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4話 世界を救うの定義

◇◇◇


 朝、家を出ると天戸が玄関の前に立っていて、軽く俺に手を振った。

「ん、おはよ」


 母親から渡された燃えるゴミを二袋持ったまま、俺は少し固まった。母親は天戸の姿を見て嬉しそうに笑った。

「あら、うずめちゃん。もしかしてうちのグズ待っててくれてるの?」

「……我が子にグズとか言うな。ぐれるぞ。不登校になるぞ」


 天戸は外向きの笑顔でニコリと笑い、母親に紙袋を手渡した。

「いえ、伊織君を待ってたわけでなく、母からこれ持って行けって。田舎から野菜が送られてきたから」

「わぁー、ほんと?いつもありがとうね~」


「え、いつもって何?」

 ゴミ袋を持ったまま俺は首を傾げる。

「アンタが知らないだけでうずめちゃんちょくちょくうち来てるからね」 


「マジか。俺の知らない間に何してんのお前」

「……別にあなたに関係ないでしょ?おばさんとおじさんに用があってきてるんだから」


「ああいえばこういうやつだな。ん、一つ持ってくれよ」

 俺はさも当然の権利の様にゴミ袋を一つ手渡そうとしたが、露骨に嫌そうな顔をされて母親からは頭を叩かれた。


「あほ、あんたに頼んだんだよ。ちゃんと捨てておいで」

「……ちっ」


 玄関前にゴミを捨てて、学校まで歩く。天戸は少し後ろを離れて歩いている。スマホのバイブが鳴る。天戸からだ。

『可愛い幼馴染と登校出来て嬉しいでしょ』

 

 何だこのツッコミ待ちの構ってちゃんは。

『悪いけど、貧乳には興味ないんで』


『だ ま れ』

『異世界にいい豊胸魔法とかないんですかね?』


『黙れと言ったよ?』


 俺は立ち止まって振り返る。

「今気づいたんだけど、歩きスマホあぶねーわ」

「……あぁ。ごめん。私全方位見えてるから普通にできるかと思っちゃった」

 言われてみれば天戸の両手はポケットに入っている。


 あぁ、そうだった。竜も魔王も一瞬で粉微塵にできるような超絶チート周回野郎だった。視界広すぎか。

「あれは?戦乙女の襟巻き(ヴァルキリーマフラー)。今あるの?」


 一応小声でヒソヒソと聞いてみると、天戸は一応周囲を見た後でどこからともなくマフラーを出し、俺と握手させた。


「すげぇ。いいな。くれよ」

 天戸は露骨に嫌そうな顔をする。

「いいけど使った瞬間干からびて死ぬくらいの覚悟はしてよね」

「すげぇ!なるほどなるほど。じゃあさ、俺が使えそうなの何かないの?くれよ、くれくれ!」

「くれくれうるっさい……!」


「学校の奴らにそんなの聞かれていいんですかね?天戸うずめさん」

「……下衆な脅しをしてくるわね」

 そう言って天戸は手を差し出してくる。


「お守り返して。そしたら代わりに何かあげる」

「じゃあいいや。自分で取ってくるから」


「あっ、うずめー!おはよ~」

 何かを言い返そうとしたところで天戸は友人から声を掛けられて外面モードになった。俺はいつも通りヘッドホンを付けて少し早歩きで学校へと向かった。それにしても、全方位視界便利だな。歩きながらゲームとか余裕だろ。テレビ見ながら漫画やゲームもいけるな。


◇◇◇

 教室では当然だけどいつもの天戸だ。誰が望んでいるのかわからない完全無欠の優等生、天戸うずめ。また四字熟語が増えた。世界を救う事もそうだけど、何でそこまで自分を犠牲にしなければならないんだろう。

 俺だったらどうするだろうか?最初の何回かは勿論喜んで行くだろうだが、それでも呼ばれたら?断れるなら断るだろう。正直他所の世界が救われようが滅びようが俺の知った事ではない。俺は神ではないのだ。


 ちょうど授業は歴史の授業だった。戦争はいつの時代でも起きている。例えば……今この世界を救って、と言われた場合。如何することが救う事になるのだろうか?天戸の言う意味が分かった。確かに魔王は楽だ。倒せば終わる。倒すは勿論『殺す』だ。ん?とも言い切れないのか?改心させてもいいのか?とにかくその脅威がなくなればいいわけだもんな。


 考えてみると、いろいろと異世界で試したい事が増えてきた。目下の所あの収納術は覚えたいな。そして、天戸を救う。実際にどうすればいいのか、全く目途は立っていない。何にせよ、何度も行ってみるしかないか。


