79話 あと70年くらい
◇◇◇
イズーニャの城に来てから二週間が経つ。
本来なら、この世界に迫る脅威を即排除しなければならない。
だが、天戸は言った。
「ごめんなさい。完全に私の自己満足なのはわかってる。竜の様子も毎日確認するから、二週間だけ居させて欲しい」
そう頼まれたら俺に断る理由などない。
朝の日課はバスケット一杯の食べ物を持って、天戸とイズーニャとで竜の下へと絨毯で向かう。
世界の脅威はさておき、完全にピクニック気分だと思う。……俺も含めて。
イズーニャの街から竜に滅ぼされた旧帝都までは馬車で3日、絨毯で2時間、急げば1時間と言った所だ。
竜はかつて城だった残骸の上で羽根で体を隠して丸くなっている。
天戸が言うには卵を温めているらしい。
どういう種類の竜で、なぜわざわざ次元を越えてここで卵を温めているのかはわからないがしょうがない。
――殺さなければならない。
相手はもう既に都市一つを丸ごと消した。戦争は始まっているのだから。
竜の様子を見た後は、スマホでイズーニャの写真を撮ったり、色々な所に寄り道をしたりして昼には街に戻る。
3人での昼食を終えると、天戸は戦闘訓練に出て、俺とイズーニャは街をぶらぶらしたり兵を応援したりする。
いつも通り木陰に座って戦闘訓練を眺めながらイズーニャは笑う。
「この二週間でうちの子達とんでもなく強くなりましたねぇ」
天戸は今日はマフラーを使わずに完全に素手で多対一の戦闘を行っている。大体20人くらいか。兵達は武器を持って本気で天戸に襲い掛かる。
当然何人いようと天戸に攻撃は当たらない。
一人、また一人と天戸の打撃により昏倒していき、最後の一人が倒れる。
『うちの子』と呼ぶ兵達が全員やられたにも関わらず、イズーニャは笑顔で拍手をする。
「お疲れ様~」
天戸は小さく息を吐いて、俺達を向きいつも通り俺に治癒を依頼する。
「杜居くん、治癒お願い」
「はいはい、我が主。人使いの荒いことで」
そう言いながら立ち上がった後で、いつもと違うことに気が付いた。
「ん、ここ」
天戸は自分の顔を指差す。
頬に薄っすらと細い切り傷がある。
障壁を張っているとお互いの訓練にならない為、天戸は障壁を張っていない。だが、それでも……微かに撫でる程度にでも天戸に剣が触れたのだ。
二週間毎日叩きのめされ続けていたとはいえ、これはかなりすごい事だと思う。20人がかりで武神の尻尾を掴んだようなものだ。
兵達からワッと歓声が上がる。
「こらこら、女の子の顔傷つけて喜んじゃダメでしょーが」
さすが大婆様、もっともなセリフで兵達を諫める。
天戸の頬に治癒魔法をかけると、ジッと俺を見てくる。
「何だよ」
「治してもらった事あったかな?と思って」
「無いかもな。お前怪我しないじゃん」
それを聞いて天戸は少し嬉しそうに笑う。
「ハルにはしょっちゅう治してもらってたんだよ」
天戸はマフラーを巻き直すと兵達を振り返り、ピッと敬礼をする。
「今日で最後ね。お疲れ様」
『ありがとうございましたァ!』と怒号の様に兵達の声が響く。
中には泣いている兵もいる。
「お腹空いちゃった」
「おやつにしましょう!今日はどこで食べよっかな」
そう、今天戸が言ったように今日が最終日だ。
明日の朝には竜退治に行って、この世界を脅威から救う。
――イズーニャ達ともお別れだ。
イズーニャは天戸からスマホを受け取ると、兵達全員と天戸で写真を撮ってあげている。二週間もたてば操作も大分慣れたものだ。
この世界でも、天戸はたくさんの写真を撮った。
この街は、……イズーニャ達が作り育てたこの街はとても居心地がよかった。
◇◇◇
夜になり、ベッドに寝転がり空を見上げる。
明日の朝、この街を発つ。
確かに名残惜しくはある。
イズーニャは俺に好意を寄せてくれているし、300年間ずっと思い続けていたとまで言ってくれている。
確かにまだ子供だが、明らかに美人になる。艶々の長い銀髪と、整った顔立ち。胸は……まぁ子供だし。
こんな機会を逃したら一生彼女なんて出来ないかもしれないよなぁ。
……でも、俺にはやることがある。
俺は大きくため息を吐く。
「……でも、勿体ないよなぁ」
「残ってもいいっていってるじゃない」
窓の外から声がしたので少し驚いたが、まぁ当然天戸だ。
