2話 お守りの中身
◇◇◇
『ハルは、私が殺したの』
その夜俺は、ベッドに寝転がりながら古びた御守りを眺めていた。普通に考えて、ただの加害妄想だ。ハルは傷一つ無く、綺麗に死んでいたし、天戸がハルを殺せるとは到底思えない。
――だが、嘘をついているようにも見えなかった。
あの後、天戸は俺にこの御守りを手渡して言った。
「夜眠るときに、枕の下に置いて眠って。そうすればわかるから、私の言った意味が」
真面目で、どこか思い詰めたような顔で言った。嘘だとしても、騙すとしても、天戸が俺にそれをするメリットは無いと思う。
『中は開けないで』とも言った。言われなくてもお守りの中身を開けるような不信心な真似は小心者の俺にはとても出来ない。
一体何が入っているのか?15年生きても未だ謎である。
ふと、このお守りに見覚えがあることに気がつき昔のアルバムを漁る。俺のアルバムは小学生までで止まっている。天戸の家でランドセルを放って遊んでいる写真。そのランドセルによく似たお守りがついている。赤のランドセルだから、天戸かハルのどっちの物かはわからない。今ならもう少しカラフルなランドセルが多いのだろうな。
まぁ、でも御守りなんてどれも似たようなデザインか。元々デザインが売りのものでもないしな。そう思うとピロンとスマホが鳴る。天戸からだった。
『お守り忘れずにね、お休み』
家族以外からの初メッセージ。自意識過剰なのはわかるが、なんだかこそばゆい。少し遅れて何やらおかしなスタンプが来たので、一人でニヤニヤしてしまった。
忘れないようにお守りを枕の下にセットして、寝転がる。優等生の天戸と違って、普段こんな時間に俺は眠れないし眠らない。でも、今日くらいはいいか。そう思い目を閉じると、すぐに眠りに落ちた――。
◇◇◇
「おはよう」
――目が覚めると、俺の目の前には制服姿にマフラーをした幼馴染・天戸うずめの姿があった。
「天戸?」
俺が呼ぶと天戸はニコリと頷いた。
「信じて貰うのに時間が掛かると思う。だけど、これは夢じゃないの」
自分の身体を見ると、俺も制服姿だった。眠る前はTシャツにハーフパンツだったにもかかわらず。
「あー、……そう。夢じゃないなら、なんなんだ?」
よく見ると、辺りは教会のようだった。赤いカーペット、壁に嵌められたステンドグラス。なんだか眩しいな、と思い天井を見上げてみると、教会の屋根は巨大な何かに切り取られたかのように斜めに切られて青天井になっており、その先に見える青空には太陽が三つ浮かんでいた。そのうちの一つは、血のように赤く、不穏に俺たちを照らし出す。
「え?やっぱり夢?」
引きつり笑いを浮かべた俺の反応がお気に召した様子で、天戸はクスリと笑い言葉を続ける。
「言ったでしょ?夢じゃないって」
天戸は教会内を見渡して問い掛ける。
「私を喚んだのは誰?」
凜とした声で周囲に呼びかける天戸の声に、何かが始まる予感に思わず俺も高揚する。そして、俺の高ぶりを余所に、物陰から一人の女性神官が現れる。
「……本当に、勇者様なのですか!?」
――勇者!?天戸は怯える子羊のような神官を安心させるように、にこりと微笑んだ。
「どの世界でもそう呼ばれることは多いですね。この世界の脅威はなんですか?」
女神官はぽつりぽつりと天戸に語り出した。この世界に訪れている危機……魔王が世界を滅ぼそうとしている、と。
教会を出た後で、天戸は大きく安堵の息を漏らした。
「よかった、魔王だって。杜居くんを危険な目に遭わせなくて済みそう」
何だか言葉がちぐはぐだな。
「魔王って危険じゃないの?」
俺の問いに天戸は首を傾げる。
「危険?ん~、でも……殺せば終わりでしょ?」
天戸は事も無げに笑った後で、俺の表情を窺いみる。
「意外に落ち着いてるね」
「まぁ……、要するに異世界転移だろ?漫画やゲームで履修済みだよ」
俺が自信たっぷりにそう言うと、天戸は目の前の空間をジッパーのように開き、闇を纏うようなローブを取り出した。
「取り合えずこれ着ておいてくれる?それで私の近くにいればまず平気だから」
「すげぇ、何今の!俺も出来るか!?」
天戸は照れ臭そうに笑う。
「どうだろう。これはね、現実でも使えるんだよ」
「マジで!?」
コクリと頷いて異空間から宿題を取り出す天戸。……何でそんなもの持ってきてるんだよ。
「話したいことは一杯あるんだ。聞いて貰える?」
「勿論。さぁ、早く色々教えてくれ」
教会は魔王城から比較的近かった。少なくとも目視出来る。多分うちから富士山より近い。
