53話 召喚の対価
◇◇◇
目を覚ますと、荘厳な宮殿の中でポケットに手を入れて立つ天戸うずめが見えた。
天戸は横目で俺を見て、いつも通り『おはよ』と呟いた。
「あぁ、おはよう。……なんだか久しぶりな感じだな、これ」
「そうね」
天戸はクスリと笑った。
異界の勇者天戸うずめにとって377回目の異世界転移、俺にとっては何回目だっけ?
場所はやはり王宮らしく、俺達のいる赤い絨毯はそのまま数段高い玉座に繋がっていて、玉座には王と思しき太った温厚そうな中年が座っていた。
王を含め、その場に居合わせた全員は俺達の出現にザワザワとしている。ふはは、何だか新鮮だな。
俺は天戸の前に跪き、大仰に両手で天戸を示して王に呼びかける。
「王よ!こちらは異界の勇者の中の勇者、『偉大なる暁』こと天戸うずめ様だ。我らを喚んだのそなたらか?その理由や如何に!?」
天戸が真っ赤な顔で俺をチラ見しているのが楽しくてしょうがない。
異界の従者、俺は半笑いで言葉を続ける。
「我が主の力を疑うのであれば……」
わざとらしく周囲を見て立ち上がり、手を広げて天井を示す。
「今すぐにでも空をご覧に入れようか?」
シンと静まり返る。
「……あっ、あなたバカなの?」
天戸が恥ずかしそうに俺の後ろに近寄る。
「信じてもらうのは早い方がいいだろ?我が主よ」
「……やめて」
王の横にいる屈強な武官らしき大男が膝を付き、頭を垂れる。
「偉大なる暁よ、どうかこの世界をお救い下さい」
いいぞ、早くも定着した。
天戸が俺の服を掴み『ちょっと!』と苦言を呈してくるがもう遅い。
『すいません、私実は偉大なる暁じゃないんです』なんて無意味な否定をする方が恥ずかしいだろう。するなら自分でするんだな。
武官の声に続いて、王を除くその部屋の全ての人間が一斉に膝を付き、頭を下げる。
「偉大なる暁よ!どうか世界に光を!」
俺はニコニコしながら天戸を見る。
「我が主、お言葉を」
天戸は少し恥ずかしそうな顔で一度咳払いをすると、見事にいつもの仮面に戻った。
「この世界の脅威は何?」
決して大きな声ではないが、凜とした天戸のその声は王宮によく通り、俺も何だか少しだけ誇らしくなった。
◇◇◇
この世界を覆う脅威――、『死霊王』ジ・デスと言う文字通り屍を操る存在だという。
何で『ジ』なんだよ、『ザ』じゃねーのかよと思ったけれど別に英語というわけではないのだろうから突っ込むだけ野暮なのだろう。
「あら、あなたのお仲間じゃない」
天戸は腕を組み冷たい目で俺を見ている。
かつてハルを蘇生魔法で蘇らせようとしていた事を蒸し返しているのだ。
きっと、さっきのことを根に持っているのだろう。
「……人聞きの悪い事言うのやめてくれませんかね」
やはり、死者蘇生ってのは印象が悪いんだなと思ったが、RPGなどの蘇生魔法との線引きはどこにあるのだろう?とも思った。
蘇生者の意思があるかどうかだろうか?
今回は案内係として金髪長身のイケメン執事が付いてくれた。間違い無く『偉大なる暁』こと天戸うずめさんへの接待だと思われる。
「わからない事があれば何でもお聞き下さい、勇者様」
男の俺から見てもかなりのイケメンだと思うのだが、さすが天戸は表情一つ変えずにポケットに手を突っ込んだままツカツカと歩く。
「杜居くん、何かある?」
何故俺に振る。
「えーっと。俺達を呼ぶのってどうやってるの?見たところ出てくるの待ってたみたいだけど、何かそういう術を使うわけ?」
イケメンは一瞬露骨に嫌な顔をしたが、ニコッと微笑んで教えてくれた。
「はい。異界の勇者様の召喚は厳しい訓練を乗り越えた選ばれた修道女のみが行う事が出来るとされています」
なるほど、そういう仕組みだったのか。
「稀に素養を持つ者の祈りで引き起こされる事もあるようです」
『言い伝えですが』とイケメン執事は付け加えた。
「私達を喚んだ人は?会える?」
天戸の言葉にイケメンは少し間を置いて微笑んだ。
「……お会いいただけますか?」
――その間の意味はすぐにわかった。
◇◇◇
王宮内にある大聖堂から地下に繋がる階段を下りる。
壁には魔法か何かで仄かに光るタイルが埋め込まれている。
イケメン執事を先頭に、俺、天戸の順番で階段を下りる。
「神託者……って呼ばれていて、もうすごい名誉のある称号なんですよ。孫の代まで恩賞が出るくらいに」
カツカツと階段を下りる。
下に行くにつれてひんやりとした空気が伝わってくる。
あぁ、もうわかってしまった。
「身内自慢であれなんですけど僕の姉なんです。勇者様を喚んだ神託者って。いっつも笑ってて、優しい自慢の姉ですよ。はは、おかしいですよね?もう子供じゃないのに」
「ううん、変じゃないわ」
俺が何も言わないので天戸が相づちを打つ。
「……どうしたの?」
天戸が俺のすぐ後ろで小声でささやく。
俺は立ち止まる。
天戸は首を傾げてもう一度同じ言葉を言う。
「どうしたの?」
「あー、やっぱり行こうぜ。挨拶なんか後でいいだろ。ジ・デスだか、ザ・デスだか知らないけど放って置くわけにはいかねーよ」
俺はどんな顔をしていたのか。
灯りは薄明かりだから大丈夫か。
天戸は少し怒った顔をしている。
「杜居くん、あなたそんな言い方は無いでしょう?それなら一人で先に行けばいいわ」
そう言って俺を追い越そうとする天戸の手を掴む。
「……なによ」
俺は天戸の顔が見られない。
「行こうぜ、お願いだ。……小便も漏れそう」
「はぁ?」
少し間が開いて呆れたような溜め息が聞こえた。
「わかったわ。こんな所で漏らされたらたまらないもの。……ごめんなさい、またにさせて」
天戸は申し訳無さそうにイケメンに微笑むと、イケメンもニッコリ微笑んだ。
取りあえず城を出よう。
天戸は納得し切れてはいないようだが何等かを察して何も聞いてこない。
「……急に手なんて握ってきて、どうかしてるわ」
また訳の分からないことを言っている。
だが、今まで通りに話してくれていることを見るとおそらく気づいていない。
察しが悪くて助かる。
畜生、もうこれ以上天戸に何も背負わせるなよ。
教会の、聖堂の、地下に何がある?
想像だけど霊安室みたいなところではないのか?
異界の勇者の召還……恐らくは召喚の対価は、
――召喚者の生命だ。
今までの何回かを見るに確実に死ぬわけではないだろう。
生命を削る、と言う程度かもしれない。
天戸にとって、377回目の異世界転移。
今までどれだけの人が犠牲になったのかなんて、天戸は知らなくて良い。




