56話 蘇生術
◇◇◇
墓には205-221 ウラーユ・ラトゥールと刻まれていた。
兵舎に着き、眠っているように見える少女をベッドへと移動する。
墓場の見張りはほかの兵に繋いでもらっている。何かあれば警笛が鳴る。
「ウラーユ・ラトゥール、享年16歳。十年前に心臓病で亡くなっています」
兵士は台帳を読みながらそう言った。
「ご家族は?」
「両親も妹もこの町に住んでおります。……この町の有力者です」
俺は腕を組んで首をひねる。
「国の方針は?初めての事じゃないんすよね?」
兵士は言いづらそうに言った。
「……殺せと」
わかった気がする。
これは侵略戦争じゃないんだ。……宗教戦争みたいなものなんじゃないのか?
「天戸、仮定の質問な?絶対に怒るなよ、理解に必要な質問だから」
俺の迂遠な物言いにため息を吐く天戸さん。
「わかったわ」
「フリじゃないからな?絶対怒るなよ」
「だから、わかったって。しつこい」
「仮に、俺が現実世界でハルを生き返らせる。すると、国は『死者を生き返らせるなんて有ってはならないことだ、今すぐ殺せ!』と兵士を送ってきます。お前ならどうする?」
「……私が黙ってハルを殺させるわけ無いでしょ。たとえ何人殺してでもハルを助けるわ」
天戸はまさに今そう言う状況になったとばかりに苦々しい顔をした。
きっと天戸はそうするし、俺も間違い無くそうする。
何故ハルが二度も死ななければならないのか、と。
自分で考えていてイヤな気持ちになってきた。
「だよな、俺だってそうだ。つまり、きっとそう言うことだよ」
死者を蘇らせたジ・デス、蘇生した人を殺せと命じた国若しくは教会、それに抵抗した家族。
そんな話なのだろう。
天戸は少し不安そうに俺を見る。
どうするのが正解なのだろうか?
今蘇ったこの少女には罪なんて無い。
「天戸、行こう」
「……この子はどうするの?」
きっと、どうしたって正解はない。
「ほっとけ。後はこの国の人に任せる」
「そんな……」
恐らく『そんな無責任な』と言い掛けて天戸は言葉を止めた。そりゃそうだ、俺達には責任なんて無い。
殺すのも、生かすのも、連れて帰るのも全部間違っているのなら、触れないのがきっと一番正解に近い。
「……早くジ・デスってやつをぶっ飛ばして帰ろうぜ」
そう言うと、俺の眉間に天戸の指が触れる。
「しわ寄ってるよ」
俺は蠅を払うように天戸の手を振り払う。
「うるせぇな、触るな」
◇◇◇
少女を兵舎に預けてまた夜の墓場に戻る。
恐らくは仏頂面で頬杖を突いて貧乏ゆすりまでしている俺を心配してか天戸さんがご心配して声を掛けて下さった。
「別にあなたが悪いわけじゃないわ。何も悪くないわ」
「知ってるよ、当たり前だろ」
「訂正。今の態度は悪いわね」
「知ってるよ」
天戸さんは暗闇でもわかるようにわざとらしくため息を吐く。
墓は特に異状は無し。
懸念された『疾風の戦士』レンブランの墓は何も起こっていない。
もしかしたら中が既に空とかそういう可能性も考えたが、ただ生き返らせて戦力が欲しいだけではないのだからたぶんそれは無い。
「あの子どうなるのかな?」
膝を抱えて心配そうな顔をしている天戸。
「どうなると思う?」
「……殺されるんでしょ?せっかく生き返ったのに」
膝に額を付けてか弱い声で天戸は言うが、きっとそんな話じゃない。
「明日兵舎にあの子の親が飛び込んでくるんだよ。『うちの子は?!』って。で、引き渡さないと国への不信感が募る訳だ。殺してればなおの事さ」
「わからないわ。殺さなければいいじゃない」
「それは蘇生の容認になるから無理なんだろうな。それをすると人の生死はジ・デス様が握る事になるし。言うなれば神みたいなもんだ、教会的にも無理だろ」
天戸は横目で何か言いたそうに俺を見ている。
「……何だよ」
「死霊王を殺すと蘇生した人たちはどうなるの?」
「どうもならないと思うぞ?治癒と同じだから。治癒者が死んでも怪我は戻らないだろ。操るとかその類のは消えると思うけど、どうやらそう言うのじゃなさそうだし」
それを聞くと天戸は少し笑った。
「そう。それならいいわ、安心した」
マフラー椅子から立ち上がると背伸びをする。
「死霊王の城に行きましょう」
俺はきょとんとした顔で天戸を見る。
「いや、黙ってても向こうから来るだろ。つーかこの街の宿屋にでもいるんじゃねぇ?」
「何でそんな事わかるのよ」
だってあの子蘇生したじゃん。日中に来てた誰かじゃないのかよ、と思ったけど不確定な要素もあるので特に言うのは止めた。
術後どのくらい迄蘇生の時間を決められるのかわからないし、まぁ明日になればわかるしな。
レアな術だろうし、そう何人も使用者がいるとは思えないし本人だとは思う。
そう考えると、虫とはいえ蘇生に成功した俺って実はなかなかすごいんじゃないか?と思ったけど口に出しただけで白い目で見られるのは確定なのでそっと胸にしまっておく。
◇◇◇
翌日、墓地。
お花を持ち、墓参りに訪れる20代後半位の男女連れ。
「幾つか種類あるんすか?」
その横に立って、唐突に声をかける。
男は慌てる様子でもなく、ニッコリと微笑んだ。
「あぁ。昨日の子みたいに完全蘇生にするには割と時間がかかるんだ」
男がそう答えると、横に立つ女性は眉を寄せて服を引く。
「ははは、大丈夫だよアビ。知ったところで僕をどうこう出来るはずがない」
「はは、そうっすね。知ってます?……それ、慢心っていうんすよ」
瞬時に封印術の球を作り出した俺の右手。
俺の右手は次の瞬間宙を舞い、封印術の球は消える。
アビと呼ばれた彼女が逆手に持った短刀に血が付いていたのでそれで斬られたのだと脳が理解するのに数秒かかる。
だが、その数秒の間にアビの両腕は地面に落ちた。
樹上から伸びる戦乙女の襟巻き。冷たい目でアビを見下ろす天戸がいた。
「殺すわ」
マフラーの一端が俺の右上腕を縛り、止血をしてくれているのだと気づいた。
「アビ!」
両腕を落とされたアビを心配した男をマフラーが狙うが、アビが飛びついてギリギリかわし、アビの左足はマフラーによって切り落とされる。
俺と同様に血が流れる。
「……売女が。タダで死ねると思うなよ」
ズンと地震のような振動が一度したかと思うと、全ての墓石が呻き声と共に蠢き、昨日の少女とは違う『生きる死体』が無数に現れた。




