149話 2週間後
◇◇◇
――あれから2週間程経った。
原因不明の火災と謎の巨大生物の噂はネット上を中心にまだまだ世間をざわつかせている。
超遠目からジラークを映した映像が残っていたが、別に残っていたところでそこからどこに繋がるわけでも無いので全く気にならない。ふはは、無責任ここに極まれりと言った所だ。
ボロボロになってしまった神社は、何と再建するそうだ。
やっぱり誰かが管理していたんだな、と何だか嬉しくなった。
いつ完成するのかはわからないけれど、完成したらお賽銭を奮発しようと思う。
もっと問題になるのかと思ったけど、様々な憶測を残しながら意外とすぐに日常に戻った。
ハル達も、どこか別の世界で元気に暮らしているのがわかった。
手紙を貰った時点で知ってはいたけれど、実際に会うとやはり実感が湧く。
あの後何日か天戸を封印しないでいたが一度も喚ばれる事はなかったので、ジラークがしっかりと召喚術式を解除したのだろうと思う。
世界の中心とやらで本当に会えていたらいいなぁ、と思う。
召喚術式を解除したと言う事は、もうどの世界でも、誰も喚ばれる事は無い。
つまり、今度こそ本当に、2度とハルと会うことは無い。
正直なところ、少しだけ寂しい。
でも、問題ない。
俺はもう5年前ほど子供じゃない。
寂しくたって、頑張って生きて行ける……、と思う。
そして、喚ばれなくなったのを確認した後でまた天戸を封印した。
◇◇◇
「ふふ、ギルさん達戻れたんだ。よかったね」
俺の部屋のベッドで、異世界からの手紙を読みながら寛ぐ天戸うずめさん。
このところの日課は、うちで手紙を読むことだ。
ジラークが持ってきた手紙は結構な量で、そのほとんどがハルから俺達宛てだった。
その全てが違う文面で、手書きで、写真が必ず添えてあった。
「すげーよな、俺ならこっちでコピーして作っちまうよ」
「そう言うところに違いがでるわね」
まぁ否定はしない。
ほとんどが、ハルからの手紙だったけれどいくつか例外がある。
まず、今天戸が読んでいる『白き闇』ことギルさん達。
喚ばれた先の世界で、世界の脅威に惚れてしまったおじさんとその仲間達。
手紙によると、俺達が帰ってから10年程して『狭間』を開けるようになったそうだ。
そして、『金色の鬼』ことオーギュを連れて元の世界に帰れた、と。
考えてみると、異次元ポケット……『狭間』って一体何なのだろう?
元々只の便利な倉庫としか思っていなかったし、天戸もそう思っていた。
毎度おなじみの勝手な憶測で言うなら、『世界の中心』へのアクセス権だろうか?
そして、異界の召喚システムの喚ばれる条件はその素養とか?
答えが出る事は無いから想像でしかないけれどな。
イズーニャからの手紙もある。
25歳のイズーニャからの手紙。
俺達と別れてから……15年くらいか?
……と言うか、ジラークはわざわざ手紙を集めていたのだろうか?
異世界郵便屋さんジラーク。
天戸の撮った写真と合わせながら過ぎた日々を懐かしむ。
過ぎた日々を過去と言うとして、過去を一歩一歩踏みしめながら前に進んでいく。俺も、天戸も。
「それじゃ、また」
「おう、またな」
今日も天戸を家まで送る。
――あれから2週間。
俺は『まだ』生きている。
召喚術は術者の生命を消費する。
一度で死ぬ人も多くいた。
ジラークの妹ルカは、俺達を召喚して2週間程で命を落とした。
で、あれから2週間。
俺はどうなるんだろう。
冬も近づき、日も短くなった帰り道を1人トボトボと歩く。
よく考えてみると、小学生の頃と同じ帰り道だな。
天戸の家から、ハルの家を経由して、うちに帰る。
本当、人間って欲深いよなぁ。
あの時は本当に死んでも構わないと思った。
天戸の命が救えるなら、俺の命なんてどうだっていいって。
で、いざ助かると命が惜しい、と。
はは、何だそりゃって感じですよ。
神様も激おこだよ、本当。
◇◇◇
その夜、日付も変わりそうな時刻。
ピロンと天戸からメッセージが来た。
天戸は基本早寝なので、この時間に起きている事は珍しい。
何かあったのか?と少し慌てて画面を見る。
