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エンドレス・ニューゲーム~俺の幼馴染が『つよくてニューゲーム』を343回繰り返しているようだ~  作者: 竜山三郎丸


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145話 不公平な世界

◇◇◇


 だいぶ日も短くなってきた。


 最近放課後は天戸と町はずれの神社にいる事が多い。


 鬱蒼と茂る樹々の中にある石階段を、息を切らせて天戸は上る。


「ねぇっ……、ミルクティー……、買っておいてくれた?」


 はぁはぁと息を切らせながらも飲み物の心配をなさる天戸さん。


「勿論買ってありますよ、姫」


「……別に姫じゃないけど」


 そう言いながらも満更ではない様子の天戸うずめさん。


 息を切らせて長い石段を登り切った後で、人気(ひとけ)の無い神社のベンチで冷えたミルクティーを飲むのが最近の日課だ。


 街を見下ろす高台にある無人の神社。


 誰が管理しているのかしていないのかはわからないけど、きっと誰かがやってるんだろうと思う。


 世の中とはきっとそうやって回っている。



 天戸はごくごくとミルクティーを飲む。


「ふふ、冷たくておいしい」


「もうじきホットの季節だな」


「そうね。ホットもおいしいわ」


「結局何でもいいんじゃん」


 天戸の右手はミルクティーを持っていて、左手は俺の右手を持っている。



「……去年の今頃は、こんな日が来るとは思ってなかったわ」


 眼下に映る街を眺めながら天戸は感慨深げに言った。


「こんな日ってのが何を指すかについては互いに見解の相違があるかもしれないけど、概ね同意ではある」


 その言い方は姫のお気に召さなかったようだ。


「何でそんなに回りくどい言い方するの?」


「正確に言おうとすると回りくどくなるものなんだよ」


「ふふ、すごくどうでもいい」


「雑にまとめんな」


 そんな風に毎日何でもない会話をして、暗くなる前に家に帰る。


 まるで、小学生の頃の俺達三人の様に。



 俺と、天戸は毎日薄暗い石階段を上って下りた。


 

 昨日も、その前も、毎日そうだった。



 だから今日もそうだと思った。




 天戸の手を引いて石階段を下りようとすると、下に1人の男が立っているのが目に入った。


 その瞬間背筋が凍る。


 歳は20歳程の、褐色の肌をした、黒髪で、優し気な笑みを浮かべた青年だった。


 彼は俺と目が合うと微笑みを絶やさずに呟いた。


 石の階段の上と下。


 聞こえるはずの無いその呟きは、まるで骨の髄から聞こえてくるかのように頭に響いた。



「君が伊織だ」


 気が付くと俺は天戸を抱きかかえ、全力でこの場を離れようとした。


 身体中の毛穴が開き、汗が噴き出すのを感じた。


「杜居くん!?」


 天戸にはまだ見えていないのか?


 早く!


 逃げる?


 どこへ!?


 だが、次の瞬間俺の身体は地面に向かい倒れる。


 地面を蹴ったはずの左足が地面に転がっていて、赤い水溜まりが出来ていた。


 天戸を庇い、勢いよく地面に顔を擦る。


 痛みは無い。


「そして、そっちがうーちゃん」


 彼はゆっくりと階段を上る。


「杜居くん!封印を!」


 事態に気が付いた天戸がそう言うまで気が付かなかった。


『俺が守らなきゃ』


 そう思ったからかもしれない。


 そして、天戸の封印を解こうと伸ばした右手は肩口からどこかに消えた。


 身体が痛みを思い出した。


「……天戸、一生のお願いだ」


 無くなった右肩を左手で押さえながら、出来る限り笑顔を心掛けるが、どんな顔をしているのだろう。


「嫌よ」


 治癒をしようにも俺程度の魔法では絶対に間に合わない。


 意味がないことを言っているのはわかるけど、ほかに何も言えない自分が情けない。


「逃げてくれ」



 どこへ逃げるのか?


 どうやって逃げるのか?


 そんな事はわからない無責任な言葉だ。

 

 口振りからすると、あいつは『俺達が会っていない』ジラークなのか。


 ……つまり、ハルを殺した相手だ。


 天戸は泣きながら俺の傍らにへたり込む。


「やだ……!」



 情けない。


 ハルは天戸を逃がす為に戦ったと言うのに、俺は戦う事すら出来ずに震えている。


 ジラークは一歩ずつゆっくり階段を上り、ゆっくりと俺達に近づいてくる。


「随分探したよ。君達はここで死ぬんだ。恨むなら糞みたいに下らないあの召還術を作ったハルちゃんを恨むんだね」


 右腕と左足が無い俺は、地を這うことしかできない。


 まだ諦めない。


 諦めたら天戸が死ぬ。


 そんなのは絶対に嫌だ。


 まだ口も……頭も残っている!


