23話 海の藻屑か魚の餌
◇◇◇
――祭りの喧騒が遠くに聞こえる海辺の洞窟。
天戸は洞窟の中で坐して海神を待つ。
潮位は最低まで下がり、今は徐々に上がり始めている。
夜眠っていない事と、規則的に聞こえる波の音が睡魔を助長させ、天戸はうつらうつらと居眠りをする。
百戦錬磨の天戸は居眠りをしながらも周囲の気配は察知している。休める時に休めなければ戦い続けることはできない。
水位は少しずつ上がり、輿の足部分を超えそうになる。
「くははは、居眠りしている生贄は初めてだぞ」
その声に天戸の目は片方だけパチリと開くと、薄く朱を引いた唇で問う。
「あなたが海神様?」
天戸の前に立つのはイカと中年男性をミックスしたような半魚人。上半身は傷だらけで屈強に見え、なかなかのオーラがある。だが、下半身はイカだ。
夜食べていたイカみたいなの焼きを思い出して少し嫌な気持ちになった。
「イカにも。儂が海神だ」
天戸はジッと海神の目を見据える。
「いいの?名前を騙って。海神様に怒られるわよ」
一応カマを掛けてみると、海神はニィッと大きく口角を上げて笑う。
「騙る?この儂が誰を騙ると言うのだ。面白い事をいう女だな」
シュルっと海神の足が動き、天戸の両手を拘束するが天戸は顔色一つ変えない。
「……ふん、気味の悪い女だ。この状況で顔色一つ変えんとは、とんだマグロ女だな。……町から捨てられるのも頷けるわ」
海神の言葉を聞いて天戸は少しだけ自嘲気味に笑った。
「ふふ、そうね。あなたの言う通りだと思う」
そして、その後で学校で笑うようにニッコリとほほ笑んだ。
「だから私は仮面を被らなきゃいけないの」
不意に見せた天戸の微笑みに目を奪われた海神。
「ふははははは、いい顔できるじゃないか!そろそろ始めようか!儂の10本の足から繰り出される……」
そう言って足に力を入れて天戸の服を破こうとした瞬間、足は身体から離れる。
民族衣装の下に巻いていた戦乙女の襟巻きだ。少し怒っているように見える。
「破かないでよ。……似合ってるって言われたんだから」
次の瞬間、海神は細切れとなり魚のエサとなった。
そしていつもの光の粒子が現れて、天戸も安心する。『あぁ、よかった。海神を騙る何かだったら面倒くさかったわ』
ジッパーを開けて杜居伊織を外に出す。
「終わったわ。ベッドは使ってないでしょうね」
光の粒子が現れて元の世界に戻るだけのいつもの終わり。杜居の言葉に天戸は困惑した。
「……このまま中に入って戻ったらどうなる?」
言い終わる前にマフラーが杜居を捕まえて収納の外に引きずり出す。
「ばっ……、馬鹿言わないでよ!すぐ出て!」
血相を変えて説教をするが、杜居は悪びれずに言った。
「わかったよ。じゃあ後で時間を教えてくれ」
「……時間?」
次の瞬間、天戸うずめの視界には白い天井とシーリングライトが目に入った。――帰還した。
天戸はTシャツと下は下着のみだ。眠る時は大体いつもこの格好で、親からもよく咎められる。
目覚まし時計が鳴っているので止める。時刻は午前6時、いつもの起床時間。
転移先に持っていくため、スマホは収納に入れてある。向こうで着ていた服は当然そのままではこっちに持ってくることはできない。
杜居にいつもの生存確認を行おうと思い、収納からスマホを取り出す。
スマホはストップウォッチモードになっており、3時間52分45秒だった。『後で時間を教えてくれ』、杜居は確かにそう言った。これが意図したもので間違いないだろう。
いつから数えてこの時間なのか?いったんスリープにすると、解除には暗証番号か指紋認証が必要だ。となると、写真を撮った直後か若しくはずっとスリープにしなかったか、だ。杜居に聞いてみればわかるだろうと考えた。
『おはよ』
いつもの3文字を送った後で少し考える。杜居に撮ってもらった生贄衣装の写真。……後で送ってと言われていた。
嘘つきと言われるのも癪だ。天戸は自分で少し笑っている事に気づかずに写真も添付する。
ピロンとメッセージが鳴る。
『おはようさん』
『写真どうもな。ハルの写真も求む』
『今度ね。お疲れ様』
続けてメッセージが入る。
『何時間だった?』
『3時間52分。何を調べてるの?』
『何も思わん?』
質問に質問で返されて少しムッとする。
『何を調べてるの?』
『同じ事しか言わねーな。村人かよ』
意図した答えが返ってこなくて少しムッとする。
『ばーか』
◇◇◇
「説明して」
天戸は例の如く朝から俺の部屋に上がりこむ。
「次あっち行った時でいいか?ていうか、自分で考える癖を付けようよ」
「考えてわからないから聞いてるんでしょ」
「と言うかお前来ると俺のおかずが減るんだから止めてくれる?せめて家で食べて来いよ」
俺の声が聞こえたのか、母の声が聞こえる。
「うずめちゃーん、気にしなくていいのよ。いっぱい食べて行ってね~」
「あっ、はい!ありがとうございます!」
「少しは遠慮しろ、遠慮」
俺が着替えている最中も天戸は部屋で待っているので、俺は天戸を白い目で見る。
「……別に構わないけど俺は男女平等主義だぞ?」
「私の着替えも覗くつもりだってはっきり言ったら?」
ああ言えばこういう奴だ。恐らく俺の行動の意図が知りたいんだろう。
「大丈夫だ。もう勝手な事はしないよ。正直俺もよく分かっていないから、短時間で説明できる気がしないんだよ」
天戸は満足そうに頷いた。
「あ、そう。ならいいわ。これでおいしく朝御飯が食べられるわ」
「言ったぞ?遠慮をしろと」
俺達は階段を下りてリビングに向かう。




