36話 夏祭り
◇◇◇
現実世界で魔法の練習をすることは実はあまりない。と言うか、ほとんど無い。
天戸に隠れてこそこそ蘇生の練習をするならまだしも、ばれてからはこっちの世界で練習をするメリットが感じられないからだ。
少し出力を間違って昏倒しようものなら、そのまま天戸さんとの異世界転移送りだ。下手したらそのまま1ヶ月帰ってこれない。それならあっちで練習した方がよくない?と言う話。
うっかり何かを壊したり火事になっても怖いしね。何とも無責任な話だが。疲れて手っ取り早く眠りたい時に使うくらいでちょうどいい。
その代わりと言ってはなんだが、手遊びのように封印球の練習をする。魔導障壁を無数に重ねて折り畳み、球体にする。滅竜封印天戸式練習法。
「うずめちゃん、からしいる?」
「はいっ」
と、朝食を食べながらうちの食卓で納豆を食されている天戸うずめさん。
「人の家で食べる朝ごはんは美味しいっすか?天戸さん」
「うん、すっごく。おばさんのご飯おいしいです」
「も~、どんどん食べて」
国語の評価も5なのに皮肉が通じないとはどういうことなんだろうか?あれか?通じていてあえて無視しているのだろうか?うん、きっとそうに違いない。
「いやぁ、女の子がいると食卓が華やぐな」
親父ものんきな事を言ってやがる。
「うずめちゃん、ヨーグルトは?」
「いただきます!」
「……かーさん、俺もヨーグルトプリーズ」
「えっ?もう無いわよ。あんた帰り買ってきてよ」
「ふふ、ごめんね。いただいてます」
スプーンを口に入れながら天戸は微笑む。何なんだ、こいつ。そろそろ食費を入れるレベルだぞ。うちはお前の家みたいに裕福じゃないんだよ。
◇◇◇
いつも通り1人多い朝食を終えて登校をする。
天戸もいつも通り俺の少し後に出る。
「ねぇ」
いつも登校中はメッセージでしか会話をしてこないが、珍しく声をかけてきた。……あらぬ誤解を招くからやめろと言ったはずだ。
俺が答えずに進もうとすると、服を掴まれる。
「ねぇってば」
「……何だよ、関わるなよ」
天戸は壁のポスターを指差す。近所の神社の夏祭り、日付は今週末だ。
「これ、行こうよ」
俺は眉を寄せて天戸と俺を交互に指差す。
「俺と?お前で?」
俺の反応が気に入らなかったのか天戸は服を離すとプイッとそっぽを向くと、そのまま足早に学校に向かった。
「じゃあいい」
「……何なんだよ」
しばらく立ち尽くしていると、後ろから声がした。
「あっ、伊織くん!おっはよ~」
振り返らなくても声とテンションでわかる。と言うか、現状俺に話しかけてくるような相手は天戸と淡島しかいない。
「おっす。朝から元気だな、血圧高いのか?」
小学校が同じって事は家が比較的近いって事か。チャリも乗ってないって事はこいつも徒歩圏内なのだろうな。
「血圧なんか測ったこと無いよ、お爺ちゃんじゃないんだから」
そう言って壁のポスターをチラッと見て更にテンションがあがる。
「あっ!夏祭りじゃん!これ行こうよ、伊織くん。いい?」
あまりの圧に一歩下がってしまう。
「あっ……あぁ。天戸が行きたいって言ってたぞ。誘ったら喜ぶんじゃねーの?」
「ほんと!?オッケーじゃあ三人でいこ!後でRhine送るね。おーい!うずめ~、おはよー」
そう言って淡島は少し先を歩く天戸に駆け寄って行った。……朝から超元気だな。
◇◇◇
『お邪魔になるから二人でお行きよ』
天戸からのメッセージ。一瞬なんの事かと思ったが、少し考えて夏祭りの事だと繋がった。何故俺が淡島と二人で祭りに行かなければならないのか。
『意味がわからん。お前が行けよ、行きたいんだろ』
『明日19時現地だって』
『おい、行くとは言ってないぞ』
『あ、そう。じゃあ二人とも断るって瑞奈に伝えるよ。かわいそ』
かわいそ、じゃ無いだろ。
それなら天戸が行けばいいだろ。……元々仲がいいんだし、それが筋だろ。
『俺は行かないぞ』
『かわいそ』
ピロンと淡島からのメッセージ。
『楽しみだね!』
『天戸も楽しみにしてるぞ』
これでいいだろ。
◇◇◇
その日は『呼び出し』は来なかった。
天戸は大体3~5日に一度だと言っていた。何か法則やルールがあるのだろうか?
