15話 紙で包んだオリハルコン
◇◇◇
『今から行くね』
小鳥たちの囀りが聞こえるよく晴れた日曜日の早朝。これから脳筋勇者こと天戸うずめが俺の家に向かってくるらしい。まだ親も寝てるのに人の家に向かうなよ、迷惑なやつだ。
『家族みんな寝てるから来るなよ』
『今玄関。じゃあ外でもいいよ。出ておいで』
『断る』
短く2文字でそう送ると、天戸からの返信は途切れた。
俺はベッドに寝転がり、さかさまの顔を鏡で見る。一睡もしていないので酷い顔だ。いや、たっぷり眠ったって酷い顔には違いないんだけどさ。とにかく、こんな顔を見られたらどんな嫌味を言われるかわからない。
俺は寝転がって13巻に手を伸ばす。あくびが出る。あー、こんな時間に眠くなってもまずいだろ。シャワーを浴びて、歯を磨く。あぁ、少しさっぱりした。あっ、魔法使えば疲れて昏倒するじゃないか。今頃気が付いた。……取り合えず、夜まで頑張って起きてないとなぁ。
何となく玄関をゆっくり開けてみる。
「ん、おはよ」
天戸はジャージ姿でスマホを片手に玄関の横に外から見えないようにしゃがみ込んでいた。
「断るって言ったろ」
ヒソヒソ声で言う俺の顔を見て眉を寄せる天戸。
「……眠れないの?」
「あぁ。ちょっとゲームで忙しくてさ。だから早く帰ってくんない?」
「嘘よ」
俺は呆れ笑いをして首を振る。
「お前な。なぜ俺がそんな嘘を吐く必要がある。爽やかなニチアサの邪魔をするな」
天戸はズイっと顔を近づけて俺の目をジッと見る。
「嘘よ。じゃあハルの前でも同じことが言える?」
「えっ、全然言えるけど」
「……最低ね、この嘘つき野郎」
「お前こそ信じる心は無いのか?どこの洞窟に置き忘れてきたんだ?」
「別に忘れてきてないっ!」
ああだこうだ言い合った後で、ここが玄関前だってことを思い出した。
「こんなとこで言い合っててもしょうがない。場所変えようぜ」
「いいけど。私もそう言おうと思ってたところ。行こ」
天戸には言いたかないけど、最近少し楽しい。だから、ハルにも楽しくあって欲しいなと思う。俺達はハルが眠っている墓地に向かう。
「ところで、何でお前ジャージなんだよ」
「え?ジョギングして来たからだけど」
「……そりゃ健康的な事で」
◇◇◇
「ハル~聞いてよ。このバカ嘘ばっかりつくの。びびって怖くて眠れないくせに強がってばっかりなの」
「黙れ、勝手な妄言をばら撒くな。ハルが信じたらどうすんだよ。こいつこそ嘘つきだからな?学校だとこんなんじゃないから。ニコニコヘラヘラしてるからいつも」
俺も天戸もハルを介して言いたい放題だ。懐かしい。遠くでお坊さんが掃き掃除をしながらニコニコと徳の高そうな笑顔を見せている。ニチアサから騒がしくて申し訳ない。仏の顔は三度までだから、お坊さんは二度くらいは許してくれるだろう。
「あっ、そうだ。昨日また手紙貰ったよ」
そう言ってジャージのポケットから一通の封筒を取り出す。
「さっすが、八方美人の天戸さん。モテモテじゃないっすか。今度は誰っすか?」
天戸は手紙で口元を隠しながら含みのありそうな物言いをする。
「ん?秘密」
「別に興味ないね」
急に思い出したように大きな声を出す天戸。
「あっ、思い出した!ハル、こいつ急に私に抱きついてきたのよ?あっ、あとメイドさんに胸押し付けられてニヤニヤしてたわ。いやらしい」
「一部を切り取って伝えるのを止めろ。前後の流れがあるだろ」
天戸は、白い目で俺を見ながらハルへの報告を続ける。
「前後ねぇ。……その後、魔法の修行をして、いくつか魔法を覚えて、冥王を倒しに行って……私を庇って……分離したわ」
「してねぇ。出来ねぇ。合体ロボじゃねぇから」
急に天戸は心配そうな顔で俺を見る。
「もうしないでね?本当に迷惑だから」
表情と裏腹に辛辣な言葉で少し笑ってしまった。迷惑って言うのはある意味本音だろう。もうこれ以上天戸は誰の命も背負えないんだから。
「大体私の方があなたよりも遥かに強いんだから、守ってもらう筋合いも無いわ。障壁が無くたってあなたよりもずっと丈夫なのよ」
照れ隠しなのかわざと嫌味な言葉を使っているように見えるな。
「勘違いするなよ?お前は丈夫でも服はそうとは限らないだろ?冥王の爪で服が裂かれて貧相な胸部をさらされたら困るからやったまでだよ」
「むっかぁ。そんな理由で助けられたの、私!?お礼言って損した」
「いい事を教えてやる。お礼は損得で言うものじゃないんだぞ?」
「知ってるわ!」
「お礼と言う事は、助けられたと言う意識は一応あるわけだな?」
俺がそう言うと、天戸は少し照れ臭そうに顔をプイッと背けた。
「まぁ……それはね……一応」
「なら一つ頼みを聞いてもらおうか」
天戸は反射的に自分の身体を隠した。
「あなたどこまで下衆なの……」
はい、ストップ。いい加減学習してくださいよ、天戸さん。もう説明するのも手間だから説明はしない。ツッコミ待ちだとしたら、それは謝る。ごめん。天戸の反応は無視をして話を進めることにしよう。
「ハルの写真を見せてくれよ。……そうだな、今の俺達と同じくらいの歳のやつ」
てっきり『プライバシーが云々!』とか『ハルが許さないわ!』とか喚くのかと思ったが、少し間を置いて天戸はスマホを取り出した。あ、写真スマホに入ってるんだ。じゃあデータくれよ。
「……泣かないでね?」
そう言って天戸はフォルダを開いて写真を展開した。
そこには俺の知らないハルが居た。俺の頭の中のハルより、成長した……高校生くらいのハルが笑ってポーズを取っている。確かに胸が大きい。
天戸は特に俺の反応を待たずに適宜写真を切り替えていく。少し髪が伸びてきたり、いつもの髪型になったり、手に包帯を巻いていたり、お姫様のようなドレスに身を包んだり。写真に写るハルは全て笑顔だった。ポタリとスマホの画面に水滴が落ちる。雨か?と思ったが、違う。天戸が泣いているんだ。
俺が郷愁と興味で見せてと頼んだこの写真達は、天戸にとっては救えなかった罪の重さなのだろう。
「……天戸。お風呂とか着替えとかないの?」
「はぁっ?!ばっ……見せるわけないでしょ!?」
あ、あるんだ。
話しながら大きなあくびが出た。天戸はクスリと優しく微笑む。
「眠れそう?」
「そうね。ベッド貸してよ、中のやつ」
「ベッドは貸さないって言ってるでしょ。そこのベンチにしなさいよ。ハルもいるからいいでしょ?肩くらいなら貸してあげるわ」
俺は少し考えて頷く。
「……まぁ、肩位なら……害はないか」
「害って何よ、ばーか」




