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1話 幼馴染の有効期限


 ――俺には幼馴染が二人いた。


 一人は、天戸うずめ。

 

 成績優秀、文武両道、語学堪能、才色兼備。あといくつ四字熟語を並べれば伝わるかわからないがとにかく優れた人物だと伝わるだろうか?


 体形はスレンダー。家はお金持ち。


 幼稚園からの付き合いだったが、小6辺りからぱったりと話すことは無くなった。


 幼馴染って有効期限はあるのだろうか?


 高校に上がった現在まで誇張なしに一言も話していないが、まだ幼馴染と言えるのだろうか?もう有効期限は切れてるんじゃないのか?


 天戸はその優秀さを鼻に掛けず、いつもニコニコと誰とでも分け隔てなく接する為誰からの評判もいい。……但し、俺以外。


 誰にでもニコニコと挨拶をするが、俺にだけはしない。


 最初は好き避けかと思ったが、どうやらそう言う訳でも無さそうだ。昔は三人でよく遊んでいたのにな、と思ったけどまぁ昔は昔、今は今。

 

 俺なんかに構っているよりよっぽど有意義な青春を送っていると思うよ。


 あぁ、追加情報。天戸は月に一度は告白をされるらしい。一年間に12人。三年間で36人。1クラス約40人として、三年間でだいたい2クラス分の男子が天戸に告白する計算になる。本当に?


 天戸はいつも誰かに囲まれてニコニコしている。絶対疲れるだろうから、俺なら嫌だ。前提として俺の周りにあぁ言う風に人は集まってこないのだけれど。あるとしたら、逮捕された時とかだろうか。今の所特に予定は無いが。お察しの通り、俺には友達はいないし必要は無い。


 あぁ、俺は杜居伊織。ピカピカの高校一年生だ。成績もルックスも中の下。運動は下の上と言ったところか。親父は普通のサラリーマンで、家はまぁ貧乏では無い程度。


 四字熟語で表すと何だろうか?平々凡々や人畜無害辺りでどうだろうか?やる気は無いが、人の足を引っ張るつもりもない。一人大人しくゲームや漫画を嗜む程度だ。


 そんな俺に天戸が話しかける意味も必要もないだろう事は重々承知。昔はもっと暗くてどんくさいやつだったような気がするけど。まぁ、頑張ったんだろ。


 あいつが頑張っているのを見るのは悪い気はしない。会話することは無いかもしれないけれど、幼馴染として誇らしい。


 それからあともう一人の幼馴染。高天原ハルは、もういない。


 小5の終わりのある日まで、俺達は幼稚園から同じで小学校でクラスが一緒になったり離れたりしながらも毎日一緒に遊んでいた。ハルは俺達の中心だった。


 明るい色の髪で、いつもニコニコと活発な少女だった。俺達は毎日遊んでいた。ハルが死んだあの日まで。


 と言っても、特に事件や何かがあったわけではない。前の日の夕方に『また明日』と家路に着き、夜眠り、朝目を覚まさなかった。急性心不全とかっておばさん言ってたか。


 多分俺はハルが好きだったんだろう。


 いつもと変わらない顔で、棺の中で花に囲まれ目を閉じるハルを見て涙が止まらなかった。


 ハルは活発だったけど、女の子らしくもあった。花が好きだった。その大好きだった花に囲まれていると言うのに、全く嬉しくなかった。


 俺も、天戸も涙が止まらなかった。漫画やゲームでなく、人が死ぬと言う事を初めて感じた日だった。棺は焼かれて、煙が空に上った。


 ゲームを買うのを我慢した小遣いで買った、幼いキーホルダーは渡せないまま今も持っている。


 ――ハルが生きていれば色々違ったのだろうか?


 ゲームの合間にチラッと天戸を見てそんなことを思った。今に不満があるわけではないけど。



◇◇◇

 重ねて言うが、俺に友達はいないし必要は無い。


 そんな時間があったらゲームをやりたいし、漫画を見たい。


 どこかの偉い人が言っていた。最近の若者はソシャゲと長編漫画ばかりで、物語の終わりを知らないと。物語は、いつか終わる。そんな当たり前の事。


 視界の隅で天戸がクラスメイトに放課後のカラオケを誘われている。きっと行かないだろう、と思ったら案の定断っていた。今日は、ハルの月命日だから。


 放課後はお墓参りに行く。毎月の決まり事だ。花が好きだったハルの為に、何か季節の花を適当に見繕い、持っていく。


 俺達三人は、幼稚園と小学校が同じで、俺達二人は中学高校も同じだ。


 俺よりはるかに偏差値の高い天戸は、何故この高校を選んだのだろう?家から近くて、中の下の俺が入れる程度の高校に。


 俺を見るだけで苦虫を潰したような顔をする天戸だ、恐らくはハルの側に……ってな理由だと思う。


 そりゃ、昔は俺の事が好きだから?って思ったこともあったけどね。


 駅前の花屋で花を買う。もう何年も毎月行っているが、当然店員の女性とフラグが立つ気配すらない。


 友達はいらないが、正直彼女は欲しい。だが、友達もいないような人間に彼女は出来るのだろうか?


