20話 小さな恋のメロディ
◇◇◇
何度目かの転移。正座をしている俺を腕を組んで見下ろす天戸うずめ。
「それで?後は隠していることは無い?他に邪な企みは?」
前回降魔王の回で、王女から貰ったドリンクの事がバレて説教を受けているのだ。ざっくり言うと『飲んだら超強くなるけどすぐ死ぬ』薬。それを転移終了直前に飲んだのだ。
あぁ、そういや栄養ドリンクだかって言ってたんだっけ?
俺は手を上げて発言をする。
「えーっと、裁判官。その嘘をついたのは蘇生をしようと思ったからなので、今更蒸し返されてもと思うのですが」
「今更!?死んだらどうするのよ?……て言うかタイミング間違えたら死ぬんでしょ?!バカ!」
でもさ、350回位周回プレイしてる奴に追い付くには多少の無茶はしないといけないんだよ。
「騙したことは悪かったよ。でも、また同じ薬があれば迷わず飲むぞ」
天戸はジッと俺の目を見て尋問モードになり、質問をする。
「何で?」
「強くなりたいから。蘇生云々を抜きにしても。力が無いとお前を守れない」
真っ直ぐと偽りなく伝えると、天戸は口元をマフラーで隠して顔を逸らした。
「……バカじゃないの。あなた本当は私の事好きなんじゃないの?……ハルに悪いわ……」
俺は真顔で手を横に振り否定をする。
「バカはお前だよ。何度同じ事を言わせるつもりなんだ?宗派が違うんだって。例えばお前はタケノコ派、俺はキノコ派。相容れないものなの。平行線なの。わかる?」
巨乳だ貧乳だ言うとまた首を絞められるから今度は比喩にしてみた。理解してくれるといいのだけれど。
だが、天戸は道端の吐瀉物でも見るかのような目で俺を見て一歩下がった。
「……何なのその卑猥な例え。何を想像してるのよ、変態」
その言葉そのままお返ししよう。
◇◇◇
「なぁ、毎月のように告白されるって噂本当?」
たまには、と馬車で移動をしてみる。今回も依頼は王族だったので路銀はたんまりもらっているからだ。
道中の退屈しのぎに気になっていた事を聞いてみた。天戸は勉強をしながら答える。
「数えていないけど、そのくらいはされているんじゃない?」
「へぇ。なんて言われるの?」
「『好きです』とか、『付き合って下さい』とか。あぁ、たまに『俺とつき合えよ』って言う勘違いしたのもいたけど」
俺様系か。噂には聞くが本当にいるんだな。
「んで、天戸さんのお答えは?」
俺はマイクを向ける振りをするが、そもそも天戸は見ていない。
「『ごめんなさい。誰ともお付き合いするつもりはないの』」
ご愁傷様。聞いているだけなのに胸が痛い。小さな恋のメロディ。
目的地まではまだかかるから天戸との恋バナは続く。
「何で断るの?いいな、って思った人いないの?」
「いるわけ無いでしょ?取り繕った私の外面と外見だけを見て好きだなんて言われても」
「そりゃしょうがねーじゃん。お前がそれしか見せてないんだから。隠してるもの見つけられなくて文句言うなよな、って話だよ」
まさか俺に反論されると思っていなかったようで、天戸は少し不機嫌に答える。
「そう言うこと言うからあなたはモテないのよ」
「あれ?でもハルは俺の事好きだったんだろ?」
天戸は少し嬉しそうに笑うと、「そうね」と、一言だけ言った。何で嬉しそう?
「あっ、昨日告白してきた人が面白い事言ってたわ。ふふふ、『杜居伊織と付き合ってるのか?』って」
マジか。とうとうそんな話が出始めたのか。
「やばいな。世界が滅んでもありえないだろ」
俺の言葉に天戸は得意気に言う。
「そうね。物事には釣り合いっていう物があるものね」
そんな事は言われなくたってわかってるよ。
「そうでごぜぇますよ。オラと天戸様なんて身分が釣り合わねぇでごぜぇますだ」
天戸は目を細めて俺を見る。
「何その小芝居。すっごい癇に障るわ」
「年貢がたけぇずら」
「うっさい」
しばらく二人とも沈黙する。俺は渡された魔導書を読むことにする。蘇生は置いておいて、治癒か何かバフ関係があると役立ちそうだと思う。
せっかく集中仕掛けたところで外が騒がしくなる。
「どうかしました?」
幌を開けて御者に問うが、見てわかった。魔物だ。
慌てる御者をよそに天戸のマフラーは射程範囲に飛び込んできた狼型の魔物を次々に両断した。
返り血が幌を汚す。
何匹かやられたところで、狼達は距離を取り、子犬のような鳴き声を上げて逃げ去った。
「ごめんなさい、少し汚れてしまったわ」
「ややや、滅相もない!流石異界の勇者様、鮮やかなお手並み……」
天戸はニコリと微笑んだ。
「ただ殺しただけよ」
――やがて、馬車は目的の町に着く。
今回の脅威は『海神』だそうだ。地上を洗い流して穢れを清めるとかなんとか。困ったことに海底に居を構えているのだ。どうにかする術を求めてRPGしている最中なのだ。
「あなたゲームばっかりやっているんでしょ?何かいい方法無いの?」
何その無茶振り。だが、ここで詰まってはゲーマーの名折れ。
「水を干上がらせる宝珠とか、捧げ物をして話し合いとか?」
天戸は顎に手を当てて考える。
「……そうね。沿岸の村々の伝承とかを当たってみましょうか。今日はもう遅いから明日」
馬車は港町に着いている。今日はここで一泊するそうだ。だが、宿の受付で天戸の顔がひきつる。
「一部屋しか空いていない?」
「すいません、旅のお方。祭りの時期なもんで……」
「いーだろ、どうせお前中にベッドあんじゃん」
「……それもそうね」
天戸は少しほっとした顔をした。
――部屋はダブルだった。




