからかヒビがはいっている。

 思わず拾ってみるが、何かはわからない。割れ落ちた破片にアリが集まってるので、食べ物なのだろう。

「……」

 持ち歩いてる水筒を使い、一応軽く洗うと少しベタベタした。飴、だろうか?

「……綺麗…だな……」

 星形だからか、ヒビが入っているからか。わからないが、綺麗で。とても、勿体無くて。



 つい

     ぱくりと

           食べてしまった。



「あ、それうちの商品だ」

「っ!!?」

 ふと、誰かから声をかけられ思わず全身で驚く。だ、だれ、だ……? と見上げると、見目麗しい白髪の男性が立っていた。

「……」

 思わず、見惚れるくらい綺麗だったのだ。鼻筋は通っており、太陽に反射して色々な色を出す白髪に少し濁ったような、それでいて輝く茶色い瞳の下にほんのりある隈がいい影になっている。

 服装もきちんとしている方ではあるが、少しチャラい気もする、がそれを凌駕する圧倒的顔面の良さ。

「かっこ、いい」

 思わずでた言葉。私がハッとして「勝手に食べてしまいすみません」と立ち上がり謝ると男性は「いえいえ、美味しいですか?」と聞いてきた。

「あ、えっ、と……」

 いい淀んではダメな質問なのに、淀んでしまう。勝手に店のものを食べて、これではダメだ。だが私は、いつの間にか味すら忘れたようで……この飴がどうなのか、わからない。

「……」

 眉を下げて言い淀んでいると、男性が「わからなかったですか? まぁ、落ちてたものですもんね」と言ってくれた。……優しい。

「ところで……勝手に食べたんですからお金、貰わないとですよね?」

 男性の言葉に驚き、思わず視線をあげるととても良い顔立ちが…ダメだ、また見惚れてしまった。それにしても肌が綺麗だ、二十歳くらいだろうか?

「お金。払えますか? うちの商品高いですけど」

 男性は微笑みながら呆けてる私にそう言う。……と言われても、きっとこの人はホストだ。その商品ならば、値段はそれなりにする。私はただのブラック企業サラリーマンだし、財布に払えそうな金額など無いだろう。……これは、詰んだのではないだろうか……?

「その様子じゃ払えなさそうですね」

 くす、と男性は微笑む。微笑む仕草でさえいちいち格好いいものだから、おそらく人気ホストなのだろう。あぁ、警察案件だろうか。だとしてもその前にこのイケメンを見れたのはラッキーと言えるだろうか。



「……払えないなら、『体』で払ってもらいましょうかね」



 …男性は、まかさの提案をしてきた。…体? 体…体? こき使うと言うことだろうか。……私を? でも、会社も恐らくクビだろうし……丁度、いいのでは?

「あの、体、とは…?」

 訳が分からないままそう聞くと、男性は「ついておいで」と何処かへと歩き出す。…ここで逃げたら本当にお縄な気がするので、私は怪しさ200%、顔の良さ1000%の男に私は言われるがまま着いていく事にした。

「ボクは夜久(やく)です。近くの『CLUB Milky Way』っていう所で『北星』って源氏名でホスト兼オーナーしてるから、怪しい人じゃないよ」

 ぴらり、と名刺を渡してくれたので私も素早く「田中 亮と言います。とあるしがない会社の社員です」と名刺を渡す。

「田中 亮さん……うん、覚えた。よろしくね~」

 てくてくと前を歩く夜久さんに必死についていく。歌舞伎町から景色がどんどん変わり、気付けばセキュリティが高そうなマンションの前だった。

「……あの…ここ、は…?」

 体で払う、の意味が分からず、マンションに圧倒されながらもなんとかそう聞くと夜久さんが私を見て、鍵を見せた。


「田中 亮さん。俺、ホストクラブのオーナー兼ナンバーワンなんですよ。つまり、家に長居できないんです。めちゃくちゃ家事たまってるんです」


 夜久さんはそう言って鍵を手のひらに乗せ、私に差し出した。


「つまり、家事代行という『身体労働』で、払ってもらえればめちゃくちゃ助かります♡ どうですか?」


 ニコニコと、嬉しそうにしながら鍵を差し出す夜久さんに、思わず私は……。












「……失礼ながら……バカ、なんでしょうか」
















 思わず、そう言ってしまいました。

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