 ハルのお墓は市街地の外れにある。いつ来てもきれいでピカピカだ。


 花を添えて、買ってきた菓子と茶を供えて、墓の前に胡坐で座り毎月ひと月分の会話をしていく。


『あの漫画が今月はこうなった』


『天戸は相変わらずすごい人気だ。何人に告られたらしい』


『俺に友達はいないから全て伝聞情報だが』

 

 今月クリアしたこのゲームが面白いとか、この小説が面白いとか、何が今はやっているとか。


 流行り物には興味が無いけど、ハルが知らないと困るだろうと思って情報収集はしている。


 大体1時間くらいはこうして『ハルと会話』をしていく。月に一度の決まり事だ。


 基本墓なのであまり人は来ない。来たとしてもお墓に向かって話しかけるくらいの感傷は理解してもらえるだろう。


 そもそも墓ってそういうところだと思っている。骨の収容所などでは決してない。


 だが、その日は違った。


 30分程話していると、横にもう一人来た。……天戸うずめだ。何も言わず俺の横に立ち、花を添えて菓子を供える。


 今まで一度も横に立つなんて事しなかったくせに、何故今日になって。


 数十秒沈黙が流れたが、月に一度の会話の機会を逃したくはない。俺は気にせず会話を再開した。


「あぁ、そうそう。ハルが好きだったあの漫画来月新刊でるぜ。買ったら持ってきてやるよ」


 急に俺が話し出したので、天戸はびっくりして俺を見る。

「……私に言ってるの?」

「いや、ハルに」


 何年かぶりに天戸と話をした。

「私にも貸してくれる?」


「途中を読んでないならダメだね。次巻はかなりアツいから、それまでの流れを知らない人間には読ませたくない」


「じゃあ途中も貸してくれればいいじゃない」


 あぁ、そう言えば天戸うずめってこんな感じのやつだったな。幼馴染には有効期限なんてなかった。


 その間に一言も話していなくても、俺達はやっぱり幼馴染だった。


「お花、毎月変えてるよね?自分で選んでるの?」

「当たり前だろ?ハルが喜びそうなのをチョイスしてるんだよ、おかげで少しは花に詳しくなったよ」


 そう言うと、天戸は少し嬉しそうに笑った。

「それは、すごいね」


 学校では毎日見ているけど、まさかまた自分に向けられるとは思わず、少し……いや、かなり嬉しかった。


 そして、思った。何故天戸は、今日に限って俺の横に来たのか?


 俺は毎月ここに来る。さっきも言ったように毎月色々な花を供える。そして、1時間か……長いと2時間は話をしていく。


 ハルが墓に入ってから、一度も欠かさずに。雨の日も、雪の日も。


「何で今日に限って俺がいる時に来たんだ?今まで一度も無かっただろ」

「あはは、たまたまじゃない?」


 俺は天戸の顔をジッと見つめる。黒く長い髪と、透き通るような白い肌、赤い宝石の様な瞳。


 幼馴染で無ければ恥ずかしくて直視は出来ない。天戸も負けじとジッと俺の目を見てきた。


 たまたまなはずはない。毎月俺の持ってくる花が違うことを知っていると言う事は、俺より後に来ていると言う事だ。


『学校が終わってから、1~2時間話して帰る』俺より後に。それでも一度も被らないって言うのは少し無理があるだろ。


 と、追及してもしょうがないので、たまたまって事にしておこう。


「ま、言いたくないならいいよ。幼馴染三人揃って、ハルも喜んでるよな」


 俺の言葉に天戸は何度も頷いた。

「そうだね。そうだよね。ハルも絶対に喜んでるよね」


 そう言い終わった天戸の目を一筋涙が伝った。天戸は俺に気が付いて直ぐに拭い、俺の反応を見た。


「別に気にしなくていいよ。泣くことだってあるだろ。正直俺だって一人で話ながら泣くこともある」


「えっ、一人で話しながら泣くのは……怖いね」

「うっさいわ」


 あぁ、楽しいな。これから毎月こんな風に三人で話せたらいいな。夕焼けに染まっていく墓場を見ながらそう思った。


 勿論、強制じゃない。毎月じゃなくなって、毎年じゃなくなって、いつかはこなくなるだろう。それまでの間で良い。


 月に一度しかたくさん話さないので、今日は話しすぎて喉が痛い。


 物事は楽しい内に止めるのが俺の信条だ。腹八分目。スイカだって欲張って食べるから白いところを食べてしまう。


 俺は赤いところだけで良い。


「そろそろ帰るよ。また来月な」

 そう言うと天戸は少し大きな声で俺を引き留めた。

「……待って!」


 少し深刻な顔に見えた。だが、次の瞬間にはにっこりと学校で見るように笑った。


「あっ……ID教えてよ。幼馴染でしょ」


 ――何だ、そんな事か。俺はスマホを天戸に手渡す。

「やり方わかんねーからやってよ」


 家族以外の連絡先は俺のスマホには入っていない。だからIDの追加とやらをどうすればいいのかも分からない。


 天戸は呆れたように溜め息をつくと取り出した自分のスマホと俺のスマホで何かをした。


「ん、これで平気」

 手渡されたスマホを受け取る。

「あんがと。多分送ることねーけどな」


 そう言うと、少しだけむっとしたように見えたが、気のせいだろう。

「別にいいよ。送ろうと思えば送れるって言うだけでずいぶん気が楽でしょ?」

 

 何が?と思った矢先にスマホがピロンとなり、画像が表示される。


 懐かしい、だが俺の見たこと無い三人の写真。仏頂面の俺と、ぎこちない笑顔の天戸と、太陽のような笑顔のハル。


 思わず目頭が熱くなった。


「泣きそう?」

 天戸が顔をのぞき込んで来なければ、多分泣いただろう。

「別に?」

 

 顔を画面から上げると、天戸は何かを言いたそうにジッと俺を見ている。

「何か?」


 天戸は唇をギュッと結び決意をしたように見える。

「わっ、私は!……あなたに謝らなければいけなかったの」


 唐突にそんな事を言われて困惑する。何か借りパクされたゲームあったっけ?

「何のこと?」


 形のいい、柔らかそうな唇は何度か言葉にならない言葉を吐き出した後で、声になった。



「ハルは……、私が殺したの」


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