「お……俺達を殺すとルカに会えないぞ」


 ジラークの表情がピクッと少し動く。


「へぇ」


 次の瞬間、地面は鋭い円錐形の槍に変化して俺の胴体を貫く。


「ばーか。知らないとでも思ったのか?お前等じゃなくても狭間持ってるやつ探せばいいだけだろ。何にせよ、お前たちを生かす理由なんて無いね。提案の余地が有るとしたら……どれだけ苦しんで死ねる方法があるか、だよ」


 天戸は震える足を抑えて立ち上がると、俺の前に立ちはだかり手を広げる。


「……私から殺しなさいよ」


「天戸!」

  

 きっと、ジラークが何かをしているのだろう。

  

 これだけの怪我を負っていても、俺はまだ死なない。


 ジラークは満足げに手を叩き笑う。

 

「いいね。そういう提案は大歓迎だよ。迷うよね、どうしたら君達にも伝わるかなぁ。僕の悲しみとかそういうやつ」


 ジラークは腕を組んで考える。


「さて、どうするか」


 何かを思い付いたようで、パチンと指を鳴らす。


「よし。……犬の餌にしよう」

 

 狭間を開くと中から地獄の番犬を思わせる漆黒の犬型の魔物が唸りをあげて現れる。


 ジラークは番犬の頭と首元を撫でて、天戸を指さす。


「よーしよし。ケル、あの子から食べていいよ。治癒かけながらにするから気にしなくていい、食べたらすぐに再生するから永遠に食べられるぞ」 


 言葉を理解しているようで、応えるように一度吠える。


 天戸は棒を拾い、構える。


「天戸!ジラーク!頼む!お願いだ、天戸だけは……」


「あははは、いいね。じゃあ土下座したら見逃してあげるよ。できるかなぁ?あははははは」


 絶対に見逃してくれるはずが無い事は分かっている。


 けれど、ほかに方法なんて無い。


 でも、腕も無く、足もなく、胴を貫かれたままで、どうすればそれが出来るというのか?


「あははは、ほーら。早くしないと気が変わっちゃうよ?ほらほらほら」


 どれだけもがこうとも土の槍は抜けず、暴れると血が吹き出す。


「杜居くん!」


 天戸は自らを奮い立たせるようにか、強い声で俺を呼んだ。


 そして、少し振り返ると優しく微笑んだ。



「あなたが死んだら私も死ぬわ」



 こんな状況なのに、思わず笑ってしまった。


「武士かよ」



「ううん、愛の告白よ」


 ――多分俺は、このとき初めて天戸の事を好きなんだと自覚した。


 天戸は再び犬に向けて構える。


「だから、逃げろなんて言わないで」



 そのやりとりはジラークの嗜虐心をひどく刺激したようだった。


「あはは、いいね!よし、決めた!うーちゃんだけ殺して伊織は不老不死にしよう!行け!」



「止めてくれ!!!」


 頭ではそう叫んだつもりだが、どんな声が出たのか出なかったのか分からない。


 犬が天戸に向かうのがスローモーションで映った。



 ――世界とは、不公平で理不尽だ。



 幾つもの、幾つもの救いの声に応えてきた俺達の世界は、誰も救ってはくれやしないんだ。


 頼むよ、神様。


 小学生みたいだけどさ、命を懸けることくらいしかできないんだ。


 だから、命でも何でも、懸けられるなら何でも懸けるから――、


「頼むから誰か……、天戸だけでも助けてくれよ!!!」



 一瞬光った。




 ストンと音も無く、犬の首が落ちる。


「お断りよ」


 ――聞き慣れた声がした。


 だが、聞き慣れたその声の主は前方で呆気に取られている。


 そして続けて声がした。



 聞き慣れたその声は、台詞は、上空から聞こえた。


 見上げたその目に映ったのは、6枚の羽で空に浮かぶ……天使の姿に見えた。



「だって二人とも助けるから。……私を喚んだのは誰?」



 そして、場違いなかわいらしい声が続く。


「違うよ、うーちゃん!……私達を喚んだのは、でしょ?」


「な。1人だけいい格好しちゃってな」



「ハル……、うーちゃん!……俺!?」


 今の俺たちと変わらぬくらいの年齢のハルとうーちゃんの姿を目にすると、自然と目からはボロボロと涙が零れ落ちてしまう。



 ジラークは感極まると言った様子で、天を仰いで高笑いをした。



 あぁ、世界とは本当に不公平だ。


 俺達にだけ、こんな奇跡が起こるなんて。



 役者は揃った。


 ジラークは満足そうに笑い、降り立ったハルとうーちゃんから一歩下がったもう1人の俺が格好良く呟いた。


「さぁ、……最後の戦いだ」


 何だかむずかゆい――。

 





 




 








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