今日は土曜日。夕方から夏祭りがある。
『今日は楽しみだね!』
『俺絶対に外せない用事があるから天戸と行きな』
『うずめ来れないって』
『そっか、残念だな。また来年楽しめよ』
『そうだね、残念だね。来るまで待ってるね!』
『話を聞け。俺は行かないぞ』
『19時ね!』
『おい』
そして淡島瑞奈からのメッセージは途切れた。
俺はため息をついてベッドに寝転がる。俺は伝えたぞ、行かないって。待ってたってお前の勝手だからな、淡島。
◇◇◇
「……来れないんじゃなかったのかよ」
「それはこっちのセリフよ」
やむを得ず待ち合わせ場所に来ると天戸がいた。淡島はいない。
「淡島は?」
「……すぐ来るんじゃないの?」
そんな話をしていると、俺と天戸のスマホがピロンと鳴る。
『ごっめ~ん!弟が熱出して行けなくなっちゃった!』
なんだそりゃ。……ま、いいけどな。
天戸は何かを言いたそうに俺を見ている。よく見ると浴衣だ。浴衣と謎の袋を持っている。あれはいったい何なのだろうか?
「……せっかくだから楽しんで行きましょうかね、天戸さん」
俺がわざとらしく渋々言うと、天戸は少し笑ってわざとらしく渋々と答えた。
「そうね、杜居くん。せっかく来たんだもの、解散すると瑞奈に悪いわ」
お互い『渋々』夏祭りを回る事になった。
この神社のお祭りに来るのは何年振りだろう?と指を折っていると、天戸は『5年ぶりよ』と笑った。
「……何でわかるんだよ。食べたいものを数えてるのかもしれないだろ」
「ふふ、そうね。私は綿菓子にしようかな」
天戸が綿菓子を買う横で俺はお面を買い、顔を隠す。……何だこの視界の悪さは。全く前が見えないぞ。
ふらふらと足元のおぼつかない俺を見て、綿菓子を食べながら天戸は笑う。
「何それ、こないだの私の真似?あはは、別に驚かないよ?見えてるもの」
お祭りの雰囲気もあってか、いつもより気持ちテンションの高い天戸うずめ。全方位視界いいよな、マジで。あぁ、天戸は全方位見えるからお面付けてても平気なのか。
「お前の真似してるわけじゃねぇの。自衛だよ、自衛」
「自衛?何から守ってるのよ」
なるほど、リスクをよく理解していないようなので、天戸の浴衣の裾を掴みふらふらと歩きながら説明をしてやる。
「あぁ、自覚無しっすか。みんなの人気者天戸うずめさんと二人でお祭りに行くと言う行為が何を招くのか。妬み、嫉み、僻みの三み一体攻撃の標的だよ」
天戸は1人納得したように頷く。
「あっ、なるほど」
ようやく理解してくれましたか学年一位さん。
「謎の彼氏がいるって事にすれば、告白もされなくなるんじゃない?」
何とか仮面のお面の限られた視界の中で、天戸が悪戯そうに笑うのが見えた。
「あー……、そうね。いいね、すごくいい。最高だ。俺以外の誰かでやってくれ」
「ん、また機会があったらね。今日はもうしょうがないじゃない。よろしく」
「まぁ、条件次第だな」
「焼き鳥3本くらいで平気でしょ?」
「……随分安いな」
高校からも比較的近くにある神社なので、何人か同級生らしい人間が天戸に声を掛けてきた。勿論男女問わず。後は中学が同じらしいやつ。当然俺はどいつもわからない。
天戸が男連れな事に皆驚いていたが、天戸はニコニコと俺を紹介した。勿論名前を伏せて。
そして、俺はお面を被ったままニコニコと挨拶をする。俺の声を知っている奴なんて何人もいないし、特に問題も無い。
「いやぁ、うずめがいつもお世話になってます。あははははは」
特に話題がある訳でもないので、馬鹿みたいに笑う事しかできない。我ながらなかなかの馬鹿っぽさだぞ。
同級生たちが去った後で、天戸が笑いを堪え切れずに吹き出す。
「ふふっ、何あの笑い方。それにうずめって……調子に乗りすぎ」
「はぁ?『天戸』じゃおかしいだろ。対応があったから焼きそばも追加だぞ」
「しょうがないわね」
でも、お面外さないと食べられないよな。
5年ぶり、あの日と違い二人だけの夏祭り。
ハルもどこかで見ているといいな、とそんな事を思った。
あ、あと焼きそばと焼き鳥を早く食べたいな、と思いました。