『おいで。星が綺麗よ』
『……何をお企みで?』
念話で話しかけると玄関付近から『きゃっ』と小さく声がした。
『念話やめてって言ってるでしょ!』
どうやらうちの玄関先にいるらしい。
……こんな時間に1人で。
上着を羽織って、こっそり外に出ると玄関先に隠れるようにしゃがみ込んでいる天戸を見つけた。
天戸は俺を見るとニコリと微笑んだ。
「遅いよ」
「……お前さ、もうチート無いんだから危ないぞ。こんな時間に1人で歩くなよ」
そう言うと天戸は嬉しそうに笑い立ち上がる。
「ふふ、心配してくれてるの?」
「そりゃ、人並みにはね」
「行こ」
天戸は左手を伸ばす。
さすがにもう何も言わずに右手を伸ばす。
別に付き合ったりしているわけではないんだけれど。
――真夜中、当ても無く歩く。
寒いと言うより、まだ肌寒い程度なのだが天戸はマフラーを巻いている。
今は普通のマフラーになった戦乙女の襟巻きだ。
「眠れてる?」
天戸が呟く。
「お前誰に言ってるんだよ。『爆速の睡眠王』だぞ?」
「身体は平気?」
ギクリとした。
「平気」
天戸は俺を見ずにクスリと笑う。
「軽口叩かないのね」
「別に叩く理由も無いしな」
俺の手を握る天戸の手に少し力が入る。
「ジラークに襲われた時に、私が言った事覚えてる?」
「勿論。武士のやつだろ?」
――『あなたが死んだら私も死ぬわ』
若干茶化して言ったが、天戸は真面目な声で、俺を見ず答える。
「武士じゃないわ」
「物の例えってやつだよな。気持ちはありがたく受け取っておくよ」
俺の言葉にやや被せ気味に、少し強い口調で天戸は言う。
「本気よ」
知ってる。
いつもの冗談シリーズなら『冗談よ』と天戸は言う。
「怒るぞ」
「怒ったってかまわないわ。……何か方法はあるんでしょ?」
縋るような瞳で天戸は俺を見る。
そんなもんあるはずない。
俺はニコリと笑う。
「もちろん。だから気にす……」
「嘘よ」
俺を睨む天戸の瞳からポロポロと涙がこぼれる。
「何で?……ハルの生きている世界が作れて、多分だけどジラークも救われて、私とあなただってやっと少しずつ前を向いて歩けるようになってきたばかりじゃない……。それなのに何で……」
涙声で震える声で天戸は言葉を、想いを吐き出す。
「手紙も、写真も、思い出も沢山あるわ。……でも、あなたがいないなら何の意味も無いわ。生きていたって……」
「……次言ったら絶交だ」
我ながら卑怯だと思う。
天戸の好意を逆手に取った卑怯で下衆で高圧的な言葉。
「……ごめん。わかった」
天戸は俯き、言葉を繋ぐ。
「じゃあ封印を解いて」
「ダメだ」
その言葉で、天戸は勢い良く手を振り払うと涙に濡れた瞳で真っ直ぐに俺を睨み叫んだ。
「解いてよ!そしたら、何年かかっても!どんな手段を使っても!……絶対にあなたを生き返らせるから!」
「天戸!!」
「勝手に悟って1人で諦めないでよ!バカ!」
真夜中の街はずれに俺達の声が響く。
天戸は子供のように泣きじゃくり、目を擦る。
その姿を見て自分が何か猛烈に悪い事をしてしまった様な気持ちになった。
大きくため息を吐く。
確かに一理ある。
これが天戸やハルだったら、しょうがないで済ませるだろうか?
絶対に済ませない。
つい笑ってしまう。
「ふはは、確かに天戸の言うとおりだ。カッコ悪いな、勝手に悟って諦めるのは」
その表情を見て、天戸は少し安心したように微笑む。
「でしょう?」
俺は首を捻る。
「……かといってマジで何か出来る訳じゃないんだが」
天戸は首を横に振ると、また俺の手を握る。
握ったり振り払ったり忙しい奴だ。
「でもいいの。あなたが『死なない』って言ってくれれば、私は信じちゃうから」
「そんなもんか?」
「ふふ、そんなものよ」
天戸がジッと俺の目を見るので、出来る限り力強く、自分に言い聞かせるように言いきる。
「死なない」
「……うん」
「死んでも死なない」
「ばか」
「あと蘇生はダメな?」
「……わかってる」
暫く黙っていると、天戸は思い出したように空を見上げた。
「あ」
「……何だよ」
「星が綺麗だよ」
「ホントだ」




