16話 クラスメイト
◇◇◇
「何聴いてるの?」
いつも通りの休み時間。ヘッドフォンを付けてスマホをいじっていると女子が覗き込んできた。
「……いや、何も聴いてない」
急に声を掛けられて一瞬困惑したが、そのまま視線をスマホに落とした。何故俺に急に声を掛けてきた?クラスメイトである事は間違いないが、名前は思い出せない。
だが、クラスメイト女子はなぜかそのまま俺の前に居座り、ニコニコと話を続ける。
「あはは、何もって事はないでしょ?教えてよ?」
うおぉ、何なんだこいつ。何でこんなグイグイ来るんだ。もしかして俺の事好きなのか?いや、それはないだろう。
「あ、マジで何も聴いてないんだ。ただの耳栓の代わり。耳栓だと傍から見て分かりづらいだろ?そういう事」
それを聞いてそいつはクスクスと笑う。
「あははは、なにそれ。杜居くんやっぱり変わってるね」
『やっぱり』ってのが気になるが、まぁそこはいいや。
「もういいか?」
そう言ってまたおしゃれな耳栓を付けようとした俺からヘッドフォンを取る。
「ダメでしょ。もっとお話ししようぜ~、せっかく同じクラスなんだからさ」
「ちょっと、瑞奈。杜居君困ってる感じだよ、構い過ぎだって」
天戸が笑顔でクラスメイト氏の肩をポンポンと叩き、俺から離そうとする。天戸は瑞奈と呼んだ。あぁ、思い出した。淡島瑞奈だ。
天戸と淡島、出席番号が前後だから天戸と仲がいい奴だ。
淡島瑞奈は、にまっと含みのある笑みを浮かべながら、俺のヘッドフォンを返してくれた。
「あっ、ごめん。そっかぁ、うずめもしかして。あー、そっかぁ。だからかぁ」
うずめとは天戸の名前だ。天戸うずめ。俺が呼ぶ機会はまずない。やれやれ、とにかくヘッドフォンが返ってきて何よりだ。俺はヘッドフォンを付けてスマホに意識を戻す。
天戸は変わらずとニコニコした笑顔で淡島と話をしている。だが、俺のヘッドフォンは結構値の張る音漏れ対策バッチリのやつだ。
つまり、二人の会話は俺の世界には届かない――。
「瑞奈、それ酷い勘違いだよ。杜居君に悪いよ。全然そう言うのじゃないんだから」
「ふーん、そう。最近よく一緒にいるの見かけるけどねぇ。あはは、別にそうだっていいのに。ていうか、寧ろそう言う方が面白いと思うんだけどな~」
何を話しているのか知らないが、俺のヘッドフォンがまた取られて淡島のスマホが目の前に差し出される。
「ねぇねぇ、ID教えてよ」
「え、あ」
あまりに予想外の事を言われてフリーズした俺の声帯を他所に淡島は言葉を続ける。
「いいじゃん。Rhineしようよ~」
――メッセージアプリ『Rhine』。
「いや……個人情報なんで。すいませんね」
俺は明確に毅然として拒絶の意思を突き付ける。天戸が後ろで笑いを堪えているのが見える。
そしてニコニコとしながら淡島を席まで引っ張っていく。
「ほらほら、杜居君の邪魔しちゃ悪いよ。席戻ろっか」
はぁ、焦った。何故あんなにグイグイ来れるのか?重ねて言うが、俺の事が好きなんじゃないのか?後で天戸に聞いてみよう。
◇◇◇
「伊織くん、一緒に帰ろうぜ~。家どこ?遠い?」
マッハで教室を出たつもりだったが、下駄箱の所で淡島に捕まった。
……伊織くんて、距離の詰め方半端ないな。
「いや、間に合ってるんで」
さすがに俺でも気付くぞ。わかった、これは罰ゲームの類だと。
絶対に乗っかってヘラヘラしたところでパシャリと写真を撮られるんだよ、間違いない。
「あっ、わかった!うずめが嫉妬するって事?あはは、なるほどね。美少女は間に合ってるって事かぁ。……それならしょうがないなぁ。ごめんね、お邪魔しました」
急にしょんぼりして淡島はうつむいた。
「ちょっと待て。一人で勝手に納得すんな。天戸は関係無いだろ」
黙って放っておけばいいものを、一々声を掛けてしまった。まだまだスルースキルが足りないと反省する。
「あっ、じゃあさ。うずめと三人なら平気?」
「……話聞いてたか?天戸は関係ない。そんなに仲が良いなら二人で帰ってればいいだろ、俺を巻き込むなよ」
淡島は腕を組んで頭を捻ると、眉をよせて悲しそうな顔をする。
「うーん、ごめんね。私頭良くないからかなぁ、うまく伝えられないな。伊織くんとお話したいなーって言うだけなんだけど」
はいはい、わかったわかった。そういうゲームはよそでやってくれよ。俺には関係無いね、俺は帰る。……と、思うのだが、しょんぼりして立ち尽くす淡島を見て、足が止まってしまう。あれだ。捨て猫とかを放っておけない感じだよ。
「……楽しく会話が弾む事は期待するなよ」
淡島の顔がパァっと明るくなる。
「ホント!?ありがとー!伊織くんやっさしい~」
あー甘い。甘すぎる。わかったよ、後で笑いものにでも何でもしてくれよ。
「家まで10分歩くまでの間、会話はイエス・ノーで答えられるもののみな」
「えぇっ!?何それ、初めての試み!あはは、それ会話じゃなくて質問コーナーじゃん!じゃあ行くね?犬より猫が好き?」
歩き出した俺の横を楽しそうに淡島もついてくる。
「イエス」
「へぇー、猫派か。鯖は塩焼きより味噌煮が好き?」
ちょっと待て、あまり考えた事ないというか、どっちも好きだ。甲乙つけがたいくらいに。だが、選ばねばならないのか……。
「……の、ノー」
「あははっ、迷った!どっちも好きなんだね~」
すげーな、この条件でなぜ会話が成り立つんだ?
楽しいひと時は早い、とはよく言う。あっと言う間に家についてしまった。
「ここが伊織くんの家かぁ。あっ、ID教えてよっ」
「ノー」
「あははっ、ごめんね。まだ早かったか。セキュリティ意識高いね!じゃあまた明日」
手を振る淡島に『イエス』と答えて玄関に入る。今日何回イエスと答えたか。つーか、今日よくしゃべったな。
部屋に戻ってベッドに寝っころがる。しばらくすると天戸からメッセージが入る。
『楽しかったって、よかったじゃん』
『マジかよ。俺イエスとノーしか答えてないんだけど。あれだろ?どうせ何かの罰ゲームだろ?』
『バーカ。絶対それ瑞奈に言わないでよね、傷つくから』
『言っている意味がわからん』
『IDくらい教えてあげなよ』
天戸がそういうなら、きっと罰ゲームとか悪戯じゃないんだろう。なら別にいいか。
『教えといて』
『はいはい。私の大事な友達なんだから粗相のないようにね。セクハラ禁止』
『あー、そこ触れていいところ?胸でかいよね、あの子』
『だ ま れ』