俺の部屋の窓の庇の上に座っているようだ。
心臓が少しバクバクしているが平静を装う。
「ハルもお前もいなかったらな。何してんだよ、そんな所で」
天戸は少し間を置いて口を開く。
「ん、月を……見てた?」
「何で疑問形なんだよ」
この世界の夜空に浮かぶあの星は月ではないが、俺達は便宜上月と呼んでいる。
「イズーニャはかわいいわ。それに絶対に美人になるし、性格だっていい。恐らく、今後のあなたの人生に於いて彼女よりかわいい女の子と付き合える可能性はゼロよ」
あっ、言い切りやがった。
「……ゼロは酷いんじゃないっすかね」
「なら0.1%」
千分の一。まぁ、妥当な線だな。
「だから、言ったろ?お前等がいなかったらなって」
天戸は少し言葉を選ぼうと考えたが、口を開く。
「ハルはもういないわ。……私達の世界には」
俺は呆れた顔で天戸に言い聞かせる。
「お前『ら』って言ってんだろ」
「……そう」
天戸は短くそう答えたが、表情が見えないので返事の意味は掴みかねる。
コンコンコンと、数度ドアがノックされる。
返事をするとぴょこっとイズーニャが顔を覗かせる。
「えっへっへー、伊織さん。最後ですよ、飲みましょう!」
グラス三つと冷えたドリンクの積んである台車をガラガラと引いて部屋に入れる。
このテンション、明らかにもう酔っていると思う。
――グラス三つ。
さすがイズーニャだ、この気遣いに何だか嬉しくなる。
「天戸、お誘いだぞ」
俺が窓の上に声を掛けたので、イズーニャは驚く。
「えっ!?そこですか」
ひらりと窓辺に降りる天戸はおずおずと遠慮がちな顔でイズーニャに問う。
「……お邪魔じゃない?」
イズーニャはニッコリと満面の笑みで天戸の手を引く。
「だったらグラスは二つですよっ」
天戸をソファに座らせて、イズーニャは隣に座る。
「それ、お酒でしょ?」
さすが目ざとい。優等生、天戸うずめさん。
「お嫌いですか?」
「あー、イズーニャ違うんだ。こいつは頭堅いから『私の国ではお酒は20歳からよ』ってなるんだよ」
天戸は不満気に俺を見る。
「頭固いとかじゃなくって法律でしょ?」
「日本のな」
「飲みましょう!」
見た目10歳のこの少女は見た目に似合わずお酒が好きだ。
「ごめんね、イズーニャ。お土産にいくつか持たせてくれる?私まだ16歳だから。4年後……」
天戸は優しい顔で、泣きそうな顔でイズーニャに微笑んだ。
「あなたを思い出して飲むわ」
「うずめさん……」
イズーニャの涙腺は崩壊した。
零れる涙を補充するようにグイッとグラスを傾ける。
「何箱でも!……絶対に思い出してくださいね!『しゃしん』もありますもんね!ねっ、飲んでください!伊織さんと二人で!」
代わりのジュースをグラスに入れて天戸に差し出しながら、イズーニャは涙声でそう言った。
まっすぐ見つめるイズーニャから天戸は目を逸らす。
「……4年後も一緒かなんて分からないわ」
「うずめさん!」
イズーニャはずいっと天戸に顔を近づける。
天戸は少し体を下げるが、その分またイズーニャが詰め寄る。
「な……何?近いわ」
「私は324年間ずっと、私を助けてくれたお二人のことを考えてたんです。どんなに素敵で、強く、優しい人達なんだろうって」
俺は完全に蚊帳の外だから一人で酒を注ぎ、飲む。うん、うまい。
天戸が目線で俺にヘルプを求めてくる。
「杜居君、この子酔ってるわ」
「まぁね。お酒のんでるからね」
「うずめさん!聞いてます!?」
「はいっ」
「私は300年間ずっと想い続けてたんですよ?だから、これから……4年だって、10年だって、50年……ううん、あと70年くらいは余裕で想い続けられますよ。あなたは……」
と言うと、トロンとした目で天戸にぼさっともたれかかり寝息をたてた。
「……眠っちゃった?」
「子供だからな、身体は」
天戸はイズーニャの頭を撫でながら俺を横目で見る。
「ねぇ」
「何だよ」
「……4年後、一緒に飲めたらいいね」
天戸は少し寂しそうに笑った。
「飲めるだろ。つーか、俺はもう飲んでるけど」
「あっ、未成年飲酒よ」
「ここが日本ならな」
クスリと笑う。
「今夜だけ見逃してあげるわ」
「何様だよ……」
――そして、イズーニャ達との最後の夜は過ぎる。




