31話 勇者天戸の冒険④
◇◇◇
――あの日から、何度も何度も想像した。
どこを間違えたのだろう?どこから間違えたのだろう?
そもそもが見ず知らずの誰かの救いを求める手に、手を差し伸べた事が間違いだったのだろうか?それとも、ハルに助けを求めずに私一人が死んでいればよかったのだろうか?
何もかもを間違ってここまで来てしまった私が、今只一つだけ正解だったと思える事は……あの日、ハルのお墓の前で……。いや、わからないわ。もしかしたら、それすらも誤りなのかもしれない。
◇◇◇
教会は話に聞いた通り荒廃していた。
十字架は折れ、偶像の首はもがれ、赤い何かがぶちまけられている。荘厳なステンドグラスや、装飾の数々も全てが破壊されている。
ハルは顎に手を当てて何かを考える。
「うーん、変だよね。これ」
私にはさっぱりわからない。
「何が変なの?」
ハルは指をくるくる回しながら教会を見回す。
「うん、荒れ果てた教会。失う信仰。その辺まではわかるのさ」
「何がおかしいの?」
「ん?じゃあ焼いたりした方が早くない?……この形で残している事に意味があるのかな~なんて勘ぐっちゃうよね?」
私は腕を組んで首を捻る。
「……そう……かな?」
「じゃない?例えば、焼いて更地にして魔王教みたいなのの教会を作るとかさ」
「あんまり人目に付く行動を取るとまずいとか?」
「それはあるだろうけどさ。ん~、ちょっとわかんないね」
廃教会の片隅には懺悔室があった。
ハルは懺悔室を横目に言った。
「……ここが存在する意味ってのがあると思うの。」
何となく嫌な予感がしたが、正にその通りだった。
――ハルは懺悔室の中で夜を過ごすと言った。
「えっ、ねぇ、ちょっと正気?!こんなところで1人で?!誰が来るのかわかんないでしょ!」
「だからその誰かを確かめたいじゃん。誰も来なければそれでいいしさ。それに、100年に一度の天才魔法少女ハルちゃんを簡単にどうにかできるとお思い?」
ハルは魔法少女っぽいポーズを取って笑う。正直似合っている。ハルは何をやっても可愛い。
「……でもさ」
「何かあったらすぐ教えるよ。念話だって出来るし、私の障壁割るのだってそんなそこらの魔物にできるはずないじゃん」
私は眉を寄せてハルを見る。そして何度も足りない頭を使って考える。本当にハルにそんなことをさせていいのか?
「……それなら私が見張る」
「あはは、ダメダメ。うーちゃんは強いけど対応力が低いもん。私の方が何かあったとき色々動けるし」
ハルは笑ってそう言ったので、少しムッとして言い返した。
「そんなことないよ。私だって色々出来るもん」
私がそう言う事をわかっていたように、ハルはにっこりと笑った。
「二人入ると狭いけど平気?」
「もちろん」
◇◇◇
真夜中の廃教会。
懺悔室の中に二人で隠れる。
外の様子は予め開けて置いた覗き穴から少しだけ伺うことが出来る。神様、ごめんなさい。
「あはは、思ったより狭くないね」
私と密着しながらハルは笑った。こんな状況だけど、不思議と怖くない。きっとハルがいるから。
どのくらい時間が経ったか、『ギィ』と重く低い音を立てて扉が開く。
――誰かが来た?!
心臓がドキドキする。
見えないけれど、足音はする。1人ではない。次々と教会に入ってくる。
人だ。見たところ普通の街の人達が次々とこの教会に入ってくる。大人だけではない。子供もいる。
これだけの人数がいて、話し声一つしない。扉の歩く音、衣擦れ、歩行音以外は何の音もしない事が異様さを際立たせた。
ハルは私を安心させるように、手を繋ぎながら外を監視した。
心臓の音はどんどん早くなる。
何が起こっているんだろう?