「どうやって行くんだ?空飛ぶ絨毯とか?」
「あるよ?乗る?」
「ははは、あんのかよ!」
だんだん楽しくなってきて、テンションが上がってきた。
そして、空飛ぶ絨毯は期待以上の楽しさだった。
「うわっ、グニョグニョして乗りづらい!沈む!ははは」
「もう、静かに乗っててよ」
「ばかめ、これが静かにできるか!」
「口悪いなぁ、このぼっちは」
天戸は呆れた顔で俺に悪態をついた。あぁ、懐かしい。こいつはこういうやつだった。優等生になったのは、ハルが死んでからだ。
「でさ、本題はいつ教えてくれる?……お前がハルを殺したって話」
ぼっち特有の距離感の無さで俺は天戸に切り込んだ。楽しい一時をもう少し続けても良かったのかも知れない。でも、ハルが死んだときから俺は何をしていても本当に楽しくはないんだよ。
どんなマンガも、ゲームも、物語も、人生も、全て俺にとってはもうエピローグに過ぎないんだ。
陳腐な言い方になるけど、俺の人生はもう色も意味も失っているんだ。
「……わかった。でも少し待って」
そう言うと、天戸は絨毯の前にひらりと降りて絨毯を止める。
「離れないでね、危ないから」
危ない?何も無い見通しの良い道。一体何が……、と思うと急に一陣の風が吹き空が暗くなった。――見上げると、巨大なドラゴンがバサリと天戸の前に降り立った。
初めて見る巨大な爬虫類。その口から覗く牙は俺の腕より太い。もしかすると、さっきの教会の天井はこいつが?そして、その目が動いて俺を捉えるだけで身が竦む。――ヤバい。これは確実に死ぬ。
天戸は眉一つ動かさずに竜に言い放った。
「邪魔よ。死にたくなかったらどいて」
言葉が通じるのかどうか俺には分からない。竜は大きく口を開けて息を吸い込むと、真っ赤な口の奥に炎が見えた。
そして、次の瞬間細切れになった。
天戸のマフラーが意志を持つように伸びて、竜を細切れにしたのだ。
血飛沫が飛ぶが、俺たちの周りは見えない何かに遮られている。
「……すげぇ」
天戸はマフラーをふわっと巻き直すと、今度はマフラーが足の様になり絨毯へと天戸を乗せる。
「さっき言ったでしょ?魔王も殺せば終わりだって。少なくとも今の私には武力で救える世界なら、どうって事ないの」
「さっきの技、名前なんていうんだ!?」
天戸は白い目で俺を見る。
「……名前なんて付けてないわ」
「じゃあ俺がつけてやる。戦乙女の襟巻き!」
「好きにしなよ、絶対呼ばないから」
「いいよ、俺が心の中でアフレコするから」
「……絶対止めて」
よいしょっと絨毯に天戸が座ると、その分絨毯が沈む。要するに臀部の形に。世界に失った色が少し戻った気持ちだ。冗談は置いておいて。
「待ったぞ。続き」
天戸は観念したように口を開いた。
「私はもう343回世界を救ってるの」
「へっ?」
天戸は顔を俺から背けながら言葉を続ける。
「信じなくてもいいから黙って聞いてて。私は小学五年のある日に、誰かに呼ばれてここではない世界に行ったの。そして、そこで何年も冒険して仲間達と世界を救った……、そして目覚めたら次の日だった」
俺は黙って天戸の話を聞いて、天戸は淡々と語り続けた。
それは毎日起こるわけでなく、だいたい3~5日くらいの不定期に起こる。異世界?の誰かの救いを求める願いが天戸を呼ぶそうだ
。どうしてそうなったのかは勿論わからない。その世界で何年が経っても、元の世界に戻れば次の日らしい。
「だから私勉強が出来るようになったんだよ。知ってるだろうけど、昔は頭悪かったもの」
成程、ずるいな。ただ、異世界に勉強道具を持ってくるって発想がすごい。
最初はただの小学五年生だった天戸も、世界を救うにつれて強くなった。魔物を倒し、魔王を倒し、悪い王を倒す。俺は言葉が出なかった。ゲームの『倒す』と言う表記を全て『殺す』に置き換えてみればわかる。『勇者は、スライムを倒した。8ゴールドをてにいれた』
小学五年の少女は、強くなった代わりに心が限界を迎えた。
『ハル……、助けて』
ある日、天戸はその現象をハルに打ち明けた。
お守りの中身は5回目に世界を救った際に手に入れた、勇者の帯同者を連れて行く術符が入っているらしい。
『私に任せて』
きっとハルはそう言ったのだろう。
――そして、ハルと天戸は6回目の世界を救った。
その頃俺は、勿論小学五年生のクソガキで、大切な幼馴染達がそんなことになっているなんて、勿論これっぽっちも気がつかなかった。気がついていたら、何かができたのだろうか?