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3話 ただ一つ、救えなかった世界

 ◇◇◇

 結果から言うと、二人は8回目の世界を救えなかった。


 343回世界を救ったと言う天戸が、只一度だけ救えなかった世界。その世界の魔王は圧倒的に強く、かつ狡猾で、そして出会うタイミングが悪すぎたと言う。言うなれば、ラスボスと最初の村で会ってしまったような。

 

 元の世界に戻る方法は2つ。召喚者の求めるように世界が救われた時か、勇者がその力を集中して帰還を願う術を使う事らしい。


 つまり、ハルが時間を稼いで、天戸を逃がしたと言うことだ。俺は安心した。何だ、やっぱり加害妄想じゃないか。


「私があなたを避けてたのは、文字通り合わせる顔が無かったから」


「……俺を頼ってくれても良かったんじゃないか?」


 何も知らない15歳のガキにそう言われたことが、天戸の癒えない傷に触れてしまったのだと、口にするまで気が付きもしなかった俺は愚かだ。


 天戸は急に声を荒げた。


「ハルを殺しちゃった後で!?私があなたに頼めば良かったって言うの!?ねぇ!ハルを殺しちゃったけど助けてくれませんかって?ふふっ、何その(たち)の悪い冗談」



「……もう殺したって言うなよ。お前は殺してない」


「だって」

 困り顔で俺が呟くと、天戸は居場所が無さそうに絨毯の上で膝を抱えて顔を埋める。そして、天戸は膝を抱えたまま言った。


「……遅くなったけどハルからの伝言伝えて良い?」


「悪いことでなければ」


 ズズッと鼻を吸う音がして、すこし沈黙した後で、天戸は少しだけ震える声で呟いた。



「ずっと好きだったって。……いつからか分からないけど、ずっと」


 ――俺だって好きだった。


 そう言ってしまうと、天戸が一人になってしまう気がして、俺は何も言えなかった。



◇◇◇


 暫くして、空飛ぶ絨毯は魔王城に着いた。


 城門を戦乙女の襟巻ヴァルキリー・マフラーで切り裂き、中に入ると、場内は正に悪の巣窟と言った風に無数の魔物たちがひしめき合い(うごめ)いていた。


 RPGで例えると、一歩歩くごとに敵とエンカウントするような密集地を、天戸はただスタスタと歩いて進んで行く。俺はと言うと、渡されたローブに身を包み情けなく天戸から離れないようにピッタリとついていくだけだ。それだけで天戸のマフラーが敵を切り刻み、薙ぎ倒していく。


 何という無双……、コレが世界を343回救った勇者の力か。


「なぁ、これ現実でも出来るのか?」


 まるで散歩でもするように、天戸は魔物の襲撃の中を悠然と歩く。


「えぇ。完全に同じ出力ってわけにはいかないけれど使えるわ。あ、怪我はしないでね?私魔法使えないから」


「怪我したらどうなる?元の世界だと」


「治るよ。同じ体って言う訳じゃないみたい。死ななければ、大丈夫」


 死ぬとどうなるのかは聞かなかった。聞かなくても分かった。


 何百匹の魔物を返り討ちにしても、天戸は眉一つ動かさない。これだけ強くて勝てなかった敵が本当にいるのか?と思ったが、当時は今ほど強くなかったのだろう。



 そして、荘厳かつ重厚な扉を開けるとそこには魔王がいた。



 同じ空間にいるだけで、陸に打ち上げられた深海魚のように口から胃が出てきそうなくらいの圧倒的な圧と嫌悪感。右手をかざされただけで死を覚悟する絶望的な力の差。


「貴様等……よくぞ」


 そう言い掛けた魔王の首は、既に胴から離れていた。


 天戸は少しだけ悲しそうな顔をした。


「ごめんなさい、聞くだけ無駄だから」


 次の瞬間、断末魔を上げる間もなく魔王は無数の肉片となった。


 少しすると、俺たちの体を淡い光の粒子が包んだ。


 天戸は振り返り優しく微笑んだ。



「お疲れ様。これでこの世界は救われたよ。……344回目だね」


「これは……いつか終わるのか?何か目的があるんだろ?召喚者の意図が」


 首を横に振る。


「ううん。毎回呼ぶ人は違うもの。世界の危機を感じて、異界の勇者に助けを求める人がいる限り呼ばれるの。時間も、場所も時空もバラバラみたいよ」


 そんなバカなことがあるか。



 ループ転移物なら一回クリアするごとに何か物語の核心に迫っていく物だろ!?何もなく、無限に救い続けろなんて……。だが、二回や三回ならまだしも345回だぞ?きっとそれは真実なのだろう。


「止めらんないの?」


「ん?止められるよ。声が聞こえても行かないのは私の自由」


「それなら……」


 言いかけて止めた。



 さすがの俺でもわかった。これは贖罪なのだ。


『救いの声を無視せずにハルを死なせてしまった』以上、今後どんな声も天戸は救い続けるつもりなのだろう。


「またね」



◇◇◇



 ピピピピと目覚ましの鳴る音で目が覚めた。


 視界には天井が映る。何の変哲もない、白い天井。


 スマホを手に取り、確認する。天戸の連絡先はある。夢ではない。枕をどかすとお守りがある。やはり、夢ではない。


 ピロンとメッセージがくる。家族か天戸だろう。天戸だった。


『おはよ。昨日はありがとう、少し楽になった。お守りは今日返してね』


 罪悪感から、俺にハルからの伝言を伝えられなかった。やっとその肩の荷が降りたってことなのだろうな。


 再びピロン。


『こら、無視すんな。生意気よ』


 少しくすっとした。優等生な天戸ではない、昔のような天戸。


『やなこった。辛いならやめろ、あほが』


 ピロン。


『だ ま れ』


 ふはは、懐かしい。俺の、たった二人の幼馴染達。幼馴染って、よく考えたらすごいな。もう二度と作れないんだ。



『お前は一人で勝手に無限に世界を救い続けてろ』

続けてメッセージを送る。


『俺はこの世界でお前を救うから』


 すると、再びピロンと音が鳴る。


『カッコつけんな、ばぁーか』


「はっ……ははははは!」


 一人、部屋で声を出して笑ってしまった。


 世界とは、不公平で理不尽だよな。


 あの日以降も、いくつもの救いの声に応えてきた天戸の救いを求める声は誰にも届かなかった。でも、やっと俺に届いた。




 ハル、見ててくれよ。天戸は俺が助けるから。お前がそうしようとしたように。


 

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