『普通の人たちに見える。魔力とかは見えない。特に何をしているわけではない。何をしているんだろう?人数は38人』
ハルが『念話』で話しかけてきた。テレパシーのようなものだ。但し、ハルから私への一方通行でしか会話が出来ない。
私は気配と音に神経を注ぐ。
どのくらいの時間が経ったのか、人々は動き始めた。
『動いた。皆外に出る』
入ってきた時と同じく、話し声を上げずに規則正しく教会を出る。
最後の38人目が扉の外に出ると、ハルは動いた。
『後をつけよう。うーちゃんは少し待って』
私が手を引いて顔を見ると、ハルは首を横に振る。
『何かあったら呼ぶ。頼りにしてるよ?』
そんな事言われたら待っているしか出来ないじゃない。
慎重に辺りを伺いハルは懺悔室を出る。
そして、気配を殺してゆっくりと扉を開けると、念話が聞こえた。
『うーちゃん。絶対出てこないで』
◇◇◇
扉を開けると1人の男が立っていた。
『男』ではあるが、間違いなく人間ではない。
「やぁ、勇者様。よい月夜だね」
昼間、ジラークと名乗ったあの青年だ。
何も言わなくても分かる。一瞬前まで何も感じなかったが、この魔力、この圧、この絶望感……コイツが魔王だ。
『うーちゃん。絶対出てこないで』
「あはは、今また念話したね?魔力で分かるよ。どれだけ微量でもさ。分からないと思ったかい」
動けない。自惚れていた。今の私達じゃ絶対に勝てない。
『うーちゃん。戻ろう。転移術。すぐ。早く』
「……何が目的なの?」
うーちゃんへの念話とジラークとの会話を同時に行う。
ダメだ。この世界には悪いけれど、私達にはどうしようもない。元の世界への強制帰還ができると聞いた。どの位でできるのか?それまで時間を稼がなきゃ。
そう考えている間に、気が付くと痛みも無く私の右腕は無くなっていた。
「また何かヒソヒソ話したろ?ははは、正々堂々行こうよ勇者様」
ジラークはいつの間にか右手によく見慣れた腕を持っていて、むしゃりとそれをかじった。
――私の腕だ。
思い出したように血が吹き出して痛みも思い出す。
痛い。
『うーちゃん!早く!待ち伏せよ!逃げよう!』
涙も止まらないし、食いしばった口からは涎も出ているだろう。でも、うーちゃんだって痛かったはずだ。
同じ痛みを受けられたことが少しだけ嬉しい。こんな時に馬鹿みたいだね。
ギンと鈍い金属音を立てて左腕の障壁がジラークの攻撃を弾く。ヤマを張っていてよかった。
「へぇ、やるね。さすが異界の勇者」
あいつは余裕たっぷりの顔で拍手をした。
なにで攻撃されているのかも分からない。
『うーちゃん!お願い!』
「葬送劫火!」
街の人には悪いけれど、灼熱爆炎魔法を放つ。
炎はあいつを直撃する。
「あははは、わかったわかった。君は焼いて食べて欲しいわけだ」
炎の中を、魔王ジラークはゆっくりと歩み寄る。
◇◇◇
『うーちゃん。絶対出てこないで』
ハルからの念話。
何が起こった?!と思った矢先に強大な魔力を感じた。それは今まで倒した7人が赤子に感じるほどの魔力だった。
ハルを助けなきゃ……!
『うーちゃん。戻ろう。転移術。すぐ。早く』
転移術!?やったことないけど……、ハルがそんな事を言うくらいマズい相手だということも分かる。
ガチガチと歯が震える。身体も震えている。
ハル。ハル……。ハル!
やり方は知っている。集中。集中。集中。集中。
『うーちゃん!早く!待ち伏せよ!逃げよう!』
ごめんね、ハル!急ぐから。急ぐからね。いそぐから!
私は何て駄目なんだろう。友達のピンチに、身体中の震えが止まらない。
外ですごい音と魔力の振動が起こる。どっち!?ハルの魔法!?
早くやらなきゃと思っているのに。
そして、私の周りにほのかな光が現れる。
やった!後少しよ。……ハル!
『うーちゃん、頑張ったね!後少し!持ちこたえられるよ!……戻ったら、伊織にちゃんと伝えてあげてね。……うーちゃんも好きなんでしょ、伊織のこと』
私は震える手を合わせて神様に祈った。
神様お願い……、どうか私達を、無事に帰らせて下さい。
「うーちゃぁーん!……大好きだよ!!」
外からハルの大きな声が聞こえた。
――その時ハルは一体どんな姿だったのだろうか?
◇◇◇
そして、私は目を覚ました。
――戻れたのだ、元の世界に。