 外はいい天気で、子守歌の様に響く歴史の授業。天戸を見ると手で隠して欠伸をしている。いいのか?優等生。


◇◇◇

「……おはよ」


 気が付くと、バツが悪そうに俺を見下ろす天戸の姿。制服にマフラーの異世界スタイルだ。

「授業中に眠っちゃだめだろ、優等生」

「うっさい」


 今回は夜の町はずれの草原だった。教会ではない。特段召喚者がいるようには感じられない。


 天戸が言うには、そう言う事の方が多いらしい。『一人の強い願い』でなく、『多数の人の願い』で召喚されるケースもあるそうだ。さすが346回目のベテラン周回者は違う。


 周囲を見渡して、空を見上げて、マフラーを使って何かをメモしている。

「何してんの?」

「簡単な星の記録。同じ世界の違う時間軸に行った事があるの。景色は変わっても星は変わらないでしょ?」

「厳密には変わるけどな」

「……知ってるよ」


「同じ世界の別時間軸って詳しく教えてくれよ」

 俺の食いつきが予想外だったらしく、町に向かう足を止めて異空間収納から手帳を取り出す。

「えーっと……ね。例えば、34回目と、93回目。28年後の世界だったわ」

「へぇ、天戸の事を知ってる人は?」

「勿論。……伝説の勇者って、銅像になってた」


 自分で言って少し恥ずかしそうにする天戸の顔をニヤニヤして覗き込む。

「さっすがじゃないっすかぁ、天戸さん。幼馴染として鼻高いっすよ、ほんと」

「だ・ま・れ」


「黙るからその手帳見せてくれ。俺もデータ知りたいし、意見は多い方がいいだろ」

 天戸は少し考えて……いや、大分考えてから首を縦に振った。

「一理あるわね。夜が明けるまで時間あるし、夜警がてら読んでていいわ。私はひと眠りするから」

「ん?町あるだろ、宿とかあんじゃないの?」

「……馬鹿ね。お金は?召喚者がいないパターンだとそこが辛いのよね。一応金とダイヤはどの世界でも一定以上の価値を持ってるから、最悪換金すればどうにかなるけど」


 ん、サラリとセレブ発言が出たぞ。

「金?ダイヤ?俺見た事すらないんですけど」

 天戸は異次元収納を開くと、マフラーで金貨の袋を取り出した。

「ほら、見るだけね」

「うわぁ……」


 俺が目を輝かせているうちに異次元収納に置いてあるベッドをマフラーでベッドメイクすると、布団に入り、マフラーを出してたまま半分ジッパーを閉じる。

「じゃ、何かあったら起こしてね。お休み」

「……本当に寝るのかよ」


 少ししてマフラーが手帳を渡してきたので、めくってみる。


 ――だが、これは軽い気持ちで見るようなものでは無かった。


 最初の世界を救うのは5年かかっていた。


 日記のように、その日起こった事などが書いてあるが……『奴隷』の文字も見られる。黒く塗りつぶしてある所が多く、詳細はわからないがおおよそ想像はつく。途中から記入は無くなっているが、正の字もある。……恐らくこれは、殺した人数だろうか?それから目を引いたのは『右手が無いと大変』の文字。そう言えば言っていた、怪我は戻れば治る、と。


 そして、6回目。ハルが一緒に来た。イラストも増えて、嬉しそうなのが伝わってくる。7回目は8年掛かったらしい。『ハルは胸が大きい』の文字がひときわ目を引く。


 そして、8回目。ハルが死んだ所だ。『伊織に伝える。→ずっと好きだった』まるで、試験に出る所をチェックするように丸で囲んであった。後は自身を呪う言葉がひたすらにページを埋めている。


 俺は夜が明けるまで、ずっとその手帳を読んだ。これを読み終わらないと、天戸とちゃんと話してはいけない気がしたから。


 いつしか、夜が明けても俺は手帳を読んでいた。345回分の旅の記録。一行で終わる世界もあれば、数ページに及ぶ世界もある。なんてことのない、そこらの文房具屋で買ったファンシーな手帳には、345回の世界を救った軌跡が記されていた。


「読んだぞ」

 俺の声からさほど間を空けずにわざとらしいあくびの後で、マフラーがジッパーを開けて天戸が出てきた。

「ふぁーあ、おはよ。次、杜居くん眠っていいよ。ベッドは使わないでね、絶対」


「天戸。勘違いの無いように先に言っておくぞ」

 真面目な顔をしてそう言う俺を見て、少し構える天戸。

「えっ、何よ急に。別に勘違いなんてしてないわ」

「俺はお前に恋愛感情は無いし、余計な下心は無い。そして何より貧乳お断りだ」

「うっさいわ。起きざまに何をいうの」


 俺はガバッと天戸を抱きしめた。殴られたって良い、それでもどうしても伝えたい。

「頑張ってたんだな。一人でずっと。偉いぞ」

 マフラーで殴り飛ばされるか、最悪細切れにされるかと思ったが意外にも天戸も俺の背中に手を回してきた。

「何様よ、何にも知らないくせに。ばぁーか」

 そう強がりを言いはしたが、声は少し嬉しそうな気がした。俺の気のせいで無ければ。